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ドイツ語でHeiliges römisches Reich deutscher Nation(ドイツ国民の神聖なるローマ帝国)
962年〜1806年
オットー大帝の加冠によって成立した中欧の帝国*1。最初から諸侯の力が強かったため国家としてのまとまりは弱かったが、さらにカノッサの屈辱、大空位時代などでそれは確実になり、三十年戦争によって事実上名前だけの存在と化した。19世紀初頭にナポレオンによって解体された。
1440〜1806年の間神聖ローマ皇帝位はハプスブルク家によって伝えられた。
神聖ローマ帝国を代表し、統治する者がローマ王またはローマ皇帝である。選挙で国王に選ばれた者は、イタリアへ赴き、ローマ教王(法王)から帝冠を授与されてはじめて皇帝と呼ばれる。国王を選ぶのは、皇帝選挙で投票する権利を持っていた「選帝侯」で、七名の選帝侯が決定するのが帝国の慣例である。これは世襲制で、1806年の帝国の瓦解まで原則として不変だった。七人のうち三人が聖職者(マインツ、ケルン、トリーアの大司教)、四人が世俗の君主(ボヘミア王、ブランデンブルク公、ザクセン公、プァルツ宮中伯)、このうちマインツ大司教が筆頭格で皇帝職務の補佐役ともみなされていた(以上参考文献 江村洋『ハプスブルク家』講談社現代新書)
「神聖ローマ帝国とは、神聖でもないし、ローマ人でもなく、帝国でもない*2」(ヴォルテール)
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