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【試し読み】北村紗衣『女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選』より(「プロローグ 死んでるヒマなんかなくなった」)
プロローグ 死んでるヒマなんかなくなった
この本は女の子のための外国映画ガイドです。いやいやちょっと待って、なんでそんなものが必要なんでしょう? 自分で本まで書いておいてこんなことを言うのもおかしいですが、世の中には外国映画ガイドみたいなものがたくさんあります。たとえばアメリカ映画インスティテュート(AFI)は非常にきちんと考えられたアメリカ映画ベスト100本のリストを出しています。面白そうな外国映画を見てみたいと思ったら、そういうものを上から順に見ていけばいいんじゃないでしょうか?
たしかにそうしてもいいのですが、私の個人的な体験では、そういうリストは必ずしも生き抜くのに役に立ちませんでした。もちろん面白いと思える映画もたくさん見つかったのですが、ピンとこない映画も入っていたのです。私は女性で(大人になるまで気づきませんでしたが)発達障害があります。たぶん発達障害があるせいで教員に嫌われていじめられたので、中学校は不登校でした。そんな私が、AFIが1997年に発表したベスト100で第2位になっている『ゴッドファーザー』(1972)を高校生くらいの時に見て思ったのは、「しょうもない暴力犯罪者の男たちがああだこうだする様子をまるで格式のある社会みたいに描いていてつまらない」でした。『ゴッドファーザー』はこの後に出てくる『バービー』でも男性が好きな映画として冗談のネタにされているくらいで、よくできてはいますがとても男性目線な映画です。私が人生を生き抜く上で『ゴッドファーザー』から身につけたものといえば、下手クソなマーロン・ブランドの物真似と、イタリア料理は美味しいという知識だけです。
映画界というのはとても男性中心的なところです。少数民族や同性愛者、障害がある人などに対しても偏見があります。そこから出てくる名作リストは、当然男性中心的になるし、社会で偏見の対象になるような特性を持っている人にとっては全然面白くない映画が入っていることもあります。リストに出てくるような映画を作っている人たち、リストを選ぶ人たちはほとんど気づいていないのですが、そもそも女性や少数派にあたるような人が出てこなかったり、出てきてもせいぜい男性主人公を助ける程度の役柄しかもらえなかったりします。観客にそういう人がいるということも想定されていません。名作と呼ばれるものは誰にでも訴えかけるような普遍的な価値を持っているというような触れ込みで紹介されますが、実は選ぶ人たちの偏見が無意識に反映されています。名作リストは男性だったり、異性愛者だったり、多数派の民族だったり、健康だったりする人を無意識にターゲットにしていることが多いのです。
この本はいわゆる「男性」という枠に自分はあてはまらないと思っている人、とくに若い女性をターゲットにしたおすすめ映画ガイドです。もちろん男性にも読んでもらえれば嬉しいですし、男性でない人だけではなく、異性愛者でなかったり、少数民族だったり、障害があったり、健康でなかったり、その他いろいろな点で多数派ではないと感じている人も楽しめる本になっているといいなと思っています。世の中のほとんどの名作リストは男性を対象にしているのですから、あえて女の子のためのおすすめリストを作ることは意味があると思っています。
深刻な話で恐縮ですが、私は20歳前後までは精神不安定で何度も死にたいと思いましたし、我ながら今思い出しても引くくらい困った人だったと思います。今は10代、20代の頃よりもはるかにキツい人生を生きていますが、死にたいと思うことはなくなりました。世の中には楽しい映画やお芝居やテレビドラマがたくさんあって、私が好きそうな新作の話題が入ってくると、とりあえず見るまでは頑張ろう……と思えるからです。007シリーズ25作目のタイトル『ノー・タイム・トゥ・ダイ』よろしく、楽しそうな映画が多すぎて死んでいるヒマがありません。人生の目的は死ぬまでひたすら楽しいことをすることだと思えるようになりました。別に映画は人生の役に立つために作られているわけではないし、私も人生の役に立つと思って映画を見ているわけではないのですが、どういうわけかひとりでに映画は私が生き抜くのを助けてくれるようになりました。とても感謝しています。
私は発達障害がある女性なので、その立場から「18歳になる前にこういう映画を見て大人になれたらよかったな」と思う作品を選びました。22のテーマに分けて100本の外国映画を紹介しています。外国映画に限って日本映画を入れなかったのは、若いときに自分が住む場所とは違う文化に触れるのは世界を広げることにつながるし、楽しいことだと思うからです。このため、できるだけいろいろな地域の映画を選ぶようにしました。全体的にはすごくイヤなことがあったとき、誰にも自分の気持ちをわかってもらえないときに見て楽しめたり、共感できたり、見たときはピンとこなくても大人になってから「あ、これってあれだったんだな!」みたいにポジティブに思い出せるような映画を選んだつもりです。フェミニズムや女性の連帯などをテーマにした映画は21世紀に入ってから盛んに作られるようになってきているので新しめの映画が多いですが、世の中というのは必ずしも一定の速度で同じ方向に進んでいくわけではないので、昔の映画であっても女性を主人公にして現代に通じるような視点で作られたものはたくさんあります。古い映画でも、良い作品はできるだけ入れるようにしました。もちろん私の趣味はけっこう偏っているので、この本で紹介した映画が全ての女の子の趣味にあうわけではもちろんありません。ちょっと攻めた感じの作品もいくつか入っているので、見て「何じゃこれ」と思うこともあると思います。そういうときは著者である私と趣味があわなかったんだということにしてください!
この本で紹介した映画はリストのどこから見始めても大丈夫です。パラパラめくって面白そうだと思うところから始めてください。この本でとりあげた映画に限らず、皆さんがつらいときにも楽しいときにも思い出せるような映画に出会えれば嬉しいです。この本がその出会いにつながるドアを開ける助けになることを祈っています。
(つづきは本編で)
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『女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選』
北村紗衣
http://www.kankanbou.com/books/essay/0641
四六判、並製、224ページ
定価:本体1,800円+税
ISBN 978-4-86385-641-7 C0074
装丁 成原亜美(成原デザイン事務所)
装画 satsuki
【著者プロフィール】
北村紗衣 (きたむら・さえ)
武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評。
著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社、2018)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房、2019)、『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(ちくま新書、2021)、『お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロード』(文藝春秋、2022)など。