「コスト削減」と「柔軟性」の象徴とされ、企業のインフラ戦略に革命をもたらしたクラウド。2000年以降、多くの企業がオンプレミス環境からの脱却を目指し、「クラウドファースト」を推進してきた。
しかし近年、その流れに変化が見られるという。
「クラウド移行が『最適解』とされた時代は終わりを迎え、オンプレミス回帰の流れが生まれています」
日本唯一の国産サーバー製造ベンダーであり、ハードウエアソリューション、インフラサービスを提供する富士通グループのエフサステクノロジーズ株式会社で、企業のインフラ戦略立案に携わる柳 晃一朗さんは、クラウドの潮流についてそう語る。
一体なぜ、企業はオンプレミスを再評価し始めているのだろうか。
20年以上にわたり日本企業のインフラ構築を支援してきた柳さんへのインタビューを通して、「オンプレ回帰」の背景と、これからの時代のインフラエンジニアに求められるスキルを探った。
エフサステクノロジーズ株式会社
サービスデリバリー本部 共通テクノロジー統括部 統括部長
柳 晃一朗さん
1999年入社。インフラエンジニアとして、様々な業種のクライアントへネットワークインフラを提供するとともに、データセンターやパブリッククラウドのインフラ基盤導入にも従事。2005年には、シスコシステムズが提供するシスコ技術者認定の最高位資格・CCIE (Cisco Certified Internetwork Expert)を取得。現在は、ハイブリッドクラウド、AI、ゼロトラストネットワークなどの事業を牽引している
ビジネスシーンにおける生成AIの本格活用が「オンプレ回帰」を助長
――まずは「企業のITインフラ戦略」の現状について伺います。一昔前は、クラウド移行を進める企業が大多数の印象でしたが、近年変化は見られますか?
おっしゃる通り、一時期はクラウド移行が唯一の正解のように語られていましたが、ここにきて状況が変わってきています。実は、多くの企業で「オンプレミス回帰」の動きが加速しているんです。
――なぜオンプレミスの再評価が進んでいるのでしょうか?
大きな要因としては、企業活動におけるセキュアな「生成AIの本格導入 」が挙げられます。
企業が生成AIを運用する際、「企業独自のナレッジ」や「業務データ」をAIに学習させる必要がありますよね。ただクラウド環境では、それらのデータの機密性を担保することが難しい。たとえアクセス制御を厳格に設定したとしても、データがクラウド上に存在する限り、完全に外部リスクを排除することはできません。
こうした背景から、特に機密性の高いデータを扱う企業では、オンプレミス環境でAI基盤を運用する動きが加速しています。オンプレミスなら、データの保管・処理・活用を全て自社の管理下で完結できるため、情報漏洩リスクを最小限に抑えながら、AIの能力を最大限に活用できます。
加えて、「クラウド環境の運用コスト高騰 」も要因の一つです。
クラウドは従量課金制が基本で、初期投資が不要な点が魅力です。しかし、データ量の増加に伴う予想外の高額請求や、使っていないリソースへの課金が発生するケースも多く、長期的な運用コストの不透明さが問題視されています。そのため、一定の規模や安定したワークロードを持つ企業では、オンプレミスの方がコスト最適化につながると再評価されているのです。
そもそもクラウド移行は、コロナ禍でのリモートワークの普及により一気に加速しました。しかし現在は出社回帰の流れが強まり、インフラ戦略を見直す企業も増えてきています。クラウドに依存しなくても、社内ネットワークの整備やハードウエアの活用次第で、十分なパフォーマンスを確保できると判断する企業も多いですね。
――クラウドを使うことで、かえって高くつくこともあるのですね。
はい。また、処理速度や応答時間の最適化という観点でも、オンプレミスに優位性があります。
例えば、ゲーム開発や映像制作のようにリアルタイムの高負荷処理を伴う業務では、クラウドのレイテンシーがボトルネックになることがある。高度なネットワーク性能を必要とする開発作業では、現在でもオンプレミスが選択されるケースが多く見られます。
――とはいえ、クラウドの利便性を完全に手放すことは難しいのでは?
おっしゃる通りです。オンプレミスは初期投資やセットアップに時間がかかるため、どうしても導入のハードルが高くなる。また新規プロジェクトの立ち上げ時や、特定の期間にアクセスが急増するサービスでは、クラウドの柔軟なリソース拡張機能が不可欠です。
なので現在は「ハイブリッド環境 」の構築を前提にインフラを設計する企業が増えています。用途やデータの性質に応じてクラウドとオンプレミスを適切に使い分けることで、コストを抑えつつ高いパフォーマンスと安全性を確保することが、近年のトレンドです。
インフラエンジニアは「作る存在」から「選ぶ存在」へ
――オンプレミスへの回帰やハイブリッド環境の普及に伴い、インフラエンジニアの役割にも変化が生じているのでしょうか?
これまでのインフラエンジニアは、サーバーやネットワークを構築し、安定稼働させることが主な業務でした。しかし現在は、単に環境を作るのではなく、企業の業務要件に応じて、クラウド・オンプレミス・ハイブリッドの中から最適な構成を設計・提案する役割が求められるようになっています。
特に、今後AI活用やデータ分析といった高負荷な処理のニーズが増えていく中で、「どのワークロードをどの環境で運用すべきか」を適切に判断し、選んでいくことが重要です。
単純なクラウド移行ではなく、コストやセキュリティー、パフォーマンスを考慮し、オンプレミスとクラウドの最適な組み合わせを設計できるかどうかが、インフラエンジニアの価値に直結する時代となっています。
――そうした変化に対応する上で、インフラエンジニアにはどのようなスキルが求められるのでしょうか。
まずは、クラウドとオンプレミスの両方に精通することが大切です。
これまでオンプレミスの設計・運用をメインにしてきたエンジニアも、クラウドのサービス体系やコストモデルを学ぶことが欠かせません。一方、クラウドネイティブな環境しか知らないエンジニアは、ハードウエアの知識やオンプレミスのパフォーマンス最適化について学ぶ必要があります。
ハイブリッド環境の構築を考える際には、「FinOps(Financial Operations) 」の考え方を活用するといいでしょう。これは、クラウドコストの可視化と最適化を行い、無駄なコストを削減する手法です。FinOpsの視点を持つことで、クラウドとオンプレミスのコスト比較や、最適なリソース配分の判断がしやすくなります。
またセキュリティーに関しては、「ゼロトラスト 」がポイントになります。従来のセキュリティー対策は、社内ネットワークを信頼し、外部からの攻撃を防ぐ「境界防御型」が主流でした。
しかし、リモートワークの普及やクラウドサービスの活用が進む中で、社内外の境界が曖昧になり、これまでの手法ではセキュリティーを維持できなくなってきています。
例えば、クラウド環境では設定ミスが情報漏洩につながることもあり、オンプレ環境では内部からの不正アクセスを防ぐ仕組みが不可欠です。これからの時代のインフラエンジニアには、「クラウドとオンプレの両方に対応したセキュリティー設計ができる能力」が求められます。
ハードとソフトの両輪で、インフラ環境の最適解を導く
――企業のインフラ戦略が大きく変わってきている中、エフサステクノロジーズではどのような取り組みを行っていますか?
当社では、「クラウドとオンプレミスを適切に組み合わせたハイブリッド環境の構築 」「AIの実装を支えるインフラ技術の開発 」そして「ゼロトラストを前提としたセキュリティー設計 」の三つを重点領域とし、それらを統合したソリューションの提供に注力しています。
具体的な取り組みの一例が、オンプレミス環境向け対話型生成AI基盤「Private AI Platform on PRIMERGY(PAPP)」 です。PAPPは、高性能GPUを搭載したPCサーバー「PRIMERGY」上で稼働し、クラウドに依存せずに企業がAIを活用できるプライベートAI基盤を提供します。
機密性の高いデータを扱う環境では、セキュリティーを確保しつつAIを活用することが求められますが、PAPPを導入することで、社内の機密文書やデータに基づいたAIの活用が可能になります。
――「ハイブリッドソリューション」を提供するために、開発環境や組織作りという観点で工夫していることはありますか?
エフサステクノロジーズは、2024年4月より富士通グループのハードウエア部門を統合し、製品開発から製造、販売、導入、運用、保守までを一貫して提供できる体制を整えました。各事業部門との連携強化により、サーバーやネットワークに関する知見や理解を深めやすくなったため、当社のリソースを活用した提案が可能です。
また富士通グループの中でも幅広い業務を展開する大規模組織として、国内外約180拠点を通じて約65,000社のお客さまにサービスを提供しています。インフラエンジニアが営業に同行し、直接お客さまの声を聞く機会も多いため、現場のニーズに基づいたソリューションの提案力が強みとなっているんです。
当社は独自の顧客開拓を進めており、従来の富士通グループの枠を超えた新規案件が増加していることも大きな特徴です。すでに金融・製造・医療・公共といったさまざまな分野でサービス導入が進んでおり、これからも成長が期待される新領域で挑戦できるフィールドが広がっています。
――エンジニアが成長できる環境も整っているわけですね。
はい。富士通グループの「ジョブ型人材マネジメント 」を活用することで、特定技術の専門性を深めながら、新たな領域にチャレンジすることでスキルの幅を広げることもできます。
変わりゆく企業のインフラ戦略に対応するためには、技術そのものだけでなく、ビジネスやセキュリティーといった視点を持つことが欠かせません。クラウドとオンプレ、AIとセキュリティー。複数の要素を組み合わせ、最適な解を導き出せるエンジニアこそが、これからの時代のインフラ環境を支えていくことになるでしょう。
【Check】エフサステクノロジーズの中途採用情報はこちらから
https://type.jp/job-company/44435/?utm_source=sales&utm_medium=et&utm_campaign=108
文/福永太郎 撮影/桑原美樹 編集/今中康達(編集部)