ドミニコ会司教バルテロメー・デ・ラス・カサス(1478/1484?-1566)は、6回に亘り大西洋を横断し、酷烈な境遇にあるインディオの自由と生存権を守る運動に奔走し、平和的方法によるインディオのキリスト教化を目指した。彼は1541年にスペイン国王カルロス5世に謁見し、インディアスで行われているスペイン人の惨烈な所業を詳説した報告書を提示し、征服(コンキスタ)の即時中止を献言した。その報告書が本書の母胎である。1552年にセビリアで出版された本書は、反スペイン主義の各国で翻訳出版され大きな反響を呼び、スペイン批判の為に政治的に利用され続けた為、彼の全著作は母国スペインで禁書とされた。長らく著者の意図を越えて様々に扱われた本書は、20世紀に至り漸く再評価され、偉大な歴史的事績が明らかにされた。日本では田中耕太郎が昭和15(1940)年に著作の中で初めて紹介している。
インディアスとは、スペインが1492年以降に発見・征服した地域の総称で、概ね現在の西インド諸島、南北アメリカの一部を指す。ラス・カサスはインディアスがインドの一部であると信じており、新大陸である事に気づいていなかった。現在の中米及びカリブ海一帯に当時のスペイン征服者達が行った残酷非道な行為の数々を、ラス・カサスは50年に亘り見聞しており、彼はスペイン皇太子フェリペに対して、その想像を絶する悲惨な事実を報告し、2度と征服活動への許可を与えない様懇願し、インディオの生命の保護を求めた。
嘗てエスパニョーラ島、キューバ島などの広大な地域には、豊かな土地を持ち、粗衣粗食で極めて質素朴訥、善良従順で、富を追わず、新たに伝えられたカトリックを熱心に信仰するインディオ達が大勢居た。スペイン人達は入植後直ぐに残虐苛烈な殺戮を開始し、エスパニョーラ島に居た約300万の人々は、40年程で200人程度の数になり、キューバ島や、嘗て50万人のルカーヨ族が暮らしていたバハマ諸島に至ってはほぼ無人島と化した。虐殺された人々の総数は、1200万から1500万に上ると報告している。
残虐で読むに堪えない詳細な殺戮や拷問の描写が続く。その中で1人のインディオのカシーケ(家長・首長などの意)の最期の様子が記されている。彼は無実の罪による処刑執行寸前の僅かな時間に、カトリック司祭より初めて神と信仰について説かれる。そこで神や信仰を受け入れたとて、処刑が中止されるという訳でもなく、直ぐに火刑が執行された。
『彼はカシーケに、もし言ったことを信じるなら、栄光と永遠の安らぎのある天国へ召され、そうでなければ、地獄に落ちて果てしない責め苦を味わうことになると語った。カシーケはしばらく考えてから、キリスト教徒たちも天国へ行くのかと尋ねた。彼はうなずいて、正しい人はすべて天国へ召されるのだと答えた。すると、そのカシーケは言下に言い放った。キリスト教徒たちには二度と会いたくはない。そのような残酷な人たちの顔も見たくない。いっそ天国より地獄へ行った方がましである、と。インディアスへ渡ったキリスト教徒たちが神とわれらの信仰のために手に入れた名声と名誉とは、実はこのようなものなのである。』(「キューバ島について」)
豊饒な土地にひしめき合って穏やかな暮らしをしていたインディオ達は、一頻り虐殺された後、生き残りの老若男女を問わず奴隷として連行され、男は過酷な鉱山労働で死ぬ迄酷使され二度と故郷に帰されず、その他は荷役や農奴となり、虐待と飢餓のうちに殆どが家郷から遠い地で死に、村に残された者も種に蒔く為のの食糧一切まで根こそぎ掠奪され、飢餓や衰弱で死に、一部は人肉食に至った。スペイン人達はそれでも尚残虐な行為を止めず、此の報告書が書かれる間(1542年9月)にも、インディオはその数を急速に減らしていた。
『その無法者はいつも次のような手口を用いた。村や地方へ戦いをしかけに行く時、彼は、すでにスペイン人たちに降伏していたインディオたちをできるだけ大勢連れて行き、彼らを他のインディオたちと戦わせた。彼はだいたい一万人から二万人のインディオを連れて行ったが、彼らには食事を与えなかった。その代り、彼はそのインディオたちに、彼らが捕えたインディオたちを食べるのを許していた。そういうわけで、彼の陣営の中には人肉を売る店が現われ、そこでは彼の立会いのもとで子供が殺され、焼かれ、また、男が手足を切断されて殺された。人体の中でもっとも美味とされるのが手足であったからである。ほかの地方に住むインディオたちはみなその非道ぶりを耳にして恐れのあまり、どこに身を隠してよいか判らなくなった。』(「グワテマラ地方と王国について」)
中米・カリブ海諸島を中心に、北はメキシコ、ユカタン半島、フロリダ半島、南はベネズエラ、ペルーに迄到る広大な地域を、虐殺・収奪・搾取の限りを尽くし、まさに劫略し尽くしたスペインは、そもそもインディオの人々を人間と見做さず、家畜以下の扱いを行った。
『牝馬一頭に付き理性を具えた人間であるインディオ80名が交換された』(「ヌエバ・エスパーニャ、パヌコ、ハリスコについて」)
『スペイン人たちはインディオたちを殺し、八つ裂きにするために獰猛で狂暴な犬を仕込み、飼いならしていた。真のキリスト教徒である人びと、また、そうでない人も、彼らがその犬の餌として大勢のインディオを鎖に繋いで道中連れて歩いたという事実を知っていただきたい。おそらく、そのような行為をこれまでに耳にしたことはないであろう。インディオたちはまるで豚の群と変わらなかった。スペイン人たちはインディオたちを殺し、その肉を公然と売っていた。「申し訳ないが、拙者が別の奴を殺すまで、どれでもいいからその辺の奴の四半分ほど貸してくれ。犬に食べさせてやりたいのだ」と、まるで豚か羊の肉の四半分を貸し借りするように、彼らは話し合っていた。別のスペイン人たちは、朝、犬を連れて狩に出かけ、昼食をとりに戻り、そこで互いに狩の成果を尋ね合う。すると、ある者は「上々だ。拙者の犬は一五人か二〇人ぐらい奴らを食い殺したよ」と答えていた。』(「ヌエバ・グラナーダ王国について」)
その後インディオ達は殺戮・飢餓・感染症などで殆どが死滅し、労働力不足になると今度はアフリカ大陸との黒人奴隷貿易が始まり、多くの黒人奴隷が此の地に運ばれて酷使された。19世紀以降中南米諸国は多くが独立を果たしたが、嘗てスペインが発見する以前、豊饒で平和だったインディアスは、現在世界で最も危険な地域となり、極度に悪化した治安と、貧困と、薬物や環境汚染に包まれている。此の現況を考える時、キリスト教とヨーロッパ文明がもたらしたものの結果について、暗澹たる気持ちに成らざるを得ない。嘗てのインディアスの地は、今や全てがキリスト教国家なのである。
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インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫) 文庫 – 1976/6/16
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キリスト教と文明の名の下に新世界へ馬を駆って乗込んだ征服者=スペイン人たち。1542年に書かれたこの『簡潔な報告』は、搾取とインディオ殺戮が日常化している植民地の実態を暴露し、西欧による地理上の諸発見の内実を告発するとともに、この告発によって当時の西欧におけるユマニスト精神潮流の存在を証している。
- 本の長さ205ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1976/6/16
- ISBN-104003342712
- ISBN-13978-4003342718
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1976/6/16)
- 発売日 : 1976/6/16
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 205ページ
- ISBN-10 : 4003342712
- ISBN-13 : 978-4003342718
- Amazon 売れ筋ランキング: - 376,025位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,581位岩波文庫
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- 2021年10月20日に日本でレビュー済みAmazonで購入
- 2020年3月17日に日本でレビュー済みAmazonで購入教養や興味本位の読み物としては少しくどいです。
ただ、現在、キリスト教や聖書を勉強している方はぜひともおすすめします。
宗教には良いところもありますが、それだけではありません。
もちろんキリスト教徒だけではなく、イスラム教徒にも仏教徒にも、宗教を勧誘しているすべての方に読んでいただきたい本だと思いました。
- 2012年8月26日に日本でレビュー済みAmazonで購入インディアスとは15世紀後半から新大陸として発見された、島々も含めた中南米地方の総称である。もちろんこの報告書を書いたラス・カサスも当時はスペイン人が侵入した地域はアジアであると思っていたのである。
教科書における大航海時代はまさに西洋文明の進歩の象徴であり、新時代の到来といわんばかりの華々しいものではあるが、スペイン人が原住民インディオを虐殺し、財産を収奪した歴史でもあった。40年間で1500万人以上のインディオが犠牲になったという。彼らが祖国で実の両親からですら受けられないような心あたたまる丁重なもてなしを受けたのにもかかわらずだ。この実態をフェリペ2世に伝え、警笛を鳴らしたのが聖職者ラス・カサスの報告書であった。この本を見るといかに征服者たちがインディオの命を軽くみていたか、いや軽くどころかそもそも人間とみていなかった。
・一振りで首を切り落とせるか、体を真っ二つにできるか、内臓を破裂させられるかなど人の命で賭けをしていた。
・乳飲み子の足をつかんで岩に頭を叩きつける
などこの本はその残虐ぶりを1/1000も報告しきれていないというから驚きだ。
エンコミエンダ制によるキリスト教布教は建前として征服者に利用され、彼らの真の目的は布教ではなく金銀の収奪、それのみである。そもそも宗教を強制すること自体が間違いであるのだが。
のちのアルマダの海戦でフェリペ2世率いるスペイン軍は圧倒的な有利にもかかわらずエリザベス率いる英国軍に猛烈な嵐を利用され焼打ち船を放たれ、敗北した。”インディオの祟り”という解釈もできると思う。バミューダトライアングルなどの因果応報とも解釈できないだろうか。
またこの報告書はオランダ独立戦争やユグノー戦争などスペイン批判の手段として使われ、またラテンアメリカ諸国の独立や米西戦争においてこの報告書がスペインからの独立を正当化させたという。ラス・カサスも予期していなかったが、この報告書が後世にもたらした意義は大きい。
コルテスのアステカ帝国征服やピサロのインカ帝国の征服など勝者の立場から歴史はかかれているが、真の歴史がここに描かれている。
- 2014年9月7日に日本でレビュー済みAmazonで購入コンキスタドールが殺戮した先住民の数が多く「単位合ってるの?」と思ってしまう程です。私が浅学なせいで真偽の程はわかりませんが、当時の地獄絵図を目の当たりにしたラス・カサス氏の貴重な資料ではあると思います。また、気持ちが伝わってくるような文で記されています。ただ、本人としては簡潔なのかも知れませんが、ページ数も少ないので簡潔だと思って買うと文字の小ささと内容の濃さとがあいまって若干疲れます。
- 2016年1月19日に日本でレビュー済みAmazonで購入簡潔で良かった。200頁程度です。熟読出来ません。流し読みしました。内容はほぼ全編同じ様・・・と言ってはならないと思いますが。
ラス・カッサスの報告書です。彼の経験の一部です。しかし、現代人として知っておくべきことです。
いわゆる太平洋戦争は自衛のための戦争であったことを実感します。
続いて、トーマス・R・バジャーの「コロンブスか来てから」をおすすめします。現在進行形であります。
- 2013年4月12日に日本でレビュー済みAmazonで購入昔学校で教わった”新大陸発見者”コロンブスの評価が大きく変わる。コロンブスとともにラス・カサスの報告を教科書は載せるべきだと思う。コロンブスは優れた探検家であったが、同時に大量虐殺者だった。この本のすべてが真実とは思えないが、少なくとも「コロンブスデー」は「原住民虐殺デー」とした方が真実に近づく。ナチスのホロコースト以上と言えるだろう。インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)
- 2010年7月4日に日本でレビュー済みAmazonで購入ごく普通の人達が事情さえ許せば極端な蛮行に及ぶということがよく分かる。
そのきっかけとして著者は「黄金への熱狂」を挙げているが、この点で今日我々が置かれている
状況に対する何がしかの洞察力を授けてくれる本でもあるのでは。
極めて印象深いエピソードの連続。特にインディオが「スペイン人の崇めている神の前で踊ろう」
と言って黄金の入ったかごの前で踊り狂う挿話はどんなに預言者的な作家にも考え出せないのでは
ないかと思えるほど。
- 2008年11月4日に日本でレビュー済みAmazonで購入作者の時代にこんなヒューマニティーを持つ人物がいたのがめずらしい
人道とか人権と言う概念そのものが希薄だった時代に、この報告書を書こうとしたことがすごいと言える
『アポカリプト』にも出ていたけど、キリスト教布教を盾にした虐殺と破壊の歴史を赤裸々に書いてある。
だからドラマ的な面白さは無いが、当時の雰囲気を感じるには最適
この虐殺の様子が南米大陸だけではなく世界中でも行われたのは言うまでも無い。
欧米人たちの差別意識(インディアスは人間ではない)には恐怖を感じる
十字架を掲げ虐殺と破壊を繰り返した欧米人達をインディアスは「神」ではなく「悪魔」と感じただろう
作者に敬意を表して星5つ