4電鉄を連絡する鉄道路線の構想は、1946年策定の「神戸市復興基本計画」に始まる[2]。神戸市街地において、戦後復興計画として神戸市電が担っていた市街地輸送の高速化・大容量化を、民間鉄道会社4社(京阪神急行=現・阪急、阪神、山陽、神鉄)を活用して実現したい神戸市側の思惑と、戦前に神戸市中心部(湊川公園附近)に路線を延伸したかった民間鉄道会社側の思惑[注釈 2]とを両立させる形で、1948年に神戸市と4社の間で建設に向けた合意が成立[2]、そこから様々な調整[注釈 3]を経て、1958年に神戸市が40%・乗り入れ4社(京阪神急行・阪神・山陽・神鉄)が合計40%、地元財界(当時神戸支店を営業していた三越や関西電力、金融機関等)が20%出資する第三セクターの鉄道会社として神戸高速鉄道は設立された[3]。運行形態については、自社の車両を保有するより車両と鉄道員を借りたほうが合理的であるとの判断の元
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