こんにちは。ライターの石川大樹です。
「あおり運転」、最近よく聞きますよね。ニュースでもしばしば取り上げられるほか、ドライブレコーダーで撮影された映像がSNSで拡散されているのをよく見かけます。
そんなあおり運転は、2020年6月の道路交通法改正で「妨害運転罪」が創設され、厳罰化されたのですが、まだまだ被害は起きているようです。
もし自分が運転中や同乗中にあおられたら怖いし、どうすればいいんだろう……と心配になってしまいます。同じように不安に思っているドライバーもいるのではないでしょうか?
そこで今回は長年にわたり、あおり運転を研究し、加害者1,000人超にヒアリングしてきた明星大学の藤井靖先生に、「あおる側の心理」や「あおられやすい運転」「あおられたときの対処法」などを聞いてみました。
【お話を聞いた人】
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藤井靖(ふじい・やすし)先生:明星大学心理学部教授。公認心理師、臨床心理士。10年以上前から「あおり運転」について研究している。ほとんど毎日運転する中で、大型車の車間距離不保持にはたびたびヒヤヒヤしている。
【聞き手】
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石川大樹:編集者・ライター。読み物サイト「デイリーポータルZ」などで活動。
あおり運転の10類型。圧倒的に多い「車間距離不保持」
そもそもあおり運転とは何なのでしょう。まず定義について、藤井先生に聞いてみました。
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一言でいうと、他の車の運転を妨害する危険な運転のことです。前方の車との車間距離を詰めて威嚇するとか、必要ないのにブレーキを踏んで後ろの車を危険にさらすとか。
2020年に改正された道路交通法には、あおり運転の10類型が示されています。
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中でも多いのは、どういった行為ですか?
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圧倒的に車間距離不保持です。車間距離を詰めてじりじりプレッシャーを与える行為ですね。
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10類型に含まれないあおり行為もあるのでしょうか?
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窓を開けて大きな声で威嚇したり、車から降りて相手の車や乗っている人を叩いたりするケースもありますね。これらは恐喝や器物損壊など別の罪になる場合もありますが、広義ではあおり運転に含めていいと思います。
このようなあおり運転自体は、車社会が始まって以来ずっとあると語る藤井先生。しかし、ここ数年、ニュースなどで特に話題になっているように感じます。
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大きく社会問題化したのは、2017年に東名高速で発生したあおり運転事故※1がきっかけです。警察庁も取り締まりを強化しましたし、2020年の道路交通法改正にもつながりました。また、2019年の常磐道のあおり運転事件※2はドライブレコーダーの映像も残っていて、ニュース番組などで多く報道されました。
※1:神奈川県大井町の東名高速で起きた事故。加害者があおり運転を繰り返しワゴン車を停止させ、そこに大型トラックが追突、一家4人が死傷した。
※2:茨城県守谷市の常磐道で、加害者が乗用車に対しあおり運転を繰り返し、運転席の窓越しに男性を殴り負傷させた。
高速道路における車間距離不保持の検挙数の推移を見てみると、それまでは年間6,000件ほどだったのが、警察庁が取り締まりを強化した2018年には1万件を超え、近年は再び5,000~6,000件で推移しています※3。
※3:警察庁 統計表「交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について」より。
一時期増えて、近年は検挙数が下がっていますが、藤井先生は「世の中のあおり運転の実数は増えている」と考えているそうです。それにはどういう背景があるのでしょう?
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一つは、車の性能差が広がっていることです。例えば性能の良い車で「早く目的地に着きたい」と思って運転しているときに、前に遅い車がいるとストレスに感じて、あおり行為に発展することがあります。
もう一つは、ドライバーの意識です。公共交通機関など他の手段も発達している中で、車移動をする人は「自由に移動できる」とか「早く着く」といった理由で自動車を選択しています。それなのに前の車が遅くてその欲求を満たせないとなると、フラストレーションがたまるんですね。
ここで「ストレス」「フラストレーション」というキーワードが出てきました。次は加害者側の心理に目を向けて、なぜあおり運転をしてしまうのか、明らかにしていきましょう。
加害者の8割は「自覚がない」。6割は「自分もあおられている」
あおり運転は危険行為ですから、あおる側にも事故のリスクが増えるはず。それでもなお、あおってしまうのはなぜか……。その心理を藤井先生にうかがったところ、驚くべきことがわかりました。
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私が調査をしてみて一番意外だったのは、加害者の83%は自分があおり運転をしている自覚がないということです。
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えっ!? それはどういうことなんでしょうか?
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加害者は「相手が悪いから自分もそうせざるを得なくなっている」と考えているんです。
その上、加害者の約6割は「自分もあおられている」と主張します。普通に運転しているだけの相手を「わざと速度を落として自分をあおっている」と思い込み、だから自分は緊急的な対処をしているという認識でいるのです。
これは驚きました。僕は今まで、あおり運転の加害者は「自分が悪いことはわかっているけど行動が抑えられない」のだと想像していました。しかし実際は、自分を被害者と捉えているとは。なぜそんなことが起きるのでしょう?
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一種の認知的なクセで、私は「自分は正しい症候群」と呼んでいます。自分は正しくて、被害を受けていて、悪いのは相手であると思っているんです。
さらに、運転中というシチュエーションも関わっているといいます。
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運転中は道路の状況を見て、信号も見て、標識も見て……と考えることが多いですよね。脳の前頭葉という論理的に考える部分をたくさん使うんです。
実は感情を抑えるときにも前頭葉を使うんですよ。そこを完全に運転の状況把握に使ってしまうと、感情を抑える機能にキャパシティが割かれない状態になってしまいます。
本人の性格のみならず、人間の脳の構造も影響しているとは! 中には、加齢によって少しずつ感情のブレーキが利きにくくなる人もいるそうです。これは思ったよりひとごとではないかもしれません。
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自分があおり運転をしがちな性格かを調べることはできますか?
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以下のようなチェックリストがあります。質問に「Yes」ならチェックを入れてみてください。
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「Yes」一つを1点とカウントして合計を出す。判定結果はこんな感じ。
- 【判定結果】
- 0~2点……「あおり運転」をしている可能性は低い
- 3~4点……急いでいたり疲れがたまっているときに「あおり運転」しやすい傾向がある
- 5~6点……無自覚に「あおり運転」をしている可能性がある
- 7点……他人に運転してもらった方がよい可能性がある
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「自分は渋滞や赤信号にひっかかりやすい」は認知的なクセを調べる質問です。実際にはそんなことあるわけないのに、そう思ってしまう人は気を付けた方がいいですね。
「仕事帰りにドカ食いしてしまいやすい人」は、疲れてるときに前頭葉が効きにくいタイプである可能性が高いんです。
自分はあおり運転と無縁だと思っている方も、ぜひ一度やってみてください。ちなみに僕は3点でした。疲れているときの運転には注意しよう……。
あおり運転が起きやすい状況や「あおられやすい運転」がある
さて、どんなに自分があおり運転しないよう気を付けたところで、世の中にあおり運転が存在するのは残念ながら事実。もしものとき、いかに自分の身を守るかも考えなければいけません。
ここからは、被害者にならないための方法や、被害を受けてしまった場合の対処法についてうかがいます。まずはあおり運転が起きやすい状況から。
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運転の個性が出やすい場所は、あおり運転が発生しやすいですね。一番起こりやすいのはストップ・アンド・ゴーが多い市街地で、しかも混雑しやすい場所。高速道路であればみな同じような運転をするので起きにくい。
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高速の渋滞中はフラストレーションがたまりそうですが。
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渋滞はみんなが同じ動きをするので、意外とそうでもないんです。ただ、確実にストレスがたまるので、渋滞が終わって流れた後が危ないですね。
藤井先生いわく、あおり運転の心理は点ではなく線なのだそうです。ある1回の運転でストレスを感じたから起こるのではなくて、何日も前から何度も繰り返しフラストレーションがたまっていて、あるときをきっかけに爆発するのだそう。
その爆発が起きやすいのが混雑した市街地だったり、渋滞が終わった後だったりする。
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時間帯ではどうですか?
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平日の朝は起きにくいですね。仕事で急いでいる人が多くて運転も画一的です。午後になると買い物など、いろいろな目的で出かける人が増えて運転にばらつきが出てくるほか、先ほどお話しした前頭葉が疲れてくる影響もあって、あおり運転が増える傾向にあります。
こういったシチュエーションのほかに、実は「あおられやすい運転」があるのだといいます。
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あおる側と同じように、あおられやすい人にも共通点があるんです。
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総じて、「周りの状況を気にしないタイプの運転」ですね。後ろの車がその行為をどう感じるかとか、追い越したい人がいるかもしれないとか、状況認知ができてないんです。
自分でも気付かない間にあおり運転を誘発することがあるので、注意が必要です。
特に一番目の「サイドミラー、ルームミラーを見ない」は、実験の結果明らかになった、あおられやすい人に共通して言えることだそうです。周囲の状況にしっかり気を配って運転することは安全運転にもつながりますから、普段から心がけたいところ。
あおり運転への対処法。3つの「と」を意識する
……とはいえ、こちらに全く非がないケースというのも、中にはあるんじゃないでしょうか?
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もちろんです。「こんなことがきっかけで?」といったケースは存在します。 前の車からウィンドウウォッシャー液が飛んできて車が汚れたとか、別れた恋人が乗っていた車種と同じでイライラしたとか、横に並んだときにドライバーが自分の方を見て馬鹿にしたような気がした……とか。
🚙あおり運転の意外なきっかけ🚙
- スモークや車高で視線が遮られてイラッとした
- 「安全運転しています」の表示がウザい
- 前の車が何度も他車に道を譲るから
- スポーツカーなのに遅かった
- 自分の車より高級車だったからイライラした
- 運転者の髪型が気に食わない
- 運転者が同乗者と笑って話していて真面目に運転していないと思った
- あおった相手の反応を見るのがクセになっている
- 県外ナンバーの車は機械的にあおる
- 花粉症でキツいのを忘れるため
……など
残念ながら、気を付けていても避けられないあおり運転被害はやっぱりあるようです。では実際に被害にあってしまったらどうすればよいのでしょうか。
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重要なのは、「3つの『と』」です。
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中でも一番大事なのは、「止まる」ですね。路肩や最寄りの駐車場など、できるだけ早い段階でまず止まってください。たいていの場合、加害者に先に行かせれば、あおり運転は終わります。
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強制的に終わらせるということですね。
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そうです。あおる側も時間が長ければ長いほど、怒りの感情がたまってエスカレートしていくんですよ。その前に終わらせる。
中には、加害者も一緒に止まって、車を降りてきて……みたいなケースもあります。ただそういったケースはごくまれで、仮にそういう過激な人だったとしても、110番するには止まらないと危ない。まず止まることが大事だと先生は語ります。加えて、自分が冷静になるためにも、止まることは有効なのだそうです。
そして残りの二つは、「捉える」と「録る」。
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「捉える」は「止まる」の前段階で、まず早めに気付くことです。「あおられやすい運転の共通点」にもつながりますが、普段からミラーをよく確認して、周りを見るようにする必要があります。「録る」はドライブレコーダーで録画することですね。
出ました! ドライブレコーダー。僕は「くるまも」の取材でいろいろな分野の有識者に取材することがありますが、本当にみんな口をそろえて「ドライブレコーダーが必要」と語ります。実際どんな効果があるのでしょう?
まずわかりやすいメリットとしては、証拠が残る点。それから、被害者の心理面でも負担を軽減してくれる効果があるといいます。
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被害を受けた場合に、後で警察に被害状況を口で説明するのは思っている以上に大変なことです。経験した怖い思いを振り返ること自体がもうストレスですよね。 その点、客観情報としてちゃんと映像が残るのは、安心材料になると思います。
被害にあっている最中も、録画しているという心の余裕があると冷静に対応できそうな気がしますね。さらには、事前の予防にもドライブレコーダーを活用できるそうです。
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映像を見て、自分の運転を振り返ることは効果があると思います。先ほども言ったような「あおられやすい運転」に自分がなっていないか、できれば自分だけじゃなくて身近な人に一緒に見てもらうと予防につながると思います。
事前予防、被害を受けている最中、その後と全てのタイミングでドライブレコーダーが役に立ちそうです。ちなみに藤井先生のおすすめは、前方・後方・車内の3点が音声含めて録れる機種。これでバッチリ証拠を残せるとのこと。
しかし、もし被害にあったとき、ドライブレコーダーがなかったらどうしたらいいのでしょうか。スマホで録るなどして、なんとしてでも記録を残しておくべき…?
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スマホを向ける行為は加害者を刺激してしまうのでやめた方がいいと思います。そういうときは手元で音声だけ録音するのがおすすめです。
いざというときに備えて、スマホのホーム画面のわかりやすいところにレコーダーアプリを配置しておくとか、専用のボイスレコーダーを車内に置いておくのも備えになるかもしれません。
🚙対処法をもっと知る🚙
- 赤ずきん劇場:「危険運転に遭遇しないためにできること」「もしも、危険運転に遭遇してしまったら」。ドライブレコーダー付き自動車保険の紹介も。
あおり運転のない社会をつくるために
記事冒頭からの繰り返しになりますが、2020年6月から道路交通法が改正になり、あおり運転は厳罰化がされました。その効果についてもうかがいました。
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私のところにカウンセリングに来られてる方からは、これまで以上に「自分の感情をコントロールしなきゃいけない」という意識が高まっているのを感じます。厳罰化は抑止力になっていると実感しています。
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新規の相談件数は増えましたか?
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4~5倍ぐらい、すごく増えましたね。以前は「(日常生活で)怒りが抑えられない」といった相談から話を聞くうちにあおり運転にたどり着くことも多かったのですが、最初からあおり運転の相談をされる割合が増えました。
さきほど「加害者は自覚がない」ということを書きましたが、同乗する家族が気付いたり、「あおり運転」という言葉が話題になったことで本人が気付くこともあるようです。厳罰化の効果は確実にあったと言えるでしょう。
ただ、厳罰化だけでは十分でないと藤井先生は語ります。
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あおり運転の原因は一つではないので、複数の手を打って、結果的に全体として減っていくという流れにする必要があると思っています。啓発も大事だし、厳罰化も大事、ドライブレコーダーの普及も大事。
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ほかに打ち手のアイデアはありますか?
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まだ研究段階ですが、運転中の感情をモニタリングするシステムを構想中です。例えば、怒りがたまってそうなときに警告音を鳴らして、ドライバーに「今運転するのは危険かもしれない」と思ってもらう、そんなシステムです。
社会的にもいろいろな取り組みが進んでいく一方で、一人ひとりが当事者意識を持つことももちろん大切だと藤井先生は言います。
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まずは自分の運転を振り返ってみることが、全てのドライバーに求められていると思いますね。
個人的にもすごく印象的なインタビューでした。あおり運転の加害者の心理が、思っていたものと違ったからです。まさか自覚がなかったとは!
でも、取材後に一つ思い出したことがあるんです。以前、一人分の幅の狭い道を急いで歩いているとき、前の人がゆっくり歩いているのにイラっとして、無理やり横を通り抜けたことがあったんですね。そのときはすごく驚かれて、後で反省しました。
思い返すと、あれってあおり運転(あおり歩き?)だったのかもしれない。加害者と自分が地続きであることを感じたんです。
だから、あおり運転にあわないよう自分の運転を見直し、ドライブレコーダーも装備しつつ……加害の観点でも自分は無縁とは思わず、一人ひとりが気を付ける。そうすれば、あおり運転を少しでも減らせるのではないかなと思いました。
運転中の心理を深掘りしてみた
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部