「火病ってる」、「しょせん女の脳は」...。末期がんを患いネット右翼に心を支配された父の「小さな言葉」に傷つけられ続ける毎日に筆者は言葉を失い、心を閉ざしてしまった。
「父はなぜネット右翼に染まってしまったのか」、「本当に、これでよかったのか」
最後の最後まで対話の姿勢を見せることなく父を看取ってしまった筆者は答えの出ない自問自答を繰り返すことになる。父の「死」を哀しむことができない筆者が抱えた「わだかまり」の正体は一体何だったのだろうか。思想の違いによって分断された家族の失望と落胆、愛と希望を綴った『ネット右翼になった父』より、一部抜粋・再編集してお届けする。
『ネット右翼になった父』第5回
『父は何者かに利用され、変えられていた…!?食い荒らされた父の「古き良き美しいニッポン」への喪失感』より続く。
金儲けのためのヘイトなコンテンツ
出版物にせよWeb上のものにせよ、ヘイトな右傾コンテンツの根本は、今や思想というより「商業」になっている。それは基本、⾦儲けの⼿段だ。
商業的に瀕死状態にある紙媒体が、「最も紙媒体を消費し、最も⾦を持つ層」として⾼齢男性をターゲットにするのはマーケティング的には全く正しいこと。その層に響くコンテンツとして健康情報や「どのように死ぬか」と同列に「右傾コンテンツ」があるのも、やはりマーケットとして有望だからだ。
売ることを優先した右傾コンテンツには容赦がない。古くからある保守⾔論本ならまだしも、粗製乱造されたネット右翼本はエビデンスに乏しく、「あなたたちが懐かしく思っている美しいニッポンが失われたのは、戦後のGHQ統治下で「作られた憲法」や、中韓による「歴史の改変」のせいである!ニッポンは失われたのではなく「奪われ捻じ曲げられた」のだ!」といった論調で読者の喪失感を被害者感情に昇華することで、⼤きなマーケットを⽣んできた。
「どうしてこんな事になってしまったのだろう」と喪失感に沈むことより、視野に明確な敵の像を結んで被害者意識をぶちまけさせたほうが、⼈の快楽原則には忠実だからだ。