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「10月7日」から8カ月(これまでの発信のまとめ):池内恵 | 池内恵の中東通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
 
池内恵
執筆者:池内恵 2024年6月11日
エリア: 中東

「10月7日」から8カ月(これまでの発信のまとめ)

2024年6月11日 13:10

 2023年10月7日に発生したパレスチナのガザ地区を支配するハマースによるイスラエル領内への越境攻撃から、8カ月が経った。

「10月7日」は、中東政治の新展開の起点として、国際政治をめぐる議論の基本単語のようになっている。かつて「9月11日」がそうだったように。「9月11日」は、超大国米国が圧倒的な力と威信をもって推進する「対テロ戦争」の20年間を国際政治にもたらしたが、「10月7日」は何を、どこに、どのように、もたらすのか。この8カ月の慌ただしく困難な調査研究の日々に浮かび上がっていたのは、この問いだった。

「10月7日」の翌日に、『フォーサイト』の「中東通信」欄に、歴史的大事件の「第一報」として、この論考を寄稿した。

「イスタンブールからイスラエル・ガザの「戦争」を見る」2023年10月8日

 ずいぶん多くの人に読まれたようで、さまざまなところで会う人に言及される。

 この論考は、事件直後の、まだ情報が出揃っていない、その後の展開も確定していない段階で書かれているから、その多くの部分は、今後起こりうる何事かについての「示唆」であり、今後起こることの前提条件や、可能性の幅である。確定的なことは言えないが、事件の発生後半日の間にも流れ込んできた多くの信頼できる専門家たちが共通して、想定し、推測し、そして「恐れ」ていることの、要点のみを走り書きしておいた。

「その瞬間」の記録というのものは、鮮烈に記憶されると同時に、正しくは残らないものである。このことを「9月11日」をはじめとした大事件に職業人生で数多く経験して来たことから、実感する。だからこそ、その「瞬間」を捉えて記録に残し、広く公知のものとしておくことは重要であり、そのためにこの『フォーサイト』という媒体は比類のないものだ。

 この論考の告知に併せて、このような発言を「ツイッター」上でしておいた。

現段階でこれを書くのは勇気がいりますが、ハマースの示した越境攻撃の能力、イスラエル側の抱えた社会問題と治安体制の弛緩、そして外交資源を費やしてきた湾岸産油国が一貫して距離を置いたことから、巨大な人道問題を引き起こしてガザを無人の地にしない限りは、交渉の段階が訪れると考えます。2023年10月8日午前9時52分

 これは「中東通信」の本文にも書きにくい、「嫌な予感」のようなものを、本文への副音声のように書き記した形である。10月8日付の論考の、不可欠のフットノート(脚注)として、残しておいた。

 今となっては不吉な予言のようになってしまったが、これは世界のまともな分析者であれば、10月7日に共通して抱いていたであろう予感である。その後の展開は、この予感の通りか、さらにその上を行っている。

 その後、この欄では沈黙が続いたことを、待ってくれていた読者の皆様にはお詫びしたい。

 事態の方向性が、当初の「嫌な予感」に近いところで固まりつつある現在の段階で、この「中東通信」で、これまでの展開の振り返りと、今後の見通しを、慎重に、しかし時期を逸さずに「つぶやき」始めようと思う。

 私自身の仕事の形態が、一人で本や新聞・雑誌を読んで、一人で考えて書き記す、というものから、集団をネットワーク的に形成し、大きな予算を獲得して組織的に調査研究を推進するというものに変化したことから、2011年の「アラブの春」の連鎖や2014年の「イスラーム国」の台頭といった事態に際して集中的に本欄に寄稿したような対応ができなくなった。

 その代わりに、一人の研究者では対処できない大きな国際政治の動きに対して、複数の研究者の知見を取り込み、臨機応変にネットワーク的な組織として対処する仕組みづくりは進められたと思う。私だけではない、外交・安全保障シンクタンクを形成しようとする多くの組織と人の努力によって、各業界の実務家を含む多方面の専門家が、一つの事象に対して調査研究の結果を早期に出していく態勢が整いつつある。それは間接的に『フォーサイト』の誌面にも流れ込んでいると思う。

 私自身の、過去8カ月のガザ紛争をめぐる直接的な発信としては、代表を務める東大先端研ROLESの動画配信や、ROLESが慶應戦略構想センター(KCS)と協力して行ったシンポジウムとその動画配信で、その時点で分かっていること、その時点で言っておくべきことは、特にこれらの機会に力を込めて発言した。

『フォーサイト』はこれらのイベントを記事化することによって、口頭での発言をテキストとして編集を加え、文脈を含めて文字化し、通常のメディアに載りにくい「肝心なところ」を広める場所を提供してくれた。

 ガザ紛争と、それによって変化する国際政治の、この8カ月の展開を振り返って確認したい時には、ぜひそれらの記事を参照していただきたい。動画へのリンクも完備しており、『フォーサイト』は国際政治の情報への「ゲートウェイ」となりつつある。

「ハマースによる越境攻撃とイスラエル情勢:現状と展望(ROLESCast#012)」(2023年10月14日収録)『フォーサイト』2023年12月21日掲載
「イスラエル・ハマース戦争1カ月:外交と国際関係に与える影響(上)(ROLESCast#013)」(2023年11月16日収録)『フォーサイト』2023年12月21日掲載

「イスラエル・ハマース戦争1カ月:外交と国際関係に与える影響(下)(ROLESCast#013)」(2023年11月16日収録)『フォーサイト』2023年12月21日掲載

「【KCS|ROLES特別公開フォーラム】無極化する世界はどこへ行くのか―ウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争の行方―(1)」(2023年12月6日開催)『フォーサイト』2024年2月26日掲載)

「【KCS|ROLES特別公開フォーラム】無極化する世界はどこへ行くのか―ウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争の行方―(2)」(2023年12月6日開催)『フォーサイト』2024年2月27日掲載)

「【KCS|ROLES特別公開フォーラム】無極化する世界はどこへ行くのか―ウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争の行方―(3)」(2023年12月6日開催)『フォーサイト』2024年2月28日掲載)

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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