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サッカーに見るイギリス人の病|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
コラム

サッカーに見るイギリス人の病

2012年05月09日(水)15時54分

 数週間前、イングランドのサッカーの試合で悲劇が起きた。ファブリス・ムアンバという名の若い選手が心臓発作で倒れ、瀕死の状態に。命は取り留めたが、完全に回復するまでには長い道のりを要する体になってしまった。

 この事件は、試合を見ていた何万もの観客の目前で起こった(テレビ中継もされていた)。観客は礼儀正しく沈黙を守り、深刻な状況のために試合が中止になったことを静かに受け入れた。その後の数日間、インターネット上にはムアンバを応援するメッセージがあふれた。ムアンバが所属するボルトンFCのグラウンドの一角は聖地と化し、あらゆるチームのファンから花やメッセージ入りユニフォームが手向けられた。

 普通に見れば、これは感動的な出来事だった。この劇的な数日間は、メディアで盛んに叫ばれた2つの言葉を使えば、いわば「サッカーの共同体」が「一つになった」瞬間だった、ということになる。

 僕は長年のサッカーファンで、試合観戦を楽しんでいる。でも同時に、サッカーの試合はイギリス人の悪癖と深く結びついているのではと考えてしまう。サッカーという言葉はつまり、ライバルに対する怒りと憎しみに満ちた怒号や、社会的規範の欠如とほぼ同じ意味を持つのだ。

■サッカーファンの犯罪的行為

 ここ10年ほどの顕著な例を挙げてみると......ある選手は、首を吊れ、HIV感染者、と観客から何度もコールされた。別の選手は、同性愛者だと揶揄する歌を歌われた。ある監督は、ここに書けないほど下劣な言葉をたびたび連呼された。有名人の妻をもつある選手は、妻を侮辱するコールを何度も聞かされた。

 試合中に足を怪我したある選手は、病院に運ばれる救急車の回りを相手チームのファンに囲まれ、罵声を投げ掛けられた。数年前にアウエーの試合で足を怪我した他の選手は、復帰してまた同じスタジアムに立った時に激しいブーイングと野次で迎えられた。

 アンゴラでのバスを狙ったテロ攻撃で友人とチームメイトを殺されたある選手は、「お前がやられるべきだった」と茶化した歌を聞かされた。ある審判は、誤審のせいでチームが負けたと思い込んだサポーターから殺すぞと脅迫され、引退する羽目になった。

 これらはかなり悪辣な、犯罪に次ぐ犯罪だと言えるだろう。もう少し程度の軽いものなら、毎週、どこの試合でも必ず行われている。テレビで試合を観戦するなら、相手チームの選手がコーナーキックをしたり観客席に近づいたりするたびに大声で怒鳴り、下品なジェスチャーをするサポーターたちの表情を見るといい(実のところ、見ない方がいいのかもしれないが)。

 こんな行動をとるのはごく一部の人々だと言いたいところだ。だが最悪な行動を取るのはごく少数であっても、観客がそれに加担したり熱狂したりすることも多い。選手の側にまったく非がないとはいえないが、それはまた別の問題だ。

■同情の「お祭り騒ぎ」もエゴ

 僕が言いたいのはつまり、イギリス人にとってのサッカーが、自分勝手な熱意を好き放題に爆発させられる「境界域」になっている、ということだ。そこには道徳心のかけらもない。イギリス人の精神の病的な側面がむき出しになり、僕はそれを見るたびイライラする。サッカーの試合に対するイギリス人の激情がいったいどこから生まれているのかは説明することはできないが、激情しているのは間違いない。
 
 ムアンバの件に大いなる希望を見出した人もいる。確かに人々の反応は悪いものではなかったし、試合会場でのファンの態度は尊敬に値する。だけど僕は、今回のムアンバへの同情の洪水は、いつもの激情の裏の側面にすぎないように思える。自らのエゴを満足させるために、感情を野放図にたれ流しただけではないのだろうか。

 イギリスのサッカーファンの大半は、ムアンバが倒れるまで彼のことをほとんど知らなかった。だから衝撃的な出来事だったとはいえ、みんなが彼の一件に強い悲しみを感じるなんて、奇妙だし不自然だ。僕から見れば、ある種の同情の「お祭り騒ぎ」のようなものに参加することは、自己中心的な行為に思える。

 インターネットにメッセージを寄せたりグラウンドに花を手向けたりして同情の「儀式」に参加するよりも、自分の心の中だけでそっとムアンバに同情する、というほうがよほど健全だろう。

 僕はイギリス人であり、サッカーファンでもある。だけどイギリスでサッカーを観戦すると、僕は周囲のイギリス人たちとは距離を感じてしまう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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