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宇宙ロケットのジャンク屋と聞くと、どんなものを想像するだろうか。
自動車でもコンピュータでもなく、宇宙への輸送手段であるロケットや、宇宙に送り届けられる宇宙船、さらには地上設備のジャンクや余剰品を扱った店舗。
宇宙技術自体は、今に直接つながるものに限定しても1950年代からあるわけだから、ジャンク・余剰品が世に出ていても不思議ではない。しかし、実際に町のジャンク店で、宇宙機を見ることがないのは、今のところ量産される性質のものではないからだろう。それこそ、機動戦士ガンダムの「宇宙世紀」にでもなって、人間が宇宙で日常的に活動しなければ、「宇宙ロケットのジャンク屋」は存在しにくいのだ。
そんな中で、世界でたった一つ専門店が存在している。アメリカ・カリフォルニア州ロサンジェルス近く、ノースハリウッドで半世紀以上も営業を続ける「ノートンセールス」。今となっては、歴史の生き証人ともいえるこの店を、つい最近訪ねた。
宇宙開発好きであると自認しているが、決してマニアというほどでもない。そんなぼくが、店に入った瞬間に、頭がぼーっとなるほど、もの凄い物量に圧倒された。アポロ計画などで使われたメジャーなロケットエンジン、それも保存状態のよいものが、所狭しと並べられ、これはもう感動するとかしない。いや、感動する以前に、衝撃的だった。
圧巻のツアーへようこそ
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店主カルロス・ガズマンによるクイックツアーを再現してみる。
まず店に入ったところにある「看板商品」が、いきなり超弩級だ。
「アポロ計画で使われたサターン・ロケット2段目のJ-2エンジン。燃料は液体水素。それと、こっちが、アポロ宇宙船の機械船(サービスモジュール)のエンジン。いわゆるSPS(サービスモジュール推進システム)。ヒドラジン系燃料で酸化剤は硝酸系──」
最初から、月ロケットと月宇宙船のエンジン! 1964年生まれで、ぎりぎりアポロ世代であるぼくは、この時点でくらくらして頭がぼーっとしてしまったわけだ。
いや、待て。60年代から70年代にかけてのアポロ計画など、21世紀の今から見るとすでに歴史であり、そのエンジンなど知らない読者も多かろう。とにかく、月に人間を送り届けた偉業をささえたロケットエンジンだと強調しつつ、少し能書きを書いておこう。
まず、J-2エンジンは、アメリカの代表的なロケットエンジンメーカーであるロケットダインが開発したもので、液体水素・液体酸素の組み合わせの液体燃料ロケットだ。2段目だから、1段目のF-1エンジンよりも小ぶりだが(F-1の大きさは縦置きすると6メートルほどあり、通常の建物の一階分には収まらない)、あれはF-1の方が大きすぎるのである。J-2も十分すぎるほど立派なもので、スペースシャトルのメインエンジンSSMEが開発されるまでは、アメリカでは最大の液体水素燃料エンジンだった(F-1の燃料はケロシン。念のため)。J-2エンジンは、宇宙空間で再点火が可能であるなど小回りのきく設計で、実はアメリカの次世代ロケットにも改良した J-2Xが使われることになっている。
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一方、SPSは月に行ったアポロ宇宙船のために作られたエンジン。エアロジェットが受注したもので、ヒドラジン系燃料を燃やす。アポロ宇宙船の月の周回軌道への投入や、逆に月を離れて地球に戻るため使われた。
もちろん、これらは、実際に宇宙へ行った機材ではない。開発途中の試作品や、計画がキャンセルされた後に残ったものが払い下げられてここにある。
クイックツアーをさらに進めてもらおう。ごくわずかな展示スペースの奥には倉庫があり、そこにもこれでもか!というほどのジャンクが納められていた。
「リスク覚悟で入るべき倉庫」とは
「ここは、お気に入りのものを集めてある部屋」と最初に案内されたのは、日本的な概念では8畳ほどの空間だった。
最初に目についたのは、ジェミニ宇宙船の模型だ。
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「ジェミニ宇宙船のコンペで、マクダネル社がプレゼンのために作った模型だ」という。
ジェミニ計画は、月探査のアポロ計画の前段階のもので、2人乗りの宇宙船を使ってランデブーやドッキング、宇宙遊泳など、アポロ計画で必要とされるであろう技術を開発した。1965年から66年にかけて10回の打ち上げに成功している。今から見返すと、アポロ計画の「さらに向こう側にある歴史」といえる。
ほかにもこの部屋には、アポロ計画由来の物品多数。すでに頭が飽和しており、もはや説明が耳に入らない域に達した。
そして、さらに奥がある。ノートンセールスが使っている建物は10000スクエアフィート、およそ300平方メートルくらいの平屋だ。
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