ライフハッカーで平日毎朝更新の書評コーナーを担当するライター・印南敦史さんが、この度、『プロ書評家が教える-伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA/中経出版)を出版しました。それを記念して、ライフハッカー編集長の米田智彦と特別対談を実施。書評を毎日書き続けるコツ、多くの人に本の中身が伝わる文章を書くために必要な心構え、この時代に読書が持つ意味などを語り合いました。
1962年生まれ。東京都出身。ライター、書評家、コピーライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は多方面で活躍中。2012年より、ライフハッカー[日本版]に週約5本のペースで書評を寄稿。好評を得ている。『ブラックミュージック この一枚』『あの日、ディスコが教えてくれた多くのこと』(以上、光文社)、『音楽系で行こう! 』(ロコモーションパブリッシング)など著書多数。
書評コーナーの主役は本
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僕は書評を書く際、「印南敦史」が出すぎないようにしてるんです。読者が欲しているのは情報であって、僕の個性や主観ではないはずですからね。だから「俺は俺は」みたいなスタンスはあまり好きじゃないし、「自分はどこにいて、誰に向かって書いているのか」を自覚することがなにより大切だと思っています。
米田:それは正しいですね。なぜなら書評コーナーの主役は本ですから。自分語りをするケースも当然、読者を引き込むためには必要なのですが、ライフハッカーの書評コーナーに関しては必要ではないかもしれません。本の要点を印南さんの視点で抜き出してもらって、「だからこそこの本には読む価値がある」というところに落としてくれればいいわけです。 印南:書き手がどこまで出て、どこからは出ないでおくかはとても重要だと考えています。 米田:そこは僕にとっても、ウェブでのライティングに関する問題意識ですね。自分になにか表現したいことがあり、それを発露して書くことがライターだと考えている人も多いと思うんですけど、「そこに果たして読者が存在するのか?」ということをどれだけ考えているかということですね。ネットでは残念ながら書き手の思い入れなんて読者はあんまり興味ないんです(笑)。膨大な情報の中から、自分と少しでも関係があることに反応するし、そうでないものはスルーしますから。ネットではそういうクールな認識のもとで、文章を書かないといけない。 印南:そう。だから僕も、少なくとも書評では必要以上に自分を出さないようにしているわけです。 米田:書き手が増えることに比して読者の数は追いついてない時代ですよね。だって人類史上、これだけ書き言葉があふれている時代はないわけですから。そんなとき、僕らみたいな情報やテキストを生業にしている人間に必要なのは、ひたすら「読み手のことを考える」こと。自分がどう表現したいかよりも、読者がなにを求めているかを徹底的に考えられるかどうかですね。
印南:書評を書くうえで、いつも意識していることがあるんです。たとえば書評に引用したことが、一見するとビジネスパーソンには関係なさそうなものだったとする。でも、そういうものでも少しだけ視点を変えると、日常的な業務に応用できることがある。ライフハック的な発想法やアイデアが、たとえば企画書づくりのヒントになったりね。そういうところが大切だと思うんです。それから、今の書評スタイル(構成)になったもうひとつの理由は、「読まれる通信環境」にあります。ライフハッカーの読者は、通勤途中などにスマートフォンで読んでいることが多いじゃないですか。
通勤電車という限られた時間のなかでさっと読めて、「ちょっと得したな」って感じてもらえるようなことが大切ですよね。少なくとも僕はそう考えている。だとしたらそのためには、「これならきっと読者の役に立つだろうな」っていう部分を見極めて、ポイントのみを引用したほうがいいと思ったんです。そういう考えにたどり着くまでには、紆余曲折ありましたけど。
読むことが消費ではなく投資になるように
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よい文章を書くにはまずはたくさん読むこと
印南:米田さんは、読むのが早いほうですか? 米田:僕も早くはないです。しっかり読んだら、すごく遅いです。僕は読書に関しては、「情報摂取モード」と「読書体験モード」に切り分けているんですよ。つまり1冊の本をていねいに1カ月かけて読むパターンがまずあって、でもビジネス書など情報だけが欲しい場合は、斜め読みで30分くらいでパーッと読んじゃう。その本がどちらのタイプかは、ちょっと読めばだいたいわかりますよね。 印南:すごくわかります。 米田:「ああ、この本は読みごたえがある」「これは1カ月ぐらいかけてじっくり読みたいな」と思わせる本がある一方で「書いてあることは重要だけどシンプルなことだな」と思ったら時間を短縮します。 印南:本と向き合う際に、そこはすごく大切なところですよね。時間をかける必要のないものに価値がないということではなく、タイプに応じて時間を使い分けなければならないということ。それが、適切な読書時間というものにつながっていくと思うんです。だから僕も同じで、ビジネス書や自己啓発本には時間をかけず、合理的に要点を抽出することだけに神経を使う。でも小説などの場合は、相応の時間をかけますね。
特に、最近思うことがあるんです。たとえそれがウェブであろうと、テキスト文化に寄与している人間は、やはりある程度、読書家である必要がある。そうでないと原稿は書けないし、うまくならないなって。ですから、よく感じるんだけど、あんまり本を読んでこなかった人の文章ってなかなかそれ以上にはならない。執筆って、分析力と表現力が両輪だと思うんですが、分析は上手くても、表現力の方で語彙が足りなかったりしますから。
印南:そうなんですよね。だから申し訳ないけど、ある程度きちんと読んできた人間からすると、そういう人の書いた文章を読むことはものすごいストレスになっちゃう。 米田:「ウェブ・ネイティヴだからいいじゃん」っていう意見もあるかもしれないけれど、たとえば、プロブロガーのイケダハヤトさんなんかも読書家ですよね。ブログやウェブのライティングで活躍している人ってネットから情報を得るだけじゃなくて、普段から多くの本を読んでいるんじゃないかと思います。 印南:同感です。ちゃんと読んでいる人の文章は、最初の5行でわかりますよ。 米田:文章表現って、単に自分の気持ちを書くんじゃないんですよね。そこには情報を整理するということと、情感を伝えるということの、2つの意味がある。でも、その両方をセットでやるには、たくさんの文章を読んで大量にインプットしておくしかないというのが僕の結論です。たとえば本を買うのが面倒くさい人がいれば、電子書籍でもどんどん読めばいいと思う。気軽にいろんな本を読めるし、無料の本もたくさんあるわけだし。最近とみに思うのは、30~40代の読書体験って10~20代のそれには絶対かなわないんですよね。吸収力が違うから。10~20代のときに読んだ本の衝撃っていうのは絶対にあると思うし、30~40代になると目が肥えちゃってなかなか感動する本には出会えない。でも、多感な時期に紙で読んで心に残った本はまた読み返したいと思う。それに、そういう本は本棚に置いておきたいですね。
印南:ものすごく共感できるんだけど、ウェブメディアの編集長がそういうことを考えているというのはちょっと意外でもあるし、でも心強い感じがします。 米田:だってウェブで読んだ原稿だったとしても、すごく印象に残ったものは印刷するか、『Evernote』で保存したりしますからね。それでもう1回読む。物理的な紙だと顕著なんですが、情報を摂るというより、読むという行為と体験を経ると人は記憶するものです。※2014年12月7日公開の後編へ続きます
(撮影/田中勝)