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組み立て式会計:イケア (IKEA) の不思議な企業構造

(The Economist Vol 379, No. 8477 (2006/5/13), "Flat-Pack Accounting," pp. 59-60)
Mr. Kamprad
山形浩生訳 (hiyori13@alum.mit.edu)

ゲイツ財団なんか忘れよう。世界最大の慈善団体はイケア (IKEA) の所有者でもある――そしてインテリアデザインにご執心だ。

  イケア (IKEA) で買った組み立て式家具を組み立てるほど頭にくる作業はなかなかない。だが、この世界最大の家具小売企業の会計を連結するのに比べれば、家具の組み立て作業ですら簡単なものだ。イケアの実に見事な小売り方式については、すでにいろいろ文献がある (訳注:かなりぬるいが「イケアのローコストの秘密」などをどうぞ)。弊誌は、それに負けず劣らず驚異的な同グループの財務について調べてみた。

  そこから見えてくるのは、各国の法制度のちょっとした歪みを抜け目なく利用して慈善団体を作る手口だ。この団体はかなりどうでもいい目的を掲げており、財団としては世界で最も豊かなのに、今のところ最もケチな慈善団体の一つでもある。イケア全体の仕組みは税金と情報公開を最小限におさえ、創立者であるカンプラード一家にたっぷりと報酬をもたらし、乗っ取りに絶対あわないようにするものとなっている。そしてこれがあまりにうますぎる話に聞こえるなら、その通り。この仕組みを崩すのはきわめて難しい。こうした抜け目なさによるメリットには代償もあり、同店の創設者イングヴァル・カンプラード (写真) の後継者ですら、イケアを思い通りにはできないという大きな制約がついてくる。

  イケアはスウェーデンで最も有名な輸出品の一つだが、1980 年代初期以来、厳密に言えば法的にはスウェーデン企業ではなくなっている。イケアはスカンジナビアのデザインをアジア価格で販売することで有名になった。小売業者としては珍しく、あまりつまづきもなしに国際展開を続けている。そしてイケアのブランドは、すっきりしたエコロで魅力的なデザインとお値打ち価格で知られているが、開店以来の 50 年でその威光は増すばかりとなっている。

  イケアグループ全企業の親会社――全世界 235 店舗あるイケアのうち 207 店のオペレータ――はインカ・ホールディング(INGKA Holding B.V.)で、オランダで登記されている非公開企業となっている。そのインカ・ホールディングは、スティヒティング・インカ財団(Stichting INGKA Foundation)の100 パーセント所有となっている。この財団法人はオランダ籍の免税非営利法人であり、1982 年にカンプラード氏の保有株式を提供されて誕生している。Stichtingen、または財団は、オランダでは非営利団体の形態として最も一般的なもので、何万団体も存在している。

  ほとんどのオランダの Stichtingen はちっぽけなものだが、スティヒティング・インカ財団がもし上場したら、市場価格でオランダのトップ 10 企業に入ることになるだろう。この財団の主要資産はインカ・ホールディング・グループで、ここは負債をおさえて高い利益を維持している。2004 年 8 月 31 日末で終わる会計年度(同グループが発表している最新の数字がこれだ) での税引き後の利益は 14 億ユーロ (2 千億円) ――総売上は 128 億ユーロだから、利益率は 11 パーセントという驚くべき水準だ。

  インカ・ホールディングの価値評価はむずかしい。イケアには、世界的な規模で運営されている直接の競合他社が存在しないからだ。アメリカで、売り上げの 1/5 を家具販売で得ている巨大チェーンのターゲット社の株は、最新の年度利益の 20 倍の値がついている。この PER を使うと、インカ・ホールディング・グループの市場価値は 280 億ユーロ (4 兆円弱) となる。

  だがイケアの成長見通しを考えれば、これはかなり控えめな推定だろう。2005 年 8 月 31 日までの年度での売り上げ――ちなみにイケアが公表する財務情報は売り上げだけだ――は 148 億ユーロ、対前年度比で 15.6 パーセント増となっている。そして店を増やす余地はまだまだある。インカ・ホールディングはアメリカに 26 店舗しか持っていないのだ。同程度の市場規模を持つヨーロッパには 160 以上の店舗があり、それが売り上げの 8 割以上を占めている。4 月には、日本で一号店を開いたばかりだ。

IKEA 船橋   スティヒティング・インカ財団が少なく見積もっても 360 億ドルの純価値を持っているなら、これは世界で最も豊かな慈善団体となる。その価値は、一般に最も豊かな財団とされるビル&メリンダ・ゲイツ財団の最新公表価値である 269 億ドルを優に上回る。

  だが行っている善行で見れば、ゲイツ財団が文句なしの圧勝だ。ゲイツ財団は、世界の貧困層の病気治療にほとんどのリソースを費やしている。これに対し、カンプラード一家の何十億ドルは「建築とインテリアデザイン分野におけるイノベーション」のためのものだ。スティヒティング・インカ財団の定款はオランダで登録されているが、この目的を改変することはできないと定めている。オランダの法廷でさえ、stichting の目的はほとんど変えさせることはできない。

  カンプラード一家の財団は、ゲイツ財団に比べて他の面でも見劣りする。ゲイツ財団はアメリカの財団で、運営にも透明性がある。たとえば寄付行為の詳細はすべて公開している。だがオランダの財団はきわめて規制がゆるく、第三者による監督はほとんど/まったく受けない。たとえば、財務状況を公開する法的な義務もない。

  定款に基づいて、スティヒティング・インカ財団はその資金をスティヒティング IKEA 財団にまわす。これもまたオランダ籍の財団でまったく同じ目的を持つが、こちらの財団は実際に重要なインテリアデザイン分野のアイデアに対してお金を出している。だがこの第二の財団も、一切の情報を公開しない。だから 1999-2003 年にかけて、スティヒティング・インカ財団がインカ・ホールディングから受け取った配当 16 億ユーロをどう使ったのか――そもそも少しでも使われたのか――は外からは見えないままだ。

  イケアは、このお金が慈善目的で使われました、と述べるだけだ。さらに「将来の資金需要に備えてイケアグループを保護するための内部留保構築に向けた長期投資を行った」とも述べている。さらにイケアは、過去二年の寄付はスウェーデンのルンド工科大学にだけ行われていると付け足した。ルンド工科大学によれば、最近では年に 1,250 万クローネ (170 万ドル) の寄付をスティヒティング・インカ財団から受けているという (また 1990 年代後半には、渡しきりで 5,500 万クローネもらったそうだ)。この財団の資産から見れば、丸め誤差程度の金額でしかない。明らかに、この財団はイケアが資金を必要としたときのための内部留保にだけ専念しており、インテリアデザインの分野は悲しいほどに支援を受けていないというわけだ。

  カンプラード氏はイケアの所有権を放棄したが、この stichting のおかげでグループに対するかれの支配権は揺るぎないものとなっている。財団を運営するのは、カンプラード氏を長とする 5 人の理事会となっている。この理事会は、インカ・ホールディングの役員を任命し、企業の定款変更を承認し、新株発行に対する先買権を有する。

  この理事会のメンバーにはカンプラード氏の夫人とスイスの弁護士も含まれているので、財団設立以来、カンプラード氏の意見は自動的に賛成多数となる。理事会のだれかが辞めたり死んだりすれば、残り四人が後任を決める。つまりカンプラード氏は、所有者だった時と同じようにインカ・ホールディングに対して支配権を行使できる。理論的には、この理事会が合意しなければイケアでは何も起きないことになる。

  この支配構造は実に堅牢で、カンプラード氏が死んでも後継者たちですらそれをゆるめることはできない。財団の目的では、インカ・ホールディング・グループの株式を「取得管理」しなくてはいけないことになっている。定款の他の条項では、同財団はその株式保有はイケア・グループの「継続性と成長」を担保する形で行うことと定められている。株式は、同じ目的と理事会を持つ別の財団にしか売却できない。そしてこの財団は、破産しない限り解散できない。

  支配権はがちがちに固められているイケアだが、お金はそうではない。カンプラード氏は、所有権と支配権が変わらないようにする一方で、資金を同社から引き出すための裏口を用意しておいた。イケア (IKEA) の商標とコンセプトはインター IKEA システムズ社が保有している。これもまた非公開のオランダ企業だが、インカ・ホールディング・グループには所属していない。この親会社はインター IKEA ホールディング社で、この企業はルクセンブルグに登記されている。そしてこの会社は、こんどはオランダ領アンチル諸島 (訳注: カリブ海の南端、ベネズエラ沖合あたりと全然離れたハイチ近く。植民地時代にオランダがいいとこ取りをしたのが見え見えの島嶼群) にある同名の企業に所有されており、この会社を経営しているのはキュラソー (訳注: アンチル諸島の一つ) にある信託企業だ。この受益所有者がだれなのかは秘密だ――イケア社は公開を拒否している――が、ほぼまちがいなくカンプラード一族のだれかだろう。

  インター IKEA 社は、イケア店舗のそれぞれとフランチャイズ契約を結んで収益を得ている。この契約は実にオイシイものだ。イケアによれば、すべての契約店舗は売り上げの 3 パーセントを支払うことになっている。最大のフランチャイズ契約先は、カンプラード家の財団が所有し 207 店舗を経営するインカ・ホールディング社だ。残り 28 店舗を経営する他のフランチャイズ先は、もっぱら中東とアジアにある。

  インター IKEA システムズ社はいくら稼いでいるのだろうか? その決算は、ルクセンブルグに報告される親会社の財務報告に含まれている。それによると、2004 年に インター IKEA グループはフランチャイズ料として 6.31 億ユーロを集め、税引き前利益は 2.25 億ユーロだった。ちなみにこの利益は、53.9 億ユーロの「その他運営費用」を差し引いた後のものだ。

  イケアは、この「その他運営費用」というのがなんなのか説明しない。同社の方針は、非公開企業の財務についてはコメントしないというものだからだ。だがインター IKEA システムズ社はどうも I・I・ホールディング社なる企業に多額の支払いをしているようだ。これまたほぼまちがいなくカンプラード一家が牛耳っており、2004 年には 3.28 億ユーロの利益を挙げている。

  これらの企業をあわせると、2004 年末には現金と証券で 19 億ユーロ近くを保有していることになる。これは I・I・ホールディング社がこの年に配当で 8 億ユーロ近くを支払った後の話だ。この金額のほとんどは、間違いなくフランチャイズ料を集めて得られたものだ。全体でこの二つのグループは、2004 年には 5.53 億ユーロの利益をあげながら、支払った税金はたったの 1,900 万ユーロ。明らかにカンプラード一家は、店舗での低価格維持と同じくらいの細心の注意を税金回避にもあてているようだ。

  Stichingen とホールディング会社を使ったイケアの財務方式はきわめて効率のよいものだ。それでも、こんど Henvisik ウォールシェルフだの Bjursta サイドボードだのの発狂するほどややこしい組み立て方式をよくもまあ思いつけたものよ、と感嘆したときには、イケアの会計士がどれほどひどいめにあっているかをちょっとは考えてあげちゃいかが?


解説

  さすが The Economist だなあ。北欧企業の変な仕組みにちゃんと目をつけている。ときどき「北欧企業は英米みたいにごうつくな利益追求ではなく、社会的責任を考えて利益を社会に還元する仕組みが云々」とあっさり騙されている純真な方たちがいるけど、正体見たり、枯れススキ。エート、全体をざっと図解してみると、なんかこんな感じか。(追記:あとイケアの FAQ によれば、全体をマネジメントするイケア・インターナショナルというのがデンマークにある。これの噛み方ははっきりしないが、たぶん財団からマネジメントを受託する形でインカホールディングの管理監督を行っているんだと思う。)

IKEA グループ構造

 左半分の青いあたりは支配権維持のための仕組み、右の緑っぽい半分は、お金を一族にあげるための仕組み。すごい。左側で、店舗の利益を直接自分のところに吸い上げないことで、税制上/2ちゃんねらー&佐高信的なやっかみによる批判をかわせるし、財団なので買収もできないようにしているわけですな。「儲けやがって!」と言われたら、「いえいえ、ちゃんと社会貢献活動もしてますし、利益はすべて慈善目的の財団に上納して社会貢献を~」とごまかすが、驚き桃の木その財団は、利益の過半をためこんで、真の慈善は雀の涙ぁ! そのお題目でしかない「慈善」ですら、インテリアデザインの研究ってんだから R&D 外注みたいなもんだ。まったく貴様ら、因業な真似してやがると子孫の代にたたるぞ。ルクセンブルグとアンチルのホールディング二段重ねとか、左側のオランダ財団重箱積みというのは理由がよくわからないが、たぶん税制上のナントカがあるんでしょう。しかし、とんでもない「財団」だな、この stichting ってやつは。「内部留保します」「企業の資金確保のために投資します」なんていう定款/寄付行為が認められるの??!! それで監督も情報公開もなし!!?? すげー。

 ちなみに、某コーヒーチェーンもこれに似たオーナー利益吸い上げシステムを持っているとか。あのチェーンは、実は紙コップとかプラスチックのふたとかを必ずある会社から(ものすごい高値で)仕入れなくてはいけない仕組みになっているんだが、その紙コップやふた会社はもちろんそのオーナーが所有して絶対に儲かるようにできているらしい。本業のコーヒー店ではあれこれきれい事を言っておいて、儲けは紙コップやふたで取りっぱぐれなく稼ぐ。すばらしい仕組みだ。これでみんなだまされて、XXXX はエコロな企業とか思いこむんだからチョロいもんだ。

 実はこれ以外にも北欧企業は結構変で、物流業界では知らぬ者のない(けど物流業界以外ではだれも知らない)世界ナンバーワンのコンテナ輸送企業であるマースク・シーランド (Maersk Sealand) も、ここでのイケアと非常によく似た、創業者お手盛りの非営利財団による所有経営となっている。前にデンマーク人に、マースクは立派な会社で社会貢献がどうのと自慢されたが、あれもそんなきれいごとであるはずがねーな、これを見ると。でもそっちのほうはもうちょっと明快だったような(というより、デンマークはそうした財団保有の企業を作りやすい制度を持っているらしい)。しかしイケアがここまですさまじい税金逃れの仕組みを持っているとはしらなんだ。まったくオメーら、儲かってるんだから税金くらいちょっと払えや。

 なんかここを舞台にして、小説か映画ができそうなもんだ。こうした完全に閉じた企業体で、一族の末っ子かなんかがでてきて、自分の思い通りに会社を動かそうとするが父親にはねつけられたりすんの。それで、「おれが実権を握ってやる!」と言って、この財団の 5 人理事会の開かれる日に、会場に爆弾をしかけるか殺し屋を雇うかして、4 人くらいをぶち殺す (ちなみにその場合はどうなるんだろう)。さすがに定款にそんな事態の規定はなく、これまで命令を受ける一方だった企業組織がとまどう中で、この末っ子が出てきて財団と企業グループの実権を握るのだ! だがそこで、と何か邪魔が入るシナリオを考えなくては。えーと、これまでエコロな経営を展開していたのに、突然その末っ子はグローバリズムの走狗となり利益偏重経営に走る! その影響で起きた地滑りで殺された恋人の敵をうたんと、エコロ NGO のメンバーが復讐にたちあがるのだ! (つまんなそうだな)。

 しかしこのホールディング会社とかトンネル企業に雇って欲しいなあ。楽そう。

  と、ここまで読んでイケアに対して何やら変な義憤をたぎらせているそこのキミ! はやまったことをする前に、こっちを読んでおけ! イケアのやってるのは、たかだか税金回避であって、人倫にもとる悪行ではないからな! それはまちがえるなよ!


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