「学問的な批判」は、いかにして「誹謗中傷」「いじめ」に堕すか? 研究者たちの経験から見えること

「学問の自由」と「社会正義」の衝突

2020年8月、筆者は、世界的に有名な言語学者・認知科学者であるスティーブン・ピンカーに対して、彼をアメリカ言語学会の要職の立場から除名することを請願する公開書簡が発表された事件について紹介する記事、およびその背景にある「キャンセル・カルチャー」について解説する記事を本サイトに寄稿した(〈「世界的知性」スティーブン・ピンカーが、米国「リベラル」から嫌われる理由〉、〈一つの「失言」で発言の場を奪われる…「キャンセルカルチャー」の危うい実態〉)。

「キャンセル・カルチャー」とはさまざまな意味合いを含む曖昧な言葉であるが、上述の記事では「著名人の過去の言動やSNSの投稿を掘りかえして批判を行い、本人に謝罪を求めたり地位や権威を剥奪するように本人の所属機関に要求したりするような振る舞い」と定義している。当時、「キャンセル・カルチャー」という言葉は本邦ではまだ一般的ではなかった。しかし、その後、この言葉は日本にも急速に普及していったようである。

本稿で紹介するのは、この度みすず書房から出版される、科学史・医学史を専門とする歴史学者アリス・ドレガーの著書『ガリレオの中指――科学的研究とポリティクスが衝突するとき』だ。本書は、現代における学問の自由、学問と社会正義活動の衝突というトピックについて考えるためには必読の文献となるだろう。

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なお、英語圏で「キャンセル・カルチャー」という単語が知名度を得たのは2019年頃からであるために、2015年に出版された原著ではこの単語は使われていない。しかし、日本語版の序文でドレガー自身が指摘しているように、『ガリレオの中指』で取り上げられている事態は、現在であれば確実にキャンセル・カルチャーと呼ばれていたようなものだ。

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