世界で変身したカップヌードル、食文化の縮図
編集委員 小林明
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前回、インド版「カップヌードル」を取り上げたところ、「ほかの国はどうなっているのか知りたい」という問い合わせを多数いただいた。そこで調べてみると、意外な事実が浮き彫りになった。
実は、日本の「カップヌードル」は日本市場以外では売っていないというのだ。つまり、海外版は現地の食文化に合わせて、例外なく独自の変化を遂げてきたというわけ。
日本版は日本市場に限定
「日本版を海外で試験販売してみたが、思うように売れなかった」というのがその理由らしい。やはり、時間をかけて培われた地域の食文化は簡単には変わらないのだ。そこで今回は「ローカライズ」のお手本とも言える「カップヌードル」が世界でどう変身してきたのか全体像をまとめてみることにした。世界の食文化の縮図が一覧できそうだ。
日清食品によると、海外版「カップヌードル」は現地法人ごとに製造しているという。つまり、商品群が上海とほぼ同じ広東を除くと、各地で1番の売れ筋商品が日本版を含めて全部で12種類あるという計算になる。それらを組み合わせたのが上の写真である。風味はもちろん、パッケージのデザインや容器の形状などまで細かく違うことがわかる。
発売された順番に並べてみると、日本(1971年)→米国(73年)→ブラジル(83年)→香港(86年)→インド(91年)→シンガポール(92年)→ドイツ(EU・93年)→タイ(94年)→インドネシア(95年)→フィリピン(96年)→上海(98年)→メキシコ(2000年)となる(広東版は1995年に発売)。
日本→単数形 海外→複数形
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ここで豆知識をひとつ――。
日本では「カップヌードル(CUP NOODLE)」という商品名で知られているが、海外では「カップヌードルズ(CUP NOODLES)」という名称に変化しているのにお気づきだろうか。日本は単数形、海外は複数形と名称が違うのだ。
これは最初に「カップヌードル」という商品名で売り出し、日本で定着したものの、米国で売り出す段階になって、名称を複数形にしないと意味が通じないことに気が付いたためだという。「ヌードル」では「1本の麺」という意味になってしまうらしい。
そこで、海外で販売する商品は英語圏以外でも「カップヌードルズ」という複数形の名称に統一することにしたのだという(米国では当初、CUP OF NOODLESを意味する「CUP O'NOODLES」と表記していた)。
さて、各国・地域別に売れ筋の特徴を詳しく見てみよう。
EU・米国版などは麺が短め、タイ版は麺が長め
EU版はドイツを拠点に北欧、英国、スペイン、オランダ、スイスなどで広く売られている。工場はハンガリー。チキンスープが基本なので、ニワトリをイラストにしたマークがパッケージに入っている。米国版もチキンスープなので、簡略化したニワトリのイラストが容器を包む紙製の資材に印刷されている。どちらも食べやすさを考えて、麺が短いのが特徴だ。米国ではスプーンですくっても食べられるように、麺を数センチの長さに切った商品も販売されている。
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メキシコ版はチリが利いた風味。地理的に近いせいか、容器やパッケージのデザインは米国版と似ている。ブラジル版は地鶏をベースにした塩味のスープ。インド版は複数の香辛料を組み合わせたマサラ(カレー)味(詳しくは前回の7月5日掲載のコラムを参照)。タイ版はハーブ類の微妙なバランスが特徴の酸味、辛みの利いたトムヤム味。生産ラインや流通システムなどの影響もあるせいだろうか、EU版、ブラジル版、インド版、タイ版の容器は光沢のある硬めの材質を使っている。タイ版では食べ応えを重視して、麺はやや長めにしているという。
シンガポール・フィリピン・香港・上海はシーフード味
インドネシア版はスパイスの利いたチキン味が基本。イスラム教徒が多いため、豚由来の原料は使っていない。これに対して、シンガポール版、フィリピン版、香港版、上海版は魚介のうまみが利いたシーフード味が基本。日本の「シーフードヌードル」に似た白濁のスープで、イカ、カニ風味のかまぼこなどの具材が入っている。香港、上海(広東も含む)では「合味道」(ハップメイドーと発音)という統一ブランドで展開しているが、パッケージには「CUP NOODLES(カップヌードルズ)」と英語も表記されている。「80后」(1980年代生まれ)や「90后」(90年代生まれ)と呼ばれる若者層に受けているそうだ。
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日本版は71年に生まれた世界初のカップ麺。麺にはつるみがあり、スープにはしょうゆ、塩、香辛料のほか、チキンや豚のエキスが入っている。具材はエビ、たまご、ねぎに加えて、コロッとした味付け豚肉。容器は2008年にポリスチレンから紙を使用した「ECOカップ」に変更した。環境面への配慮からだ。
ここまで調べると、具体的にどんな味なのか実際に食べてみたくなってきた。そこで日清食品の協力を得て、いくつかのサンプルを入手した。
EU版――欧州煮込み鍋風?
最初に試したのがEU版。麺と言えば、欧州ではイタリアのパスタが頭に浮かぶくらい。麺文化はそれほど歴史がない。だから、日本で生まれたカップ麺がどんな形で普及しているのか、興味を持ったためだ。
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フタを開けると、黄色い粉末のついた麺が見えた。具材はコーンや細かく切ったニンジンなどの野菜類。彩りはよくバランスが取れていて食欲をそそる。香りをかぐと、チキンスープのにおいが漂う。
熱湯を注いで約3分。早速、試食する。スープはブイヨンや香辛料が利いていて、いかにも欧州風の味わい。麺は日本の半分程度の長さなのでフォークに巻き付けて食べるのには便利だ。ただ、麺を「すする」ことに慣れた日本人にとっては、やや物足りない感じがしないわけでもない。
全体的には、欧州風の煮込み鍋に麺がはいった料理というイメージ。欧州の人の味覚にはこの方がなじみやすいようだ。日本人は「だし」の文化に慣れているので新鮮に感じた。容器が熱を通しやすい材質のせいか、熱湯が入ったまま持つととても熱い。欧州では冷まして食べる人が多いのだろうか。
米国版――スープ以上、食事未満
次に試食したのが米国版。これもスープはチキン風味だ。「米国ではチキンスープがお袋の味という人が多いため」(日清食品)らしい。ただ南西部ではシュリンプ(小エビ)系の風味やチリ風味の人気も高いそうだ。
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熱湯を注いでから、試食する。スープは塩気が薄くて軽い。脂分が表面に浮いていないので、比較的あっさりしている。具も少なく、腹にたまる感じは少ない。おやつ感覚という感じ。麺は短めだが、縮れ具合などは日本版と変わらない。
ふとパッケージを見ると、「MUCH MORE THAN A SOUP」(スープよりもかなり多い)という表記が目に入った。「スープ以上、食事未満」という位置づけなのだろうか。日清食品に確認すると、「ラーメンとして押しつけるのではなく、麺の多いスープ・ヌードルという位置付けで売り込んでいる」という。「ビーフからチキン」という味覚のトレンドの推移も意識したらしい。あっさり感が物足りない人には、独自に具材を盛り込むなどの工夫をするともっと楽しめるかもしれない。
欧米の先進国の後は、中南米と東南アジアの売れ筋を試食する。
メキシコ版――チリソースにライムでアクセント
フタを開けると、スープの粉末が赤みがかっているのが分かる。具材はグリーンピース、エビなどに赤いトウガラシのようなものが交じっている。やはり、辛いのだろうか? 麺は香辛料の色のせいか、ソバのような茶色がかった色合いに見える。熱湯を注ぐと、独特の香辛料の香りが辺りに広がってきた。
3分間待って、試食する。
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スープの上部に緑色の破片がたくさん浮かんでいる。細かく刻んだネギか香辛料だろうか。スープを味見してみる。チリの利いたシュリンプ風味。だしの利いた日本版のスープとはかなり違う印象だ。やはり辛い。飲み込むと、ピリッとした鋭い刺激を喉の奥で感じる。暑い気候には適しているのだろう。グリーンピースは米国版にも入っていたが、好きな人が多いのだろうか。
チリソースにライムをかけて食べるのがメキシコ流なのだそうだ。たしかに、酸味と辛みが強い方がうまい具合にアクセントになって「飽き」が来ない気がする。
タイ版――ピリピリと病み付きになる辛さ
フタを開けてみて驚いた。二つ折りのプラスチック製のフォークとペースト状の赤黒いたれが入った袋が麺の上に乗っていたからだ。「お湯を注ぐだけで食べられる簡便性」が売り物の「カップヌードル」シリーズだが、その原則が破られた格好。
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たれは粘度のある赤味噌のような形状。いかにも辛そうだ。麺のうえにかけると、酸味のある香りが漂う。食欲をそそるあのトムヤンクンのにおいだ。熱湯を注ぎ、試食する。スープを口に含んだ途端、辛さが舌を刺激した。ヒリヒリ、ピリピリする感じだ。
スープの熱さも手伝い、最初は顔、続いて背中、脇へと体全体から汗が噴き出る。口の中を冷やすための冷たい飲み物が不可欠だ。できれば、冷房のよく効いた部屋で食べる方がいい。だが、この辛さは病み付きになる。
麺はやや長め。「食べ応えを重視したため」(日清食品)という。汗をかきかき、麺をすすって食べると、いかにも食べたという気がする。日本で売り出してもかなり売れるのではないだろうか。ただ、備え付けの二つ折りのフォークは曲がりやすくてやや食べにくい。できればしっかりしたフォークでガツガツと食べた方がおいしく感じるだろう。
以上、各地域の「カップヌードル」(カップヌードルズ)を細かく調べてきたが、それぞれの商品が互いにいかに大きく異なっているかが改めて体感できた。
これは味覚や食べ方、つまり地域に根付いた食文化の違いが反映した結果だと言えるだろう。異なる食文化が触れ合い、影響し合いながら、さらに新たな食文化を生み出しているわけだ。
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