英国のEU(欧州連合)離脱を問う国民投票で不正があったーー。こんな内部告発が相次いでいる。その一つは離脱派陣営が、選挙法で定められている資金の上限を不正に越えて投入していたという疑惑だ。内部告発者の一人であるパキスタン系英国人、シャミール・サニ氏は、離脱派からの様々な個人的な誹謗中傷を受け、職も失った。今回、そのサニ氏の単独インタビューに成功した。同氏は、英国政治だけでなく、日本政治にも警鐘を鳴らした。

 EU(欧州連合)離脱を問う国民投票から2年が経った。英国ではこの3月、離脱派陣営で活動していた内部告発者により、選挙法で定められた活動資金の上限を不正に越えて投入していた疑惑が大騒動となった。詳細は、前稿に記したが、こうした告発や、有力紙・ガーディアンの調査報道などによって、投票結果の正当性が、現在も激しく議論され続けている。

 今回、内部告発者の一人であり、元離脱派団体でボランティアを行なっていた男性に話を聞くことができた。パキスタン系英国人、シャミール・サニさん(24)だ。告発当初、サニさんらをニュースで見ない日はなかったが、サニさん自身はほとんど海外取材を受けておらず、日本のメディアで話すのは、これが初めてだ。

 離脱陣営に持ち上がった疑惑は、国民投票法で定められている、各主要団体が広告やキャンペーンに投じて良い資金の上限700万ポンド(約10億1500万円)を越えた額を使ったのではないか、というものである。同法では、その他の登録された団体には、上限70万ポンドの使用が認められていた。700万ポンド以上の金が必要となった離脱の公式団体が、サニさんの団体に彼らの使用上限に迫る62万5000ポンドもの金をキャンペーンとは別の「寄付」として流し、その金をサニさんに命じて、自分たちがキャンペーンで使ったデジタル企業に流させたのではないか、というものだ。つまり、離脱陣営がキャンペーン資金の簿外と見せかけ、上限を超える資金を使っていたという疑惑だ。これを「資金流用があった」と証言したのがサニさんだ。離脱派の関係者は、これらの疑惑を否定している。

 サニさんは告発により、それまで家族にもひた隠しにしてきた同性愛者である事実を、当時離脱派団体の主要メンバーであり、一時恋人だった、現職の官邸関係者から暴露された。男性はサニさんに事前の了解も得ず、一連の告発は、恋愛関係のもつれによるものだと、米ニューヨークタイムズ紙に公式に発表した。

 突然セクシュアリティを公然と、しかも時の政権関係者から公表された本人や家族のショックは計り知れないが、今も親族の暮らすパキスタンで同性愛はタブーであり、親戚らが深刻な危険にさらされたと言う。告発により、職も失った。それでも、離脱を支持したことや、告発を行ったことを後悔してはいないと語る。

離脱派陣営に、選挙法の上限を超える資金提供の疑惑

 「となりののトトロ」など、スタジオジブリの作品が大好きだと言うサニさんはパキスタン出身で、15歳の時、生まれ育ったカラチを離れて英国・バーミンガムに移住した。母親がパキスタンに嫁いだパキスタン系英国人であった事から、サニさんも、パキスタンと英国の二重国籍を持つ。

 とかく「離脱派のイメージ」は、反移民を主張する労働者階級の白人だが、移民で高学歴のサニさんがEU離脱を支持したのは、パキスタン人でもあること自体が大きな理由の一つだ。

 パキスタンは英連邦を形成した国の一つであり、連邦の南アジアや、アフリカ諸国などの優秀な人たちが、国によっては英国への観光ビザすら取得できずにいる。その半面、EU諸国の人々が国境を簡単に越えられることの不条理を常に思って来たと言う。「むしろ、より多くの人たちに英国を訪れて欲しい」と願っていた。

 大学を卒業したばかりのサニさんは、保守党の有力政治家らが結成した離脱の公式キャンペーン団体「Vote Leave」にボランティアとして参加し、黒人や少数民族の人たちに離脱を訴える役割を担った。しばらくの後、今度は若者を中心に結成されたボランティア組織「BeLeave」に移り、キャンペーンを続けながら、会計係も務めた。

 異変が起きたのは、投票直前のある日のことだ。突然、62万5000ポンドもの大金がVote Leaveからサニさんの団体に寄付された。当時地方からロンドンに通っていたサニさんは、これで高額な電車代がまかなえると喜んだが、Vote Leaveからほとんどの金額を、それまで聞いたことのない「AIQ」と言うデジタル企業に送金するよう命じられた。

 後日、Vote Leaveがサニさんが所属していた団体を、いわば「資金洗浄」目的に利用したのではないか、という疑惑が生じた。

 日本のアニメが好きだと言う英国人の若者は多いが、サニさんは政治も良く勉強している。日本の政治などほぼ報じられることもなく、総理の名前すら即答されない英国で、24歳の若者が、日英の議会制度が似ていることや、英語で「House of Councillors」と呼ばれる参議院のことを知っていたことに驚いた。

 なぜこんなに詳しいのかを聞くと、この情報時代、最低限の世界の政治情勢を知ることは、人々の義務だからだと言う。また、いくつかの先進国同様、日本でも最近、時代遅れな極右的レトリックを見かけるようになり、社会に深刻な分断を生む危険を感じて来たと話した。「日本版スティーブ・バノンもいるよね」と問われ、咄嗟に戸惑ったほどだ。

 インタビューは、一連の不正疑惑に関する、選挙委員会の調査報告が近く発表になると言われるなか行った。改憲に伴う国民投票や、日本の「告発者」である前文部科学事務次官の前川喜平氏について、特に後者に関しては、「出会い系通い」を報じられたことに自らの体験を重ね、時に憤りながら、堂々と答えてくれた。

 EU離脱を問う国民投票から2年。多くのものを失ったサニさんに、民主主義を死守する意義を聞いた。

離脱派の幹部からの圧力

EU離脱投票との関わりと、その後の経緯について教えてください。

シャミール・サニさん(以下サニ氏):私は、EU離脱を問う国民投票において、EU離脱派「Vote Leave」でボランティアをしていました。私の役割は、黒人や少数民族の人たちに呼びかけることでした。そこで働いている最中に、また別の団体(BeLeave)に関わりました。

 英国には、すべてのキャンペーンが平等に行えるよう(選挙法によって)資金投入の上限が定められています。資金の多いほうが選挙に勝ってはならないからです。ただし、団体の数には上限がないという抜け道がありました。

 私はBeLeaveで会計係をしており、62万5000ポンドの寄付金を受け取りました。政治に関わるのは初めてのことで、普通のことなのだと思っていました。国民投票では勝利しましたが、のちに報道機関や選挙委員会から、私たちがしたことは、違法行為だと知らされました。Vote Leaveは(選挙)制度を欺いたのです。そこで、こうした事実を告発しました。

 この過程で、私が活動をしていた当時付き合っていた男性が、私の了解なしに、私が同性愛者であることを公表しました。そして、勤め先からも解雇されました。告発に激怒した保守党は、私の人格をあらゆるメディアを使って否定することで、私を潰そうとしました。

不正には、どのようにして気づいたのですか?

サニ氏:最初は、全く気付きませんでした。国民投票で勝利し、22歳にして突然莫大な資金を手にして、本当に興奮しました。将来的なキャリアにおいても、希望を持っていました。一生懸命に活動したことが報われたのです。しかし、段々と色々なことがわかってきました。離脱派の幹部から、事実に反して、2つの団体は連携していないと当局に証言しろ、と言われました。

 投票の1年後、BeLeaveが使用していたGoogle Driveを開けてみると、それまでアクセスしていたVote Leaveの幹部らが、ドライブから自分たちを削除しているのに気付きました。即座に、何かがおかしいと感じました。

 自分は、若く、熱意を持ったボランティアの友人らと共に騙された、利用されたと感じました。こうした影響力をもつ人たちが不正を働いて、勝ったのだと。世間知らずでした。政治も法律も良くわかっていませんでした。そこで当局に出頭して証拠を提出し、弁護士を雇い、告発に踏み切りました。

なぜ離脱を支持したのですか?

サニ氏:EU離脱は、私が望む英国の姿を実現すると感じたからです。欧州人だけでなく、世界の人たちを歓迎する国であって欲しいと思いました。私にとってブレグジットは、移民の削減ではなく、むしろ増大するものでした。壁を作るのではなく、欧州だけではなく、世界に扉を開くことだと。

 私はパキスタン系英国人として英国に来ましたが、パキスタンは一時、英国領であったのに、学業も優秀なパキスタン人の友人は、観光ビザすら取得できませんでした。欧州人に対し、南アジア人・英連邦人の扱いの違いは受け入れがたく、解決には離脱しかないと思いました。私はこのことを、恥じてはいません。

 私はパキスタン人で、祖先は英国のために戦いました。なぜ、欧州人の方がより多くの権利を有しているのでしょうか。私は反移民ではなく、制度を公正にしたかったのです。

 離脱に対する間違った理由もあると思います。外国人にうんざりだからと言って、離脱に投票すべきではありません。(反移民派がいう)雇用が外国人に奪われていると言う根拠はないのです。政治家は、自分の欲するものを得るために、市民の誤った感情をあおるものです。

文科省の前川・前事務次官のように権力から全力で打ちのめされる

信じていたのに、不正が行われていたと気づいた時、どんな気持ちになりましたか?

サニ氏:皮肉なことに、Vote Leaveの主張の大半は「民主主義」でしたが、その過程で、彼らは完全に民主主義を汚しました。(歴史上)数百万の英兵士が、世界各地でこの国の民主主義を守るために死んだのです。その崩壊に、議員や政府の秘書官までもが関わっていることは、とても恐ろしいことです。EU離脱に関する私の意見は変わりませんが、現状の英国における民主主義については完全に変わりました。

国民投票に関して言えば、結果的にはあなたの望んでいた離脱は達成できたのですから、個人攻撃を受けたり、職を失ったりしてまで、告発をする価値はあったのでしょうか。

サニ氏:それは当初からのジレンマです。プライベートを暴露され職も失い、「それ程の価値があったのか」と自問しました。個人として失えるものは、ほぼ全て失いました。生まれて初めて不安発作も経験しました。

 私はパキスタンで、銃を突きつけられ強盗にあったこともあります。「世界で最も危険な都市」とも呼ばれるカラチで15年間生き延びたのです。しかし「安全な先進国」、法治国家が目前で、嘘つきや不正を行う、法に全く敬意を払わない人たちに乗っ取られ、崩壊していると感じたことは、パキスタンで経験した恐怖とは別のものでした。

 英国も日本も、民主制度を声高に語ることのできる国であり、正義や法、互いへの優しさ、それに権利や自由が尊ばれる国であるのに、自己中心的な考え方、ヘイト、それに、なりふり構わず「勝つ」という状況が広がることは、世界にとって非常に危険なことです。

 私に起きたようなことを誰も経験してはならないと思います。他の告発者への見せしめにし、自らを守るために、政府はこういうことをするのです。日本の文部科学省の(前川喜平)前事務次官もそうです。権力層に立ち向かおうとすると、全ての力で打ちのめされます。

 私の職はそのうち、見つかるでしょう。でも、英国の民主制度は、今正されなければなりません。嘘をついて人々を欺き、批判的な人間を社会から排除し、制御しようという人々がいる国では、どこでも同じです。国の根本を失ってしまいます。

日本の元文科省事務次官の話が出ましたが、前川氏は正しいことをしたと感じますか?

サニ氏:告発は、楽しいからとか、メディアの注目を集めるためにすることではありません。信念のために、全てを手放す覚悟で行うことです。どこの国であっても、政治家や権力者は告発者に対して、完全な排除を試みます。メディアや公式発表、ネット広告・記事など全ての手段により、人々の心に、告発者の性癖、これまでに犯した過ちなどを思い起こさせ、今彼らが言っていることから目をそらそうとします。

 社会には、自分たちが大切にすべきことを守る責任があります。この情報時代、ある事象を自分で調べられないはずはありませんし、市民が無知でい続ける言い訳はできません。情報を得て、真実を探すのです。政治は常に汚いゲームですが、汚いプレイヤーである政治家に責任を負わせるのは、市民の仕事です。そして、市民を守るために働く告発者は、守られねばなりません。

日本では改憲に向けた国民投票が検討されてきました。キャンペーンに投入して良い資金の上限が明確に定められている英国の国民投票法を手本に、という声もあります。

サニ氏:国民投票では、全ての票が重みを持つのですから、完全に平等なシステムであるべきで、資金の上限は必然です。英国では改善の余地はありますが、この上限があるからこそ、米国のように、分断を生む選挙戦を避けられています。また、ターゲットを絞ったデジタル広告の国民投票での役割も注視してください。

日本人が知らないデジタル戦略の恐ろしさ

デジタル戦略の有効性を疑問視する声もありますが。

サニ氏:私は、人々の意見を変える効果があると思います。(SNS上の)「いいね!」を分析するアルゴリズムの結果(個人の嗜好など)は、身近にいる人のあなたに対する分析よりも、正確なこともあるのです。人々は、FBやオンライン上など、とにかく広告の力を過小評価していると思います。一般社会を念頭においた、ビルボード上の広告とは異なるのです。

 コカコーラの看板広告は、「あなた」個人ではなく、数百万の人たちをターゲットにしていますが、FBやオンライン広告は、あなた自身がターゲットです。1つ2つのいいね!の数ではなく、ネット上に存在するあなたに関する無数の情報、一個人としての「あなた」のアイデンティティがターゲットです。あなたの興味、年齢、出身地、髪の毛の色、好きな店や、ゲーム好きかどうかなど。

 こうした情報を基に、広告が形成されます。アルゴリズムは、あなたの怒りや喜びを把握しています。このようにして、誰が「反移民感情」に反応するのかを熟知するのです。

 例えば日本の嫌韓派ですが、日本国民の全てに向け「韓国人が悪いことをしている動画」は拡散されません。例えば、「権利を奪われたと感じている、労働者階級の日本人男性」がターゲットになるでしょう。そしてすでにある感情を持っている人だけに「あなたがこの仕事を得ていないのは、韓国人が奪ったからだ」と言うメッセージを伝えるのです。

 こうしたことも、選挙において強大な力を有し、規制すべきです。英国はようやく私たちの告発によって、議論が始まったところです。日本は国民投票を行う前に、この議論をすべきです。

 オンライン・ターゲットは政治に興味を持たない人たちを巻き込む有効性がありますが、悪用が可能であることも事実です。過剰な規制は良くありませんが、改憲と言う重大事項に至っては、ルールとなる基盤が必要です。

 特に日本の憲法9条は、あなたの国の根幹を成すものですから、その決断を行う国民投票で、一点の曇りもあってはなりません。現状の英国政治の、完全なまでの混乱を見てください。日本の方たちは、団結して国民投票のあり方を考えるべきです。結果による影響は、重大です。

日本の国民投票法において広告キャンペーンなどへの資金投入の上限が存在しないこと、また、今回米英で誤ったデジタル戦略により起きたことに対して日本では認知度が低い状況です。その中で、改憲に向けた国民投票が実施されることは、危険だと思いますか?

サニ氏:公正な投票法が定まっていない中での改憲は、危険です。民主主義は、法や司法制度、選挙法を拠り所とします。一つ一つの票が重んじられるべきなのです。でも、その票が多額の資金を投じる側に流れてしまうことは、危険なことです。

 公正性や公平性なしには、民主主義を有する意味がありません。どうでも良いことなら、民主制度を有する必要も、投票の自由も必要ないでしょう。だからこそ、断固として守らねばならないのです。

これからも、民主主義を守る「戦い」を続けるのですか?

サニ氏:私は24歳です。遊びに行くこと、楽しいことが好きですし、「民主主義の闘士」などとんでもありません。ただ、政治や民主制度は私にとって大切です。私は政治の不安定なパキスタン出身です。だからこそ、英国の民主主義により強い思いがあるのです。 

 他の24歳の人たちが人生を謳歌している時に、英国市民に不正について知って欲しいと考えています。若者に、政府の欺瞞をどう伝えるのか。私の告発によって、どれだけ制度が汚されたか、状況の改善に成さなければならないことがどれほど山積しているか、気づいて欲しいと思います。

あなたと同じ年齢の日本の若い人たちに、投票や選挙、国民投票、政治についてのメッセージはありますか?

サニ氏:私はまだ、悲しいことがあったら「となりのトトロ」を見る年代で、ポップも聞く、典型的なミレニアルです。ツイッターもインスタグラムもやりますし、特にインスタは地上で最も好きなものです。まだまだソーシャル・ライフを楽しんでいます。

 日本の若い人たちは、 SNSを活用し、政治の無秩序状態を常態化しないため、政治的な意見や不満を発言し、誰かと議論することを厭わないで欲しいと思います。変化を起こすのはたったそんなことだけでも良いのです。

 何かが間違っている、戦争に行くべきでないと思うのなら、そう発言し、表現してください。あなたの抗議は、SNSで伝える事ができます。友達と関わることでも良いのです。

 そして、何よりも投票してください。投票しないことは、20年後、日本がしていることに加担することになるのです。日本が憲法9条をなくし、戦争に加担できるようになったとしたら、それは若いあなたの責任です。

 国の行方を決めるのは、有権者です。多くの人たちが気づいていないことですが、世界では今20代が本当に変化を起こす力を持っています。政治に関わったり、議員に対し、あなたの価値観と反することをしないように、圧力をかけることができます。

 本来、政治家があなたに仕えるのであって、あなたが仕えているのでありません。彼らはあなたの票が頼りです。その一票を無くすようなことは絶対にしません。政治家が票を失うと感じれば、できる限りの力を使って死守するでしょう。政治家に、あなたの要求を見せるのです。彼らは皆、力を失うことに怯えているのですから。

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