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生誕の災厄 単行本 – 1976/2/1

4.6 5つ星のうち4.6 37個の評価

生誕の災厄

この商品には新版があります:

生誕の災厄 〈新装版〉
¥2,750
(69)
在庫あり。
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登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 紀伊國屋書店 (1976/2/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 1976/2/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 286ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 431400147X
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4314001472
  • カスタマーレビュー:
    4.6 5つ星のうち4.6 37個の評価

カスタマーレビュー

星5つ中4.6つ
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上位レビュー、対象国: 日本

  • 2022年7月26日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    個人的な話だが、私が本を読んだのは、何処まで人間の知的探求は
    進んでいるかを確かめる為だった。メルクマールとなる文章以外、
    私の野心を満たしてはくれない。

    だから、トランスの極北に至り、神だか守護天使の緑色の目を目撃
    した時も、ボードレールやランボーが到達済みだと思って作品を書き
    上げるより前に進むことを優先したし、その後、<此処ではない
    何処か>には行けないと悟って大人になった時も、マラルメがいる
    ということで作品を書かなかった。

    象徴主義のフォーマットで書かれた詩群を果たして構造主義やポスト
    構造主義の思想家が理解出来たかは疑わしくても、どうやらポスト
    モダンというのは本当らしい。

    本書の最後に「ただわたしは、自分の運命の外へ一跳びしてしまって、
    いまではもう、どっちを向いて歩いてゆけばいいか、何にむかって
    駆け寄ればいいのか、まるで分らなくなっているだけのことだ」
    という箴言があるが、人は当初、宗教的ともオタク的とも云えるが、
    <此処ではない何処か>に突き抜ける超越項を持っていて、其処に
    嵌まり込んでいるのだが、徹底的にソレを突き詰めて、結局自分に
    とっての唯一のものだった何かを失った時、人は大人になる。だが、
    それは最早何処にも行き場所のない、前掲したシオランの言辞の
    ような事態になる。シオランもそこまで突き抜けた結果が決して幸福
    なものではなかった為、もっと中途半端なままでいるべきだった、
    というようなことを書いていたが、結局、人の幸せは、決して
    行けない<此処ではない何処か>に到達できるのではないかと夢想する
    ことだけであり、畢竟、私に残された選択肢も、初歩的な唯一の超越項
    をもう一度新しく見出すことによってしか実現しないだろう。

    しかし、本書はとてもよく笑えた。私は、シオランの本を読んで15年
    振りに笑った。
    28人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    レポート
  • 2021年5月11日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    これほどにまで自分の気持ちを偽らず正直に綴った本があるのだろうか。
    時にあまりに捻くれた著者の思考がこれでもかという程に満載です。
    そして現代を生きる我々にとってその痛烈すぎる皮肉が想像以上に共感出来てしまいます。
    たしかに人生捨てたものじゃないと思える場面には生きていれば多かれ少なかれ遭遇するでしょう。
    しかしその何倍も苦痛に満ち溢れていて不条理なのもまた人生。
    だったら最初から生まれてこない方がマシだった。
    誰もがふと頭をよぎった事があるそんな思考を徹底的に掘り下げたであろう貴重な本です。
    ネガティブで天邪鬼な人間には読みながらウンウンと頷いてしまうフレーズが盛りだくさん。
    オススメです。
    26人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    レポート
  • 2021年8月29日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    本書は、
    シオランさんが遺した「辛辣なアフォリズム集」といった位置づけの書である。
    アフォリズムとは、
    短いぴりっとした表現で、
    人生・社会・文化等に関する見解を表したもの。警句。箴言。である。

    本書で扱っているテーマは、
    釈尊弟子が結集した『原始仏教』(四諦、苦集滅道)
    龍樹『中論』(中道)
    鴨長明『方丈記』(ゆく川の流れは絶えずして~、古京はすでに荒れて、新都はいまだ~)といった、
    理論書、歌集などでも扱っているような、
    「人とは」「人の死生観とは」
    「地獄のループと諸社会」「無常の否定と正当化」
    「死とは」「生老病死」
    「涅槃の境地の先とは」「閑暇と内省」など、
    といった諸テーマである。

    これらの諸テーマに対して、
    非常に手厳しい語り口と同時に、
    対比の閑暇と静寂の中で思想の隙間を作りながら舌を鳴らすのが、
    シオランさんの特徴である。
    (狙いはないが結果的に矢が刺さっている、もしくは無効化されている、というような状態)

    「訳者あとがき」からは、
     ・放言、無垢といってよいほど隙間だらけで構えた、、で書かれている
     ・黙って反論を吸収してしまう無防備の完璧さ
     ・論破したはずの当の断章に一瞬にして吞み込まれてしまう

    とあるように、手厳しくはあるが、
    同時に、闇の中に無という微かな光の存在を確認し、
    その光が縦横無尽な空間帯に拡がっていくような、
    そんな読書体験を本書から堪能することができる。
    嵐の後の寂寥といった、ある種の癒しの体験のようなものである。

    私自身が、
    苦痛をはじめて味わったのは3歳頃である。(自転車で転んでケガする)
    それ以前は、自分とそれ以外の境界がなく、
    無というような状態で記憶のみが存在していた。
    私にとっては、この頃が生誕の災厄の始まりで、
    「ゼロに近づこうとするほど、この境地に近くなる」と現在では理解しており、
    「必要なものはそれほどない、さほど今も昔も変わらない」といった感覚を、
    本書読後にあらためて味わうことができ、
    私自身は今「隠者に執着している」ということに気づくことできた。
    -------------------------------------------------------------------
    【死とは】
     ・死は失敗の好みを持ち、天分をもつような人間の庇護者である。
     ・死は一切、自律的実在性の欠如、一個の破廉恥な無限性、死は死固有の領土を持たない

    【生とは】
     ・生誕こそが死にまさる真の災厄。生誕は鉄鎖と同義語。(生の肯定と生の代償)
     ・「どうにもならないよ」九十になる女はそう答えるばかりであった
     ・賢者は鎮められた隠退した破壊者だ。賢者以外は現役の破壊者である。
     ・地獄から脱出しようとも、また別の場所に地獄を再建することにしかならないのだ
     ・かれは苦しんだ―ゆえに彼は理解した
     ・人類はいつまでも続くことは想像できぬ、自然に背く仮定だからだ。
     ・「必滅の者よ、必滅の存在として思考するがいい」
     ・何事であれ、すべて造ること壊すことである。まるで火消し壺の中だ。
     ・わたしは寿命を終えた、このことばほど、生誕から生の瞬間まで時宜を得て発せられた言葉はない

    【無常の否定と正当化】
     ・本心の奥の、そのまた奥で自分が不死であると信じている。死を享受する覚悟ができた時でさえも
     ・一冊の本は、延期された自殺だ

    【地獄のループと諸社会】
     ・西欧。いい匂いのする腐敗物、香料入りの屍体
     ・すべては言い尽くされた
     ・よって形而上学、道楽仕事、奇譚逸話のたぐい、測るすべのないものは~
     ・また、その間に立って選択せねばならぬこと自体、無駄事と見えるような瞬間がある
     ・会話には精神を腐蝕する力がある。瞑想も行為も、ともに沈黙を求めるのはなぜか、分かろうというものだ。
     ・病名を告げられ顎に縄をつけられる瞬間から自分の病気になるにすぎない(医原病)
     ・眠りに見放され、一日も欠かさず時間の拷問に立ち向かう勇気を失った時など、よくこの光景が脳裡に浮かぶ(屠殺場へ歩いていく獣たち)
     ・この知性の破廉恥こそは、滅びゆく文明の魅力なのだが。
     ・生存と繁栄の不安、公認の不安である悔恨を名誉感謝の印とし顧客をつなぎとめる俗界の同僚たち
     ・ひっそり静まり返った墓石の贋の約束、あらゆる約束の終末との対象、屍を孕んだ攻撃的な腹部

    【一瞬の快楽】
     ・涅槃など無用なものとするすべを学ぶ
     ・釈尊の解脱の観念は、ただの小休止、一種の拘束、天体における蝕のごとき

    【閑暇、内省、空】
     ・隠者たちはもっとも深く隠されたものと対話し生涯を終えた
     ・フロベールの小説執筆(想像力を行使するには自らを拘束、何もかも排除、度を超した拒否の能力なくては、)
     ・すべては空に過ぎない
     ・無慈悲なままに心を鎮めてくれる教え
     ・精神からすべての妄執を、死にかかわる妄執さえも叩き出すべき遠大な幻視に結びつく名前、龍樹など
     ・仏陀の境地よりをさらに先へ行くこと、解放の観念に心を動かさないこと
     ・極限的な対話形式が可能な孤独
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    14人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    レポート
  • 2019年2月7日に日本でレビュー済み
    シオランのような反出生主義を脊髄反射的に否定できる人間はとても幸福な人間である。

    すでにいくつかのレビューにも登場しているがこれは決して生きることを否定するためのものではない。この程度の想像力さえない人間にシオランを否定されるのは残念であるが、それもまた私たちを救う手段のひとつである。

    評価をミディアムにした理由は言わずもがなだろう、全ての人間がシオランを肯定する必要はない。
    139人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    レポート
  • 2019年2月12日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    読む人により、様々な受け取り方ができる本。孤独と絶望の中で、生まれてきたことを悲嘆し憤るシオランの痛な叫びは、良くも悪くも読む人の精神を大きく揺さぶると思います。辛辣な言葉の数々に心をえぐられながらも癒されるという不思議な読後感のある一冊でした。
    47人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    レポート
  • 2017年12月21日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    哲学書に限らず翻訳本によくある独特な言い回しや日本語に訳したためになんだか分からなくなっている、ということがなく読みやすいです。
    私は反哲学やら小難しいことは分からないのですが、自分と同じことを考えていた人と出会えたという喜びを感じながら読み進めています。
    1人の時間が多く自身の精神世界に浸かっている陰キャにおすすめです。
    47人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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  • 2014年2月3日に日本でレビュー済み
    Amazonで購入
    何でもいいから、この世の真実とか、社会の本当の根底にあるものを
    探している方には、おそらくシオランが終着点になると思います。

    シオラン=積極的ニヒリストと言われており、積極的にこの世には何の意味もないというのを簡易な格言によって紐解いていきます。

    他人を犠牲にしたとき意欲が出るのが普通。この世には有益なペテンか、無意味で苦しい真実しかない。人は呪われた存在である(良い結果を出せば窮地に陥る)
    など、おぞましい格言が飛び交います。

    シオラン本の全てが格言形式ではないと思いますが、大半は簡易でわかりやすい文面で書かれています。

    シオラン本を読んで負け犬の遠吠え的な捕らえ方をしている人は、まだまだニヒリズムをシオランを理解していません。人が呪われているというシオラン提言が正しいことは数年以内に誰にでも実感できるようになるでしょう。さしずめオリンピックあたりではないでしょうか。一度建設したものを全て破壊する必要性に迫られる理由など、大方の人にはわからないでしょう。
    124人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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  • 2021年5月27日に日本でレビュー済み
    「生きることは尊く、人生はかけがえのないものだ」殆どの人間が同意する命題、あるいはそう思わなければならないと信じていることだろう。自己肯定感なるものが賛美され、健康ブームが世を席巻するこの時代にあっては尚のことだ。シオランがこんな状況を見たらどう思うか。もしかしたら鼻で嗤うかもしれない。

    「所詮、生きることは苦であり、価値を見いだせるものではない」釈迦の影響を受けこの事実を見つめつつも、苦から脱却する術としての仏教の涅槃は肯定的にとらえず、ニーチェの超人をも絵空事として退ける。ひたすら死、そして不存在に安寧を求めたシオラン。世界大戦やホロコーストを肌で感じていたはずの作者がなぜそのような思想に至ったか。本書だけでは明らかにはならないが、そのラジカルさにはある意味、頭の下がる思いである。

    時に反道徳的に思えるシオランの言葉をどのように受けとるのか。読み手の歩んだ人生や今の状況によってこんなに感じかたが変わる本があるだろうか。
    少なくとも私には、売れっ子作家であり思想家のシオランが社会の底辺にいる私のところまで降りてきて、生き甲斐を見つけなければならないという呪縛から解放してくれる。私にはそんな快感を味わうことがでかきた。
    24人のお客様がこれが役に立ったと考えています
    レポート