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わかりやすい言葉に飲み込まれないための抵抗

2015.09.09 公開 ポスト

第3回 音楽にも介護にもポエムがはびこる小出祐介/中村淳彦

前回「音楽フェスがテーマパーク的になってしまった」と違和感を表明された小出祐介さん。どこか同調を強要する場にはなじめない気持ちがおありのようです。同調を促す背景には、わかりやすくて心地のいい「ポエム」的な言葉が思考停止を促しているのではないかと話は展開します。(構成:漆原直行)

 

AV女優を操るポエムビジネス

中村さんは最近はポエムビジネスの取材を続けている

中村 小出さんは“同調”が嫌い、僕はその意識はすごく共感する。似ているなって。J-POPだけでなく、企業や行政、行き詰まった産業に蔓延する「ポエム」って、個人の人生にまで第三者が介入するまさに同調を促す危険なシステムです。今回の対談で昨今、世に跋扈する「ポエム」の気持ち悪さについて、ぜひ小出さんの話を聞いてみたいと思っていました。

小出 あぁ、その感じ、すごくわかります。僕もかねがね、本当に気持ち悪いと思ってきたので。

中村 僕が長年見てきたAV業界や風俗業界は、カラダを売って換金する、女の裸を換金するという職業なので、現実そのもの。なので、本来はポエム的な甘言は流通しづらい世界です。単なる僕の経験だけど、2004年~2007年くらいかな、AV業界に突如ポエムが蔓延して本当に辟易した。自殺した美咲沙耶もAV業界に蔓延したポエムに取り込まれた1人で、何度か洗脳されていることを指摘したけど、ダメだった。ポエムは前向きで夢や希望があるので、一度浸透すると、その産業や人々の心に強固に根付く。結果的にはポエム嫌いな僕が“変わり者”ってことで排除されるわけだけど。

「日本の音楽のポエム化」について自論を語る小出さん

小出 そうなんですか。

中村 暴力性のある世界なので詳しいことは言えなくて、今は業界全体が沈んで現在進行形ではないので批判もないんだけど、単なる事実として当時あるAVメーカーがポエム的な言葉を利用して、AV女優を洗脳するようなマネジメントに乗りだした。目的は前向きにAVに出演させて、限界まで頑張らせてハードなプレイにも対応させるってこと。淋しい子や病んでいる子を捕まえて、「オマエの弱いところ、ダメなところはちゃんとわかっている。俺が全部受け止めてやる」「でも、オマエも変わらなきゃダメだ」みたいな言葉を叩き込んだんだよね。

小出 うわ……。

中村 淋しい心を抱えてAV女優に漂流した女の子からすれば、発信者は“お父さん”であり“教祖さま”になっちゃう。やっぱり、凄まじい作品を撮るわけですよ。AVなんてグレイビジネスで女衒だから、金のためになにをしてもいいけど、僕個人は第三者が美辞麗句で操って、洗脳されたAV女優たちが目をキラキラさせながら裸になって、激しい競争に自ら身を投じるみたいな状況がどうしても生理的にキツかった。AVだけじゃなくて、すべてのポエムマネジメントに共通することだけど、その盲点は発信者が商売のためにやっているってこと。長期的に見れば嘘をつかざる得ないから、結果として絶対に被害者が出る。洗脳されて頑張っても、売れなければアッサリ捨てられるわけ。ポエムにすがっていたAV女優からしたら、この世の終わりみたいな喪失感だよね。美咲沙耶もその喪失感が理由の一つになって自殺しちゃったし。

小出 その頃の経験が、いま、中村さんがポエム的なものを嫌悪する原点になったわけですか。

中村 原点っていうか、経験して自分自身に気づいたよね。まわりはみんな目をキラキラさせてポエムを絶賛しているのに、どうして自分だけこんなにイヤなんだろって、だいぶ悩んだ。その他にもいろいろ重なって、僕はエロ業界から身を引いて介護業界に鞍替えしたわけだけど……。

小出 そこでまた、さらなる壮絶なポエムに出会ってしまうと。

中村 そう。介護現場で働きながら「夢、絆、仲間、スイッチオン、ありがとう、熱い情熱、熱い想い、志、感謝、感動、成長」みたいな美辞麗句を浴びまくって、なんか周囲は目をキラキラさせながら真に受けていた。「この気持ち悪さ、以前どこかで感じたことがあるぞ」となって、あの徹底的に嫌悪したAV業界に蔓延したポエムの劣化バージョンじゃないかって気づいたわけです。

小出 もう、業(ごう)みたいなものですよね。いくらポエムから逃げても、またポエムが追ってくる。

中村 ポエム地獄ですね。第三者の美辞麗句に操られるなんてありえないと思って生きてきた人間にとっては、かなり厳しい環境です。介護でポエム漬けにされてから、いったい世の中でなにが起こっているのか考えるようになって、経営者など、支配層が発信者となってポエムが蔓延する構造に気づいた。簡単にいえばブラック企業に直結している。意識高い系の若者とか、行政とか、もうどんどんポエム信者が増えている状況ですね。美辞麗句が利用されるので、性善説の強い真面目な人ほどポエムビジネスに騙される。だから、Base Ball Bearのライブに行ったときも「あぁ、この少年少女たちが、ポエム犠牲者にはなりませんように」と心から思った。

小出 そうですね。それは僕もイヤです。

 

真面目な人ほど搾取される仕組み

中村 ポエムが蔓延しているのは介護、飲食など、人手不足な労働集約型ビジネスを手掛けるベンチャーですね。やりがいや夢を煽って違法長時間労働をさせて、その差額を利益にするビジネス。否定しづらい綺麗な言葉を徹底的に利用するから、長い間、批判がなかった。僕らみたいにモノを言える立場の人間が臆することなく、「気持ち悪い」「おかしい」と言っていかないと拡散して被害者が増えるばかりになる。

小出 僕は中村さんの本を読むまで、介護という仕事は本当に高潔な仕事……まさに“聖職”だと思っていました。困っている誰かのために、何かをしてあげたい。そんな純粋で強い意志を持つ人たちの集まりなんだと。でも、そういった不幸やわだかまりの温床になっているなんて、とてもつらいことですよね。

中村 暗澹たる状況ですね。介護現場は長年、深刻な人手不足で今は頂点に達している。誰でも入職させないと成り立たないので、本当に荒れ果てています。ブラック労働と精神疾患、いがみ合いや争いことだらけ。雇用政策でどんどん失業者を送り込んで、生活保護の代替みたいな位置づけになって手に負えない。挙げ句に今年4月、介護報酬の大幅ダウンを国が決行した。あれだけ介護職の低賃金が問題視されたのに、生存ギリギリくらいまで収入を下落させる気ですね。終わっていますね。

小出 不幸以外のなにものでもないですね。

中村 状況を打開できる人もいないし、給料も上がる見込みがない。本当に将来性のない仕事です。日本の社会保障は、これから破綻一直線でしょう。どうにもならない。これから社会にでるBase Ball Bearファンの若い子たちは、介護業界は当然、福祉や保育など、国のお金を使う産業には近づかないほうがいい。経営者だけでなく、行政あたりも社会貢献ってポエムが好きなので煽るだろうけど、若い子たちが破綻する社会保障に近づかず、自分の向いている他の仕事をして活躍して税金を納める、そして結婚して子供を産んで平穏な家庭を築く、それこそ社会貢献ですよ。生産的な職業、稼げる職業にチャレンジするべきですね。

小出 介護の世界では、どんなポエムが流布されているのですか?

中村 いちばんわかりやすい例は「介護甲子園」ですかね。介護業界のポエムの祭典です。介護職員が「介護から日本を元気に」「感謝、感激、感動」「感動の物語をシェアしよう」といった戯れ言を絶叫させられるんです。そこに登壇している介護職たちは、すでに洗脳されているので感極まって、泣きながら叫んでいる人もいるほど。小出さんで例えれば、ギターもドラムもないところで「みんなを元気にするために、僕は歌っています。バンドって、すごく夢とかやりがいがあるんだ!」って泣きながら叫ぶみたいなことですよ。それってどう考えてもおかしいけど、普通にまかり通っているどころか、行政までが応援したりしている。ヤバイですよ。

小出 そういう、ポエム的な世界感とか言葉で人材を洗脳して、搾取するような構造が介護ビジネスの現場では常態化しているわけですね。

中村 そのとおりです。介護甲子園を主催しているのは、フランチャイズ業者と自己啓発セミナーの業者です。彼らはどれだけ職員を洗脳しているかが利益の肝なので、経営者同士で頻繁に飲み会をして「あなたはメンター、あなたこそメンター」とか褒め合って盛り上がっていますよ。それで、フェイスブックで「今日は日本を変える同志たちと、熱い飲み会!」とか自慢していますよ。

小出 めっちゃ気持ち悪いですね……。

中村 ただ、甘言を信じ切ってしまう人のことは責められないかな。実際に一部の行政までが取り込まれているわけだし、ポエムの世界観を流布して崇高な思いとかやりがいを搾取するような連中を作りだしているのは、我々社会なんだよなぁ。ポエムに汚染されている状況を「幸せ」と誤認してしまう人は哀れだけど。

小出 音楽の世界にも、ポエムがはびこっていますからね。

中村 Jポップの過剰なポエム化は、すでに社会学者とかが指摘していますよね。

小出 社会がポエム化している理由はもちろん複合的だと思いますが、確かに近年のJ-POPもポエム的世界観に傾きがちですね。つまりは、そういう音楽が好まれて、売れるということだと。そのニーズに応えるという資本主義的な考えで増えていっているというのもあると思います。

 

なぜ日本の音楽はポエム化が進んだのか

中村 そうですね。ポエムの裏側には、必ず利益を得る層がいる。人を騙しても、人生を潰しても、自分の目先の商売で儲かればいいという発想でしょう。自分の利益のために、他人に実態のない嘘を信じ込ませるので、長期的に見れば必ず破綻する。嘘をついてはいけない産業や企業はもちろんのこと、音楽だって底がみえる浅い言葉をまき散らす活動では、長期的な展望は難しい。それにしても、どうしてここまで安直な「ポエム」が音楽業界にも蔓延してしまったんでしょうね。経緯が知りたいです。

小出 あくまで私見ですが、Jポップ史をさかのぼって順を追って考えていくと、まず、60~70年代の音楽はとても私小説的ですよね。当時流行したフォークソングは、たとえば自分の思い出深い情景だったり、個人的な恋愛の体験だったり、「私」にフォーカスして心情を歌ったものが多かった。それと、プロテストソングも多いと思います。直接的な表現をとっているものもあるし、暗喩的に表現していたり、「詩」的に置き換えているものもありますけど、それでもやはり「私」の主張や訴えを曲にしている。“言いたいことがある”という作り手の意志を感じます。

中村 なるほど。

小出 それが80年代になるとキャッチーでわかりやすいポップス、たとえば、コマーシャルソングのように、15秒とか30秒の短い時間で、どう人の心を引き寄せるか、どうやって強く印象づけるか、といったことも重視され始めます。機能性を持たせたものが増えてきたという感じですかね。ただ、それによって、音楽的な質と機能性を兼ね備えた上質なポップスが生まれていきました。松任谷由実さんはまさにその代表といえる方だと思います。作家としてだけではなく、体現者としてユーミンは時代を作っていきました。そして90年代、特に後半に入ると、大量生産が徐々に始まっていきます。

中村 大量生産というのは、多く売り上げるために、多くの楽曲を生み出すということですか?

小出 いえ、そういう捉え方よりも、コストや時間をかけずに一定以上のクオリティの売れる曲を量産していく動き、と見るほうが適切な気がします。“売れる音楽”のロジックみたいなものが出来上がってきたのと、かつてはギター、ベース、鍵盤、ドラムなどそれぞれの楽器の奏者を集めて録音しなければならなかったものが、一人の楽曲制作者がパソコンの前に座って作業するだけで、どんどん曲が生み出せるようになっていったんです。

中村 テクノロジーの進歩が背景にあると。

小出 はい。楽曲制作のコストが下がった分、たとえば一人の歌手をじっくり時間をかけて育てるよりも、たくさんの歌手を送り出して、楽曲を数多くリリースするほうがシーンは盛り上がるし儲かる……なんて方向に流れていったんだと考えます。それに伴って、プロデューサーやジャンル、事務所単位でのブランディングも加速していきますよね。流行になるかどうかはユーザーの支持次第ですが、それを狙ったマーケティングは有意的に行われていったと思います。それでもまだそういう意味で90年代後半~00年代前半はバランスが取れていたと思うんですが、2010年代になると、ノートパソコンでもクオリティの高い音源を作る事が可能になりましたし、CDでは聴かれない、つまりCDが売りにくい時代にもなり、フェスがシーンの中心にあるようにもなり、ブランディングで囲い込んだお客さんに向けて放つ、同じような音や言葉、同じような“盛り上がり”が増えてきました。もともとは深い意味や意義から始まった表現が形骸化していってしまった。これを発展とするか衰退とするかは、僕ら今の世代のミュージシャンが頑張っていかなきゃいけない部分なんですが、いずれにせよ、わかりやすく、一見、耳障りはいいけど薄い──テンプレの組み合わせでしかないものを“ポエム的な音楽”だと僕は思っています。

中村 おぉ、すごくわかりやすいお話です。それにしても「頑張ろう」とか「夢はかなう」とか「明日があるから」とか、ただ前向きなだけで、まったく現実を直視していない歌詞や世界観の曲が多くなってしまいました。

小出 ただ、そんな言葉を使っていても、ポエムっぽくない曲だって沢山あるんですよ。それこそエバーグリーンというか。たとえばZARDの「負けないで」は素晴らしいですよね。『負けないで』というフレーズが持つ奥行きは本当に深い。まず、『勝って』ではないわけです。試合や仕事で勝つこと、優勝することだけがすべてじゃない。でも、自分の内側にある“弱さ”や“あきらめ”にだけは『負けないで』。──そんな意味の歌だと思うんです。このアングルも言い回しも、何気ないからこそ大変高度ですし、作り手がそれに気付いていないと出来ない表現です。こういう曲は本物だなぁと思うんですが、この“型”を利用しただけ曲って本当に多いですよね。何だろう……他人の人生や人格をなんの根拠もなく全肯定してしまうような……。

中村 「いまある環境に最大限に感謝する」みたいな曲が多いんですよね。

小出 何にでも感謝しがちですよね……。

中村 しかも、若いときに聴く音楽って人格形成にもかなり影響するじゃないですか。

小出 そうですね。特に10代はそうだと思います。

中村 そういったポエム的な音楽が、悪徳経営者の語る甘い言葉に騙されてしまう若者を

量産する一因になっているとしたら、本当に不幸な話ですよ。

(最終回「『気持ち悪い』と少しでも感じたら距離をとろう」は9月12日公開予定です。)

◎小出祐介さんの所属するバンド「Base Ball Bear」からニューシングルとツアーのお知らせがあります!

関連書籍

中村淳彦『職業としてのAV女優』

業界の低迷で、100万円も珍しくなかった最盛期の日当は、現在は3万円以下というケースもあるAV女優の仕事。それでも自ら志願する女性は増える一方だ。かつては、「早く足を洗いたい」女性が大半だったが、現在は「長く続けたい」とみな願っている。収入よりも、誰かに必要とされ、褒められることが生きがいになっているからだ。カラダを売る仕事は、なぜ普通の女性が選択する普通の仕事になったのか? 長年、女優へのインタビューを続ける著者が収入、労働環境、意識の変化をレポート。求人誌に載らない職業案内。

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わかりやすい言葉に飲み込まれないための抵抗

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小出祐介

ロックバンド「Base Ball Bear」のボーカル&ギター。 1984年12月9日生まれ。東京都出身。フォークバンドをしていた父親のギターを見つけたことをきっかけに、ギターを始める。東海大浦安高校の先輩後輩により、2002年4月にBase Ball Bearを正式に結成。2006年にメジャー・デビュー。アイドル・ソング好きでも知られるほか、南波志帆、ベッキー♪、東京女子流、花澤香菜らへ楽曲提供なども行なう。

中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

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