「ようこそおこしやす」。そんな言葉が聞こえて来そうだ。”味のある座敷“で、芸妓さんが迎えてくれている……っと、どうやら迎えてくれているのは、芸妓さんだけではなさいようだ。

えええっ? この画像を見たときの衝撃といったら。イクチオステガって、こんなに小っちゃかったのおおお?!
芸妓さんに並んで三つ指(?)ついてかしこまっているのは、イクチオステガ・ステンシオエイ。デボン紀(約4億1900万年前から約3億5900万年前)に栄え、最初期に陸上に進出した四足動物として知られている。
古生物図鑑などで眺めていたとき、勝手に5~6メートルくらいはあるんだろうな、と思い込んでいたイクチオステガ。そのため「何このお座敷サイズ!」と、びっくりしてしまったのであります。
じゃ、じゃあ、同じデボン紀に栄えて、よく似た雰囲気のティクターリク・ロセアエも、こんなに小さかったのかな? と、探してみたら、載っていました。

よかった、これはもうちょっと大きかった、と、なぜかほっとする。
本書によれば、このティクターリクは図のように完全上陸できたかどうかは定かではないそうだが、前足のように見える胸鰭(むなびれ)の中には四足動物の上腕、前腕、手首に相当する骨があったそうで「歴史上初めて腕立て伏せができたサカナ」。
デボン紀は、「サカナの時代の到来」と言われる。しかし、一見、サカナっぽくないサカナもいる。たとえば、ドレパナスピス・ゲムエンデネンシス。

てっきりエビやカニなどの甲殻類の仲間だと思い込んでいたのだが、無顎類(むがくるい)というあごのないサカナの仲間であると、本書で知った。ちなみにこのドレパナスピス・ゲムエンデネンシスのサイズ感は、こちら。

ただし、これは発見されている化石のなかでは大きな方らしく、大半はこの半分程度だそうである。じゃあ、小さな個体だったら卓球ラケットに使えるのかなあ? と考えてみたのだが、
仮に生きている個体を発見しても、化石であったとしても、スポーツの道具として使うのは激しくおすすめできない。
と、ご丁寧に解説されていた。(でも、この絵を見たら、やってみたくなるよね? 普通。)
……さて、もうお気づきだろう。本書は古生物図鑑である。
が、これまでの図鑑とは一味違う。とっくの昔に絶滅してしまった古生物たちが現代の私たちの生活シーンにこっそりと(時には堂々と)まぎれこむことで、「え、あの生物はこんなに大きかった(小さかった)の?!」というサイズ感をガツンと知らしめてくれるのだ。
しかも、一見ふざけているように見えるかもしれないが、解説はガチ。現代にまぎれこんだ古生物の絵のあとには、それぞれの生物の詳しい解説ページが設けられている。学名や分類もきっちりと記され、さまざまな角度からみた精緻なイラストも添えられている。


ちなみにこのアノマロカリスはカンブリア紀(約5億4100万年前から約4億8800万年前)を代表する海洋生物だが、カッコいい姿かたちで人気もあるため、再現図などを見たことのある人も多かろう。
しかしこのアノマロカリス、上図のようにサバの大きさと比べれば歴然なのだが、じつは全長1メートルしかないのだそうだ。
これにはちょっとがっかりする人もいるかもしれない。私も「空飛ぶじゅうたんみたいにアノマロカリスに乗って海を旅したら、さぞ楽しかろう」と想像していたので、乗れるほど大きくないことを知って軽く失望した。
ところが多様性がいっきに増して「カンブリア爆発」とまで言われたこの時代のほとんどの動物は、なんと10センチ未満しかなかったというのである。つまりアノマロカリスは、当時の生物としては「巨大」であったということだ。
迫力ある姿や巨大恐竜のイメージのためか、なんとなく「大きい」というイメージがもたれがちな、古生物。
本書は「古生物」というノンフィクションと、「それが現代社会に存在する」というフィクションを融合させた。それによって遠い昔に絶滅した生物たちを、これまでになかったリアリティを伴う存在として感じさせることに成功している。
そして、現代を背景にした、いないはずの古生物たちを違和感なく眺めていられるのは、本書のすばらしくリアルなイラストによるところが大きい。
ところで、さきほどの魚市場でのアノマロカリスのイラストだが、サバやタイなどおなじみのサカナたちに混じって、「売約済み」と書かれたこの異物感ある生物は、いったい何なのだろう?
気になりながら数ページめくったところで、いきなりその答えにぶちあたった。

さ、さっきの「売約済み」……これじゃないのか?? ネクトカリス、イカに似たカンブリア紀の生物である。だが、どこにも「さっきの市場のあれがこれですよ」なんて説明はない。
よくよく見ると、あちこちのページに、なんの説明もなく、別のページに出てくる古生物がエキストラのようにさりげなく登場しているではないか!
ーーなにこの心地よい「ヤラレタ!」感は? これ絶対、この本をつくった人たち、めっちゃ楽しんでる!!
作り手側が楽しんで作った本でなければ伝わってこない、わくわく感が放出されまくりの本書。「古生代編」とあるので気になって問い合わせてみたら、「中生代編」や「新生代編」も刊行予定だそう。
さて、こんどはどんな「ヤラレタ」を仕掛けてくれるのか? 続編の刊行が早くも待ち遠しい。

※画像提供:技術評論社
図鑑ブームをつくりだした最高傑作。大人が見てもめちゃくちゃおもしろい超オススメ図鑑。 「大昔の生き物ーー街の中に恐竜が!?」「大昔の生き物ーー家の中に恐竜が侵入!?」のページは必見!
アノマロカリスも、ちょっとだけ登場。