ぱふゅ~むのデビュー曲です。この頃ののっちもいいなぁ。顔が変わり過ぎですけど、口をキュッと閉じる形は今と変わりませんね。手作り感満載な感じが何とも言えません。
ぱふゅ~むのデビュー曲です。この頃ののっちもいいなぁ。顔が変わり過ぎですけど、口をキュッと閉じる形は今と変わりませんね。手作り感満載な感じが何とも言えません。
S-Fマガジン 2007年 10月号 [雑誌] 出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2007/08/25メディア: 雑誌 クリック: 7回この商品を含むブログ (15件) を見る相変わらずの周回遅れだが、第4回を読んだので言及しておこう。 『ゼロ年代の想像力』に関しては、第3回までを読んで『自然主義的リアリズムとまんが・アニメ的リアリズム - 宇野常寛の見落としているもの』というエントリで東浩紀、宇野常寛両氏の噛み合っていない部分を指摘した。第4回もあまり進歩的な内容ではなかったので当ブログの基本的なスタンスも変わらない。両氏は相変わらず噛み合っているようには見えない。というか、宇野氏は東氏に上手く噛みつけていない。これが今のところの結論だ。 ただ、逆の視線を用意することは意外と簡単にできる。すなわち、どこに軸を置けば彼らの対立構造を素直に読み込むことができるのか、ということだ。今回はそ
最終回 暇申 2007年10月 3日 コメント: トラックバック (3) 突然だが、「網言録」が打ち切られることになった。まだまだ諸事諸物について、語っていくつもりだったので、残念ではある。この連載を楽しみにしていたような奇特な読者がいたのだとしたら、お詫び申し上げたい。とはいえこの記事が、ほかの記事やWired VISION全体の雰囲気からすると かなり異質であったことは、私も十分承知していたから、江坂編集長からの遠慮がち かつ丁寧な打ち切りの打診があったときも、特段驚いたりはしなかった。 連載の第一回では、「私が書きたいことは、もう法律とかコンピュータとかネットとかの話ではないんだ」と宣言していたし、第二回では早期打ち切りを予感させる消極的な目標を示していたし、早くも第六回では「なんだかよくわからない」この連載の説明と結論のネタばらしをする羽目になっていた。最近の私の関心が、「情報技術
最近、自殺の原因を、その人の「心の弱さ」のせいにしなくなってきたのはいいことだ。 少なくとも自分が10~20代だった頃は、自殺をした人やしたい人(特に若者)に対して、「自殺は心の弱い者のすることだ」「もっと強く生きろ!」「尊い命を粗末にするな」「生きていることは素晴らしいんだ」「死ぬ気になれば何でもできる」「死ぬな!」……、といった説教が、世間一般からも教育・精神医学方面からも浴びせかけられていた(最近のいじめ自殺に対してこんなことが言えるだろうか?)。 自殺をはなから「いけないこと」と決めつけて、道徳的に自殺者を叱るようなことも普通に行われていた。 要するに自殺した/したい人の苦しさなんか、世間はわかっちゃいなかったんだと思う。 そんななかで「自殺は悪くない」「なんで自殺しちゃいけないんだ」と言うことは、そういう見方に反対することであり、「死にたいほど苦しいことがある」と訴えることでもあ
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