原子力システム研究開発事業

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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

「もんじゅ」プロセスデータのハイブリッド高度処理による異常診断エージェントの研究開発

(受託者)国立大学法人岡山大学
(研究代表者)五福明夫 大学院自然科学研究科
(再委託先)国立大学法人東北大学、国立大学法人神戸大学、国立大学法人福井大学
(研究開発期間)平成21年度〜24年度

1.研究開発の背景とねらい

 原子力プラントにおいては、正常運転状態からの逸脱を早期に検出して、適切な対応操作を実施することは非常に重要であり、これまでも精力的に研究開発が進められている。異常の検知・診断においては、プラントから得られるセンサデータの処理(信号処理)が基礎となるが、近年、新しい信号処理や機械学習に関する手法が開発、整備されてきている。すなわち、信号の特定の時間変化と相似な時間変化成分が信号にどの程度含まれるかを分析するウェーブレット変換の新しい展開(第二世代のウェーブレット変換)[1]や、判別分析や回帰分析に応用できるサポートベクターマシン(SVM)である。また、種々の診断技術の融合に関して、情報の多様性(information diversity)を重視した多様性評価基準による統合化診断の枠組み[2]が提唱されている。
 本事業では、高速増殖炉の保全活動に適用可能な機器やシステムの異常徴候を検出する手法を開発することを目的として、以下の研究開発を行う。まず、「もんじゅ」プロセスデータを解析して「もんじゅ」の正常時のプロセス信号の特性を把握する。把握した信号の特性を踏まえて、プロセス信号を処理して「もんじゅ」の状態を監視・把握して異常の徴候を早期に検出するために、1)未観測の重要状態変数の推定手法、2)サポート・ベクタ・マシン(SVM)を用いた異常徴候の検出手法、3)ウェーブレット変換を用いた機器異常徴候の検出手法、4)多属性類似度に基づく事例ベース診断手法を研究開発する。そして、これらをハイブリッド型異常徴候診断手法として統合して、その異常徴候検出の能力を模擬異常データにより検証する。さらに、「もんじゅ」の分散型監視診断システム[3]のソフトウェアエージェント仕様に従って、開発手法を実行する異常徴候診断エージェントプログラムを作成する。
 本報告では、4ヵ年計画の1年目である平成21年度の研究開発の内容と成果を述べる。

2.研究開発成果
2.1 研究開発実施項目

 平成21年度の研究開発においては、
 (1)「もんじゅ」計装システムの把握と対象プロセス信号の選定
 (2)「もんじゅ」プロセス信号の特性の解析
  ①周波数領域特性の解析、②時間領域特性の解析
 (3)異常診断手法の研究開発
  ①SVMによる異常徴候検出手法、②ウェーブレット変換による異常徴候検出手法、
  ③「もんじゅ」体系の数値シミュレーションによる異常時プロセス信号データの生成
 (4)異常徴候検出手法の研究開発外部評価の研究開発項目を実施した。以下に、それぞれの研究開発項目で得られた成果の概要を述べる。

2.2 「もんじゅ」計装システムの把握と対象プロセス信号の選定

 「もんじゅ」のプラント構成、主要コンポーネントの構造、及び、水・蒸気系の計装システムの詳細について、調査して把握した。また、異常診断手法で対象とする水・蒸気系のプロセス信号を検討した。蒸発器及び過熱器での熱伝達量の推定を目的とする未観測重要状態変数の推定では、蒸発器及び加熱器の入口及び出口での温度、蒸発器給水流量などのプロセス信号を選定した。「もんじゅ」の全体的な異常徴候診断が目的である、SVMによる異常徴候検出手法及び多属性類似度に基づく事例ベース診断手法では、日本原子力研究開発機構(JAEA)から提供された「もんじゅ」の正常運転時(40%出力時)の20種類の信号(合計57の信号)全てのプロセス信号を選定した。また、ポンプ等の異常徴候診断を想定しているウェーブレット変換による異常徴候検出手法では、タービン駆動給水ポンプ回転数を選定した。

2.3 「もんじゅ」プロセス信号の特性の解析
①周波数領域特性の解析

 JAEAから提供された全ての信号についてフーリエ解析を実施し、パワースペクトル密度関数(PSDF)を計算した。解析においては、微調整制御棒位置(FCRD位置)が変化していないと見なされる5つの時間区間を対象とした。
 解析結果の分析により、FCRD位置の僅かな変動によっては各プロセス信号の雑音成分の特性は変化しない、すなわち、定常性が成り立つこと、また、PSDFがピークとなる周波数はプロセス信号によって異なっており、いくつかのグループに分類されることが明らかとなった。

②時間領域特性の解析

 「正規性」と「定常性」に着目し、JAEAから提供のデータセット毎に、平均、分散、歪度、尖度等の統計的パラメータ及び度数分布により解析して、時間領域における特性を把握した。
 信号の正規性に関しては概ね問題はないが、一部のパラメータにおいて大きな正規性からの逸脱があることが明らかとなった。また、定常性についても概ね良好であるが、全測定時間に渡る長い時間スケールでトレンドが観測されたパラメータが一部あることが明らかとなった。

2.4 異常診断手法の研究開発
①SVMによる異常徴候検出手法
図1
図1 プロセス信号の変化範囲把握結果例

 「もんじゅ」の正常運転時(40%出力時)の各種プロセス信号に対して、SVMを適用して正常運転時のプロセス信号の変化範囲を把握するため、微調整制御棒位置(FCRD-3)、Aループ中間熱交換器(IHX)2次側出口Na温度などの4つのプロセス信号により正常状態と疑似異常状態(FCRD-3が変化した後)を判別するSVMを、正常運転時(40%出力時)のプロセス信号の値を用いて2種類構成した。そして、正常状態と疑似異常状態の判別を行うことにより、プロセス信号の変化範囲を把握した。SVMによる判別結果例を図1に示す。緑色の点(右上のやや色の薄い点の集まり)と赤色の点(中央やや左下の大きな点の集まり)は、それぞれ、正常状態及び疑似異常状態と判別した場合を示す。図から、状態が良好に判別できていることがわかる。
 また、プロセス信号の特性(平均と標準偏差)に基づいた閾値による状態判別と比較して、SVMを用いた状態判別の方が早期にしかも精度良い結果が得られることを確認した。

②ウェーブレット変換による異常徴候検出手法
図2
図2 パルス状異常信号を重畳した信号への連続ウェーブレット変換

 まず、「もんじゅ」の正常運転時(40%出力時)の各種プロセス信号に対して、第一世代のウェーブレット変換を適用して正常運転時のプロセス信号の特性を把握し、ウェーブレット変換を用いることにより、プロセス信号の特性に基づいた閾値を用いる場合と比較して早期異常徴候検出の能力向上を確認した。
 次に、第二世代のウェーブレット変換の手法を調査し、基底関数を最適化するものが第二世代のウェーブレット変換の代表的な定義であることを確認した。そして、第一世代のウェーブレット変換と、基底関数を最適化する第二世代のウェーブレット変換との異常徴候検出能力を比較した。例として、矩形の異常信号を重畳した場合に、いくつかの基底関数を用いて連続ウェーブレット変換を行った結果を図2に示す。重畳した信号と近い形状のHaarの基底関数の場合に最も明確に(検出箇所の線が細く)検出可能であり、異常信号と似た形状の基底関数を用いると、優れた検出能力を示すことを確認した。
 さらに、二種類の小型ポンプに対して、音響及び振動の時系列データを取得し、ウェーブレット変換により運転状態の変化が検出できることを確認した。

③「もんじゅ」体系の数値シミュレーションによる異常時プロセス信号データの生成

 熱流動数値シミュレーションコードNETFLOW++[4]を用いて、「もんじゅ」を模擬した数値モデルを図3のように作成した。3ループの「もんじゅ」のNa系及び水・蒸気系をそれぞれ表現し、高圧タービンまで模擬している。また、低圧タービン以降は圧力を境界条件として与えている。
 「もんじゅ」の正常運転時(40%出力時)の数値シミュレーションに関して、熱出力確認試験[5]開始時の初期値を求めるTime Marching計算を行った。計算収束値と試験での計測結果との誤差は数%以内であり、計算結果の妥当性が確認された。この結果より、NETFLOW++コードを用いて各種の異常状態を精度よく計算できると考えられる。

図3
図3 NETFLOW++による「もんじゅ」の数値モデル
2.5 異常徴候検出手法の研究開発外部評価

 外部有識者による委員会を組織し、本事業全般について今後の計画及び成果をレビューした。

3.今後の展望

 平成22年度以降では、ハイブリッド型異常診断手法の確立に向けて、
(1) 診断対象とするNa系のプロセス信号の選定、
(2) 「もんじゅ」プロセス信号の特性の解析結果に基づいた疑似ゆらぎデータの作成、
(3) NETFLOW++による種々の異常状態に対するプロセス信号データの生成、
(4) 第二世代のウェーブレット変換やSVMを応用した異常徴候検出手法、未観測の重要状態変数の推定手法や、多属性類似度に基づく事例ベース診断手法の開発とそれらの有効性検証、
(5) 研究開発手法のいくつかの異常診断エージェントとしての実装
を実施する予定である。

4.参考文献

[1] 山田道夫, システム/制御/情報, 53 (1), 9-14 (2009).

[2] Catur Diantono, 高橋信, 北村正晴, 日本原子力学会誌, 42 (11), 1215-1225 (2000).

[3] 玉山清志, 他, サイクル機構技報, No.13, 5-12 (2001).

[4] Hiroyasu Mochizuki, Nuclear Engineering and Design, 240, 577-587 (2010).

[5] 宮川明, 他, JNC TN2410 2005-002.

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