小池百合子都知事の“答えない力”
東京都知事選が終わると、メディアを手玉に取ったと思っているらしい2位になった人の言動が注目され、3位になった人への厳しいツッコミも続いた。もちろん、投票行動の全体像を掴んだり、今後の政治の流れを占ったりする上で、その分析は必要不可欠なのだが、結果的に、三選を決めた1位になった人への論評が極めて薄いままになっている。

先日、2022年に亡くなった小田嶋隆が残した言葉を振り返るイベントに出る機会があり、その下準備のために小田嶋のTwitter(現X)を読み直していたのだが、2017年の投稿にこんなものがあった。
「小池百合子さんに関しては、説明する能力がないというよりは、説明せずに済ませる異様な能力を持っていると思っています。そういう意味で強く警戒しています」
いかにも小田嶋らしいツイートだが、確かに説明せずに済ませる異様な能力がある。都知事選終了後の現在がまさにそうだ。新しい顔や負けた顔を追いかけ回す一方で、その場を守った顔は追いかけない。この8年間の仕事が透明化されており、その上で圧倒的な勝利を収め、どうぞこのまま続けてください、と手放しで信任されたわけではない。選挙戦では、なるべく表には出ない作戦をとり、そのかわり、厳しく問われる場にはならない公務を増やし、映像や記事で接触してもらう機会だけは保った。
小池都知事が渋った影響もあり、事前の候補者討論会は限られた機会となったが、神宮外苑再開発に関連した質問で「事業者からパーティー券の購入は受けていないか」と問われると、小池都知事は「パーティーの開催につきましてはそれぞれ法律に則った形で公表しており、そのような形で公開している」と正面からは答えなかった。YouTubeでは、「AIゆりこ」なる、事実上の百合子に政策を語らせたり、船の上から演説したり、問われる場面を絞りに絞ったのは、問われると答えられないから。問われると答えられない人って、都知事になっていいのだろうか。
小池の公約を改めてチェックしてみると、「首都防衛」が大きく掲げられている。首都直下地震が起きれば、東京都は甚大な被害を受ける。いくら準備していてもパニック状態に陥る。その時、トップに立つ人は、都民を、もちろん、他県や他国からやってきている人たちを落ち着かせなければいけない。あまりに難しい陣頭指揮をとることになる。首長の言葉に耳をそばだてる。こういう時、「聞かれたくないことがたくさんあるので、質問に答えたがらない人」というのは一番困る。
「説明する能力がない」より、「説明せずに済ませる異様な能力」のほうが困るのだ。当選後、小池のSNSはちっとも更新されていない(7月22日現在)。当選した人間は、当然、自分とは異なる考えを持っている人、自分には投票してくれなかった人の考え方を受け止めながら、包摂する姿勢が求められる(まさに小池が訴えていた「ダイバーシティ」)。でも、それをしようとはしない。
毎週金曜日に都庁で定例会見を開いており、記者クラブの面々が小池に質問をぶつける機会となっているが、当選後の7月12日、三選決定後、初となる会見での記者の追及は弱かった。その前週、つまり、選挙直前の5日の会見では記者とこんなやりとりがあった。
──知事選の告示後、知事は連日、各地を行政視察されてこられまして、改めてどういった狙いで、また今、この時期にどうして多くの視察に行かれているのか、そのお考え、意義を教えてください
「現場視察というのは非常に有効です。政策で既に行っているものの確認、また、実際に行くことによって、更にそれに積み増していくことが何ができるのか、現場で担っている方々の声も聞こえるということで、非常にこの間も各地回らせていただきました。(後略)」
──ありがとうございます。取材を進めていますと、今の時期に本当に必要な視察なのかどうかとか、あるいはその公務に名を借りて選挙活動をしているんじゃないかと見られかねないといった指摘も聞かれるんですけれども、それについてはどういうふうにお答えになりますか
「いや、視察に行くことについて何の問題もないと思っております。むしろもっともっと見ていくところはあるかと思っております。ありがとうございました」※註1
文字起こししたものを読むと、話が噛みかみ合っているようで噛み合っていない。こうやって、やりとりを空洞化させる。ズレを作って、質問が、自分の身体の奥に刺さらないようにする。このあたりが「説明せずに済ませる異様な能力」なのか。答えたくないことがたくさんあるからあまり前に出てこない、この状態って当選を決めたからといって許されるわけではないのに、なぜか1位に向けた厳しい報道が減っている。前に出てこないトップが、いつもの手口を駆使しながら、「説明せずに済ませる異様な能力」で色々と忘れさせようとしている。
※註1小池知事「知事の部屋」/記者会見(令和6年7月5日)より引用
1982年生まれ、東京都出身。 出版社勤務を経て、2014年よりライターに。近年では、ラジオパーソナリティーもつとめている。『紋切型社会─言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、のちに新潮文庫) で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著書に『べつに怒ってない』(筑摩書房)、『父ではありませんが』(集英社)、『なんかいやな感じ』(講談社)などがある。
文・武田砂鉄 編集・神谷 晃(GQ)