木村一八さんから聞いたんですけど、横山やっさんが晩年トイレで「横山やすしを演じるのはしんどいわ……」って言ってたらしくて、やっさんでもそうなわけですからね。
『サブカル・スーパースター鬱伝』は、「サブカルは四〇超えると鬱になる」というテーゼをもとに、さまざまな「サブカルな人」が、いかに精神的にヤバイことになったかを語るインタビュー集だ。
松尾スズキが語る。
やってるときは無理やり気持ちを上げるから忘れられていいんですけど、現実に戻ってきたときの揺り戻しがキツいんですよね……。もう何度空っぽのバスタブの中で泣いたことか。
リリー・フランキーが語る。
本格的に鬱々としてきてからはもう音楽も聴かなくなるし、映画も観なくなるし、文章も書かなくなっちゃうから。
川勝正幸が語る。
今度は昼間急に眠たくなるっていう、阿佐田哲也よろしくナルコレプシー的な症状が出てしまい。調べたら、どうもお相撲さんがよく罹るという睡眠時無呼吸症候群っぽい。入院して一泊検査をしたら、重度の低呼吸と診断されて。このところ戦闘機のパイロットみたいなマスクを付けて寝てるんですけど、これが実に鬱陶しい……。
ECDが語る。
それで病院に行ったら、診察中にてんかん発作が出て、ヤバいぞっていうんで、救急車で運ばれて、そのまま精神病院の閉鎖病棟に入って。おかげで酒が切れたんですよ、うまい具合に。ホントにそのあと飲みたいと思ったことがなくて。
枡野浩一が語る。
だけど親が入院するときに、「現金を家に置いておくと危険だから預かってくれ」って言われてて。妹と一〇万円ずつ預かってたんだけど、その預かってた一〇万円もついに使っちゃったから、いま実家に帰れなくなっちゃって。
濃厚なサブカル・スパースターによる体験談が赤裸々に語られる。
「文系男子は40歳で鬱病になるって本当?」って帯だが、鬱病の本ではない。
本書で語られているのは、ひろく「鬱状態」と捉えたほうが正確だろう。
だが、本書の大部分は鬱々としたトーンではない。
「サブカルな人」のサービス精神であると同時に病的な側面でもあるのだが、自分の体験を客観的な立ち位置でおもしろくおかしく語る。鬱々とした体験を語る調子は、ある種の「おいしいネタ」である。
登場するのは次の11人。
リリー・フランキー
大槻ケンヂ
川勝正幸
杉作J太郎
菊地成孔
みうらじゅん
ECD
松尾スズキ
枡野浩一
唐沢俊一
そして、最後に、追加インタビューとして、精神科医であり同時に、濃い「サブカルな人」である香山リカが、登場する。
さて、「サブカルは四〇超えると鬱になる」というテーゼは真なのか?
本書だけでは結論づけられないだろう。なぜなら、そうなった人のインタビュー集だから、そうじゃないって側面は出てこない。
しかし、読んでると、(文系男子は特に)「そうならざるを得ないんじゃないの?」という気にはなってくる。「通過儀礼としての鬱」が語られるからだ。
(リリー・フランキー)鬱は大人のたしなみですよ。それぐらいの感受性を持っている人じゃないと、俺は友達になりたくないから。こんな腐った世の中では少々気が滅入らないと。社会はおかしい、政治は腐ってる、人間の信頼関係は崩壊してる、不安になる。正常でいるほうが難しいですよ。
(川勝正幸)鬱って言葉がこのところポピュラーになっただけで、厭世観って言い換えれば、昔から大人の通過儀礼というか、文化系男子のたしなみですよね。
(菊地成孔)ある意味、神経症は、イニシエーションなき時代のイニシエーションみたいなもので、特に三九歳から四〇歳にかけて普通にきたら皮むけたぐらいの感じで気楽に考えたほうがいいんじゃないですかね(笑)。
じゃあ、どうやって回復するのか?
当然のことなのだけど、人それぞれだから、これでOKって単一の方法はない。
吉田豪が杉作J太郎のケースを語っていて、それは次のようなものだ。
杉作さんは死のうとしたとき、ふと風呂で『ガンダムSEED』のモノマネが出来ることに気付いて、「これを披露するまでは死ねない!と思ったらしいんですけど(笑)。
というわけで、回復するには『ガンダムSEED』を観ろ(いや、何かを愛して、それを表現したく思え)ってことなのじゃないでしょーか!
『サブカル・スーパースター鬱伝』オススメです。(米光一成)
追記:2012年7月31日(火)午後7時~9時、今日!「実写版・サブカル・スーパースター鬱伝」が「DOMMUNE」で放映!