2020年、インターネットで「自粛警察」という言葉がはやりました。それをきっかけに、「日本は同調圧力が凄い」という議論が盛り上がりました。「同調圧力」をテーマにした本もベストセラーになっています。
私のところにも、ある雑誌から「同調圧力」の特集に原稿を書いてほしい、という依頼が舞いこんできました。この特集の「主旨」には、「世界と比べて日本社会における同調圧力は凄まじい」と記されていました。「私が原稿を書くと、企画の主旨と正面衝突してしまいますが……」と申し上げたところ、原稿の依頼は取り下げられました。
インターネットでも「日本は同調圧力が凄い」と盛んに論じられていますが、はたして、それは本当のことなのでしょうか?
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根拠はあるのか?
「日本は同調圧力が凄い」という議論をみると、証拠らしい証拠はあげられていないことがわかります。
「自粛警察」の例としてよく言われるのは、たとえば、店舗のシャッターに「オミセシメロ」という貼り紙がされたとか、県外ナンバーの車が嫌がらせを受けたとかいった話です。いずれも、日本のエピソードです。しかし、「日本は同調圧力が凄い」と言うためには、当然のことながら、外国と比べてみる必要があります。ところが、その国際比較をしていないのです。
「日本の自粛警察の例はいくつも思い浮かぶけど、外国の例はひとつも思い浮かばない」かもしれませんが、それは証拠にはなりません。毎日、日本のテレビや日本語のサイトを見ている人なら、日本のエピソードはたくさん目にしても、外国のエピソードは、あまり目にする機会がないでしょう。「記憶に残っているのは、日本のエピソードばかり」ということになっても、不思議はないのです。
それでも、注意していれば、日本語のサイトでも、外国のエピソードが目にとまることもあります。たとえば、アメリカでは、「コロナは政府の陰謀だ」と信じて、マスクの着用義務を非難していた男性が、新型コロナウィルスに感染し、病床で鼻からチューブを挿入されている動画を公開したところ、「治療を受けるなという脅迫も届いている」そうです(https://finders.me/articles.php?id=2545)。
「日本は同調圧力が凄い」のなら、「こういうエピソードは、日本のほうが圧倒的に多い」はずですが、はたして、そうなのでしょうか?
それを確かめるためには、何が「同調圧力」にあたるのかをきちんと定義した上で、たとえば、日本のサイトとアメリカのサイトを沢山、ランダムに選び、「同調圧力」にあたる言説の数をかぞえてみる必要があります。しかし、巷の論議には、そんな数字が出てくることはありません。ただ日本のエピソードを並べたてているだけです。
きちんとした比較をせずに日本のことだけを云々するというのは、昔からの日本人論の通弊で、1980年代から批判されつづけてきたのですが、いまだに変わっていないようです。