いつも一緒にいた祖父が他界してから、少しずつ元気がなくなり、祖母がぼけはじめたのは、数年前のこと。

「それなら一緒に住もうよ」

そう声をかけ、はるばる富山から神奈川へと呼んだ。それから、祖母と、母と、私の3人の生活がはじまった。

最初の頃は、お互い新しい生活に慣れるのに大変だった。

80年以上富山で暮らしてきた祖母にとって、神奈川は全く馴染みのない土地。知り合いも誰もいない。近くにあった立山連峰は見えず、窓の外から見えるのは建物ばかり。

「ここは山が見えないねぇ」と呟いたかと思えば、「やっぱり富山に帰りたい」と言って泣き出すこともしばしば…。帰って一人で暮らせるわけもなく、私たちが富山で行ける状況でもない。

「帰りたいよねぇ、ごめんね」

こっちも泣きそうになりながら、なんとかなだめる。これは結構こたえた。

私はといえば、祖母との暮らしがはじまると同時に大学院にも通いはじめた。ただでさえ仕事との両立が不安だったのに、直前になって新しい要素が加わった。まぁなんとかなるっしょ！と思ってたけど、想像以上に大変だった。

一番大変だったのは、食事の準備。我が家は曜日によって家事の分担をわけていて、母と私が順番こに料理をする。祖母は好き嫌いが多く、食べられるものに限りがあった。

祖母の好みを聞き、作って出してみる。どれも美味しいと言って食べてくれる。ただ、祖母は素直で正直な人なので、その反応で本当に美味しいかったかどうかがわかる。これはお口に合わなかったかな…と反省し、また味付けをかえて出してみる。その繰り返し。

すると今度は、母と私が少ない食事のレパートリーに飽きてくる。次第に祖母用のおかずと、自分たち用のおかずを作るようになる。だけどそんな余裕がある日ばかりじゃない。毎日時間が足りないなぁと疲れ果てて眠りにつき、また朝が来る。

そんな生活がはじまって、3年が経った。

やっとお互いのペースを掴めるようになってきた。そして、楽しい思い出もたくさん増えた。

祖母はその時代には珍しく、育てのお父様のはからいで小さい頃から茶道と華道を習っていた。私にも教えて！というと、もう忘れたちゃ、と言いながら話してくれる。その影響で私もより一層お花とお茶が好きになった。

それから、二人でたくさんおしゃべりをするようになった。

私はあまり自分の話をするのが得意ではなく、聞いている方が好きなタイプ。相談もほとんどしない。だけどなぜか、祖母には話してみようかな、と思うようになった。

今こんなことを思ってるんだよね、と話すと「思っていることがあるなら、ちゃんと相手に伝えるといいよ」とか、ちょっと疲れて弱音を吐くと「気を張りすぎず、ちゃんと休んだり遊んだりすることも大事だよ」とか、長くは話さないけれど、その時の私に必要な言葉をくれる。

そして、人生の心得も教えてくれる。

「死ぬ時にはお金は一銭も持っていけないからね。それよりも大事なものがあるよ」

「結婚したら、旦那さんを立てて、お姑さんには従うんだよ。不必要に前に出なくていいからね」

「5本の指の長さが揃っている人はいないでしょう。完璧な人はいなくて、どこかが欠けていたり、長けていたりするものなの。お互いのいいところを認めて、支え合って生きていくんだよ」

小さい頃から祖父母のことは大好きだったけれど、大人になった今だからこそ聞けること、話せることがたくさんあって、嬉しい。

最初は苦労した食事も、母や私が食べている姿をみると自分も食べたくなるのか、今ではなんでも食べてくれるようになった。

「都会は近くになんでもあって便利だねぇ。しばらくここにいるちゃ」

富山に帰りたいと泣いていた祖母が、ミスドでポンデリングを食べながら、こう言ってくれるまでになった。

80歳を超えても変われる祖母はすごい。

人と暮らすのは楽ではないけれど、楽しいこともたくさんある。そう気づかせてくれた、祖母との3年間。