「ヒップホップ・ジャパンの時代」──Vol.4 「POP YOURS」

日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える短期連載。第4回は、“ポップカルチャーとしてのヒップホップ”をテーマにしたフェスティバル「POP YOURS」。5月18日(土)、19(日)に幕張メッセで開催された「POP YOURS」を新鋭ライターの最込舜一が、イベントを通してヒップホップシーンの盛り上がりを考察する。

宙を舞ったDAY2のヘッドライナーを務めたTohji。

Miyu Terasawa
【はじめに】

KANDYTOWNの終演や舐達麻の躍進、BAD HOPの東京ドームのラスト・ライヴと解散、さらに千葉雄喜の始動と新たな若い才能の台頭。そして、ストリートとインターネットの関係の複雑化、ジェンダーの多様化、多種多様なオルタナティヴの開花も進行している。2020年代の折り返し地点を目前に、再び大きな転換点を迎えたかにみえる日本のヒップホップ。そんなシーンの最前線で活躍するアーティストやレジェンド、フェスやその主催者などへの取材を通して、「ヒップホップ・ジャパンの時代」を多角的に検証する短期連載。

圧倒的なパフォーマンスで会場を沸かせたDAY 1のヘッドライナーLEX。

Daiki Miura
2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ

国内最大級のヒップホップフェスティバル、「POP YOURS」が今年で3回目を迎えた。今年もチケットは昨年と同じく早々に完売。会場には2日間合計で約3.5万人が訪れ、生配信の総視聴者数は56万人にも及んだという。

本稿では、ギリギリ“Z世代”である筆者の目に同フェスがどのようなものとして映っているのか、ひいてはこの国にヒップホップがどのように根付いているのかについて考えていきたい。

私の世代は「少子高齢化」という言葉を小学生の頃から耳にタコができるほど聞かされ続けてきた。43年間連続で出生数が減少し続けているこの国で、今後若者が増える見込みはない。国全体が老いていく未来は確定している。それがすべての前提だった。少なくとも、1999年生まれで“Z世代”にカウントされる私はそんな空気を感じ取っていた。

Z世代の特徴のひとつに「強い仲間志向」というのがある。おそらく、その背景にはこの国に長く漂う閉塞感もあるのではないか。「未来は俺等の手の中」だなんて、とてもじゃないが言えない。だから、せめて身の回りの友だちを大切にしよう。それならば仲間と刹那的に生きることを楽しもう。まあ、それは漠然とした将来への不安の裏返しであって、本気で後先を考えていないわけじゃない。けれど、そっちの方がよっぽどアクチュアルな選択に思えるよね、ということだ。

それを踏まえると、もちろんTikTokなどショート動画との相性の良さもあるにせよ、コミュニティ意識の強いヒップホップ/ラップというジャンルが2020年代の国内音楽シーンにおいて存在感と影響力を強めるのは必然かもしれない。

今年の2日目ヘッドライナーを務めたTohjiは、そういう意味で象徴的なカリスマである。彼はヒップホップの可能性を最も外側に拡大しているが、若者への影響力はファッションや考え方の面にまで及ぶ。要するに彼はヒーローなのだ。ピュアさを保って小さなところからコミュニティを育んでいく実践。その精神性は、特に2000年代前半生まれの世代に強く引き継がれているように感じる。今年の大トリとしての彼の圧倒的なパフォーマンスはこれまでの歩みが大きく実を結んだステージでもあった。

5月18日 のDAY 1に出演したYENTOWN。

Daiki Miura
観客の9割以上が20代以下

会場での若者の盛り上がりを見ていると、ラップミュージックが本当に私たちの世代に浸透してきているのだと改めて実感させられる。オーディエンスは見渡す限り10代後半から20代前半ばかり。「観客の9割以上がZ世代を中心にした20代以下」というのは現地での肌感覚としても間違っていない。他の国内フェスとも明らかに異なる雰囲気だ。もうひとつ印象的だったのは、会場には「POP YOURS」のオフィシャルグッズを身に着けた観客が多くいたことだ。ファンダムの強いアーティストのライブが仲間と繋がるコミュニティとしての側面を持つことは度々指摘される。「POP YOURS」にもおそらく似た側面がある。フェスの名を冠したTシャツを着ている若者の多さがそれを示していたし、マッチングアプリのプロフィール文に「POP YOURS、行きます!」と書いた大学生らしきアカウントを見かけるようになったのも、ある意味似た現象かもしれない。

「POP YOURS」は「2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ」というテーマを掲げているように、つい最近始まったばかりのフェスである。初開催はコロナ禍の空気も濃厚な2022年。当時、筆者が渋谷のセンター街あたりで見かけた巨大なポスターは、あらゆる意味で衝撃的だった。高校時代の友人からAwichの日本武道館でのワンマンライブに行こうと誘われ、駅前にはKANDYTOWNを流しながらスケボーの練習をする少年たちがたむろしていた。BAD HOPを新聞のコラムで見かけ、特にラップ好きでもなかった大学同期は気付けば「Red Bull RASEN」を見ていた。「何かが始まっている」と感じるには十分だった。

DAY1に登場した今年20歳を迎えるLANA。ヒップホップ界のみならず、多方面からも熱い注目を集める。

Yokoyama Masato

高校生向けの学習塾でバイトをしていたときにはこんなこともあった。採点を終えた答案の返却のために自習室へ向かうと、ガラス越しに見えた担当生徒が真剣な眼差しでiPhoneの画面を見ていた。静かに忍び寄ってみると、それは「Makuhari」のライブ映像だった。第2回目にあたる2023年の開催に際して制作された「POP YOURS」のいわばテーマソングである。この曲の大ヒットによって、幕張はラッパーにとってひとつのメルクマールとなった。いや、ラッパーだけではない。その生徒が「大学生になったら『POP YOURS』には絶対遊びに行きたいです」と言っていたように、幕張はリスナーにとっても特別な場所になったのだ。

DAY2では国内外で話題を呼ぶ「チーム友達」の千葉雄喜が登場。

renzo masuda

さて、最初の問いに立ち返ろう。この国でヒップホップはどのように根付いているのか。学校や現場で自然と広がる光景は、主にソーシャルメディアを通して各地に伝播している。「ヒップホップとは○○である」などと言うつもりは毛頭ないが、少なくとも若者にとって「ヒップホップ」が精神的な拠り所としての共通言語となってきているのだろう。きっと「POP YOURS」は日本のヒップホップシーンを牽引する存在として今後も重要な舞台であり続けるに違いない。また、ラップゲームにおいてステージとフロアの境界は薄く、今はフロアにいる少年少女が来年はステージでラップしているかもしれない。

しかし、これが一過性の流行ではなくポップカルチャーとして根付くためには、まだまだプレイヤーもリスナーも数が足りているとは言いがたい。激しい人口減にはそう簡単には抗えないからだ。でも、ヒップホップの拡大もそう簡単には止まらない。

POP YOURSのアーカイヴ映像。

POP YOURS

「2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ」をテーマにした 国内最大規模のヒップホップフェスティバル「POP YOURS」。開催3回目の今年は、2024年5月18日(土)、5月19日(日) 千葉・幕張メッセ国際展示場9〜11ホールで行われた。

最込舜一

神奈川県出身・在住のライター/ジャーナリスト/たまにDJ。1999年生まれ。ポッドキャスト番組「脱字コミュニケーション」と「脱字通信」を運営。

文・最込舜一 編集・高杉賢太郎(GQ)

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