この記事は日経メディカル Onlineに週刊日経メディカルとして7月3日に配信したものを、日経ビジネス電子版に転載しています。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンの接種が進んでいる。医療者や高齢者の接種にめどが付き、65歳未満の希望者への接種も進む。ワクチンを2回接種したら、コロナ前の社会に戻るのだろうか?

 COVID-19の流行が始まっておよそ1年半。いまだマスク、三密回避の生活が続いている。

 しかし、この新たなパンデミックに対し、1年も経たずにワクチンが開発され、国内外で接種が進んでいる。海外では少なくとも1回接種した国民が6割を超えた国が出てきており、日本も主に医療者と高齢者への接種が中心だが、1回目接種率は2021年6月28日時点で17.47 %(人口1億2713万人のうち)まできた。さらに各地での集団接種および職域接種体制が整い始めたことで接種者数は加速度的に高まっていくと予想される。

 世界中がワクチン接種に全力を注ぐ中、ワクチンを接種したら、それでコロナ前の社会に戻るのだろうか?

院内感染対策の点ではワクチン接種後も変わらない?

 大阪府の新型コロナウイルス対策本部専門家会議の委員を務める大阪健康安全基盤研究所理事長の朝野和典氏は「ワクチンは希望者に対して接種することになっており、全員が接種するわけではない。常に何人かの人が感染し続けるウィズコロナ時代になっていくだろう」と指摘する。多くの人がワクチンを接種することで、感染しても重症化するリスクは下がる。集団免疫ができていくことで感染者も減少し、米疾病対策センター(CDC)が「ワクチンを接種したらマスクを外してレストランに行ってもよい」と発表したように、日本も変わっていくだろう。

 しかし、COVID-19患者はゼロにはならない。むしろ医療現場にとって、今まで以上にウィズコロナを意識していく必要があると朝野氏は言う。

 例えば、ある疾患で入院中の患者が入院後にCOVID-19と分かったとき、4人部屋で療養していたならば、同室の3人はワクチンを接種していたとしても濃厚接触者で、個室隔離することになる。1人が発症したら、少なくとも3部屋、別に個室が必要になる。こうした状況に対応できるように常に準備しておくことができるだろうか。

 「これまではあちこちに感染者がいる緊急事態で、社会全体がお金に糸目を付けずに検査をして、人の行動や経済活動を制限して、とにかく感染者を減らそうとしてきた。『まん延しているから、院内感染が起こっても仕方がない』と受け止められる面もあった」(朝野氏)。また、市中の発熱者は発熱外来を受診するし、軽症・中等症患者や重症患者を診るコロナ専用病院もあるため、COVID-19患者の診療に関わらなかった医療機関は少なくない。

 しかし、社会全体で感染者数が少なくなれば、いつまでも緊急事態は続かない。社会が平常に戻ったとき、不意に患者がCOVID-19を発症する。その発症は入院時検査だけでは予測できない。「患者が大きく減ってきたときに院内で感染が起こったとしたら、仕方がないと受け止めてもらえるだろうか」と朝野氏は指摘する。国民の多くがワクチンを接種し、発病や感染リスクが下がっても、数%でもリスクが残るのであれば、医療機関が取るべき院内感染対策は、今とそれほど変わらない可能性がある。

予防投与できる抗ウイルス薬の登場が待ち望まれる

 では、この先、医療現場はずっと厳しいCOVID-19対策を維持し続けなければいけないのだろうか。

 例えば、空気感染する結核は隔離が必要だ。そのため、何らかの疾患で入院するとき胸部X線を撮り、排菌状態にある結核がないかを確認する。影がなければ排菌していないから4人部屋でよい。万が一、入院後に感染が判明しても、同じ病室の入院患者に予防投薬するという手段があるし、発病しても治療法がある。インフルエンザの場合も、入院してから発病することがあるが、その場合は、同室患者にノイラミニダーゼ阻害薬を予防投薬するし、治療法もある。朝野氏は、「予防効果もある治療薬が登場すれば対策のあり方も変わり、インフルエンザと同じになる」と予想する。

 新興感染症であるCOVID-19に対するワクチンが1年も経たずに実用化されたのは、科学の進歩のたまもの。その結果、世界中で接種が進み、感染者数は大きく減少していくだろう。しかし、COVID-19との「付き合い」はこれで終わるわけではない。長期的にはCOVID-19は季節性インフルエンザと変わらないと考えられるときが来るだろう。しかし、しばらくは今まで以上に注意深く診察に当たる必要があるのではないだろうか。

変異株の登場はワクチン後の社会にどう影響する?

 ワクチン接種が先行したイスラエルや英国で再び感染者が増加傾向にあると報道されている。ワクチンは変異株に対して無効なのだろうか。

 米Pfizer社/ドイツBioNTech社の新型コロナワクチンBNT162b2については、2021年5月にカタールからの接種効果が報告され、2回接種から14日後以降のB.1.1.7株(アルファ株、英国株)に対する有効性は89.5%だったが、ベータ株(南ア株、B.1.351)に対する有効性は75.0%と、やや低い可能性が示唆された。しかし、重症化や死亡を抑制する効果は変わらず、97.4%と高い効果が確認されている。ワクチン接種者における変異株に対する効果は今後の検証が待たれるが、現状では一定の効果は期待できると言えるだろう。

 では、変異株にも対応できるワクチンによる追加接種は、変異株への有効な対策になるだろうか。その疑問への回答を示すべく、現在、ブースター試験が進んでいる。そのうちの1つを手掛ける米Moderna社は、2021年5月5日、新型コロナワクチンmRNA-1273もしくはベータ株のS蛋白に対応するよう改変したmRNA1273.351を使ったブースター試験で有望な結果が得られたと発表した。

 mRNA-1273は、およそ600人を対象とした第2相試験、3万人を対象とした第3相試験で2回接種による発症予防効果が示されている。ブースター試験は、この2つの臨床試験に参加した一部の患者を対象に、2回目接種から5.6~7.5カ月後に、3回目としてmRNA-1273もしくはmRNA1273.351を追加接種し、ベータ株、ガンマ株(ブラジル株、P.1)に対する中和抗体価を検討するものだ。

 その結果、mRNA-1273の2回接種からおよそ半年後、従来株に対する抗体価は低下しており、それ以上にベータ株、ガンマ株に対する中和抗体価は低下していた。しかし、mRNA1273もしくはmRNA1273.351の追加接種により、いずれの場合でも追加接種前に比べてベータ株やガンマ株に対する中和抗体価が20~40 倍に高まることが確認された。mRNA-1273.351による追加接種による変異株に対する中和抗体価の上昇は、mRNA-1273の2回接種後の従来株に対する抗体価と同等まで上昇すると考えられた。

  現在、Moderna社 ではmRNA1273とmRNA-1273.351を1対1で混ぜた多価ワクチンmRNA1273.211の開発も進めている。この結果は、2回ワクチンを接種した人において変異株に応じた追加接種を行えば発病を予防できる可能性を示唆しており、ワクチンもまた「インフルエンザと同じ」になるのかもしれない。

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