『黎明卿』こと新しきボンドルド。
彼のコーチングには度し難い魅力がある。
本記事を読むことで共に夜明けを見届けるのだ。
黎明卿の眩しさ
探窟家達の頂点にして、ヒトの限界を超えてアビスに挑む鉄人。それが我らが英雄「白笛」である。その中でも最も人気なのが『黎明卿』こと新しきボンドルドだ。
不可侵のルートを開拓。深層でも活動できる拠点を確保し、停滞していた探窟技術を二つ飛びで推し進めた。2020年1月に公開された彼が主役の映画は、大ヒットしたことで上映劇場が追加され、4DXとMX4Dの上映もされるに至った。レーティングが【R15+】だというのに。
劇場版「メイドインアビス 深き魂の黎明」を上映される劇場は、2月28日(金)から広がります。
— アニメ「メイドインアビス」公式 (@miabyss_anime) February 27, 2020
ただ、どんなにキラキラした瞳で見つめられても、14歳以下のお子様にはご覧いただけないのが残念です。https://t.co/IYQc3iHp48 #miabyss pic.twitter.com/Ye3S9WMd1r
なぜ人はボンドルドに惹かれるのか。それは彼に「理想の上司」を見出すためであると考える。ボンドルドは明確なビジョンを掲げ、メンバーのモチベーションとスキルを高め、チームでイノベーションを起こす。まさしく現代に求められているマネージャーの姿だ。
ボンドルドが持つ、人々を惹きつけるマネジメントスキルの本質とは何か。それはコーチングである。本記事ではコーチングの観点からボンドルドの言動を解き明かしていく。
深く理解する
協力者のレシーマがその若い命を散らした時、ボンドルドはこう言った。
おやおや レシーマが終わってしまいました
心優しい傑作の一つでした
将来の夢はお姫様だったんですよ
可愛いですね
この短いセリフの中にはコーチとしてのあるべき姿が映し出されている。相手を個人として認識し、その人の特性とキャリア観を把握している。ボンドルドは「メンバーへの関心」を持っているのだ。コーチはこれが無いと務まらない。コーチングはクライアントを理解するところから始めるのだから。
コーチングとは対話を通じて、クライアントの目標達成を支援するプロセスである。ゆえにコーチは知らなくてはいけない。スタート地点である「現状」。ゴールとなる「目標」。そして、何が「課題」となっているのかを。
ボンドルドは相手を知るために対話を重ねる。それはただの雑談ではない。彼は忙しい身でありながら1on1ミーティングを行い、じっくりと話し合うことで、チームのメンバーが何を考えているのか理解に務めている。
1on1ミーティングを提案すると、凡庸なマネージャーは「そんな時間は無い」と言いがちだが、メンバーと1対1で向き合って話すことは重要である。インテルの元CEOアンドリュー・グローブは著書『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』のミーティングの章において、真っ先に取り上げたのは1on1ミーティングだった。
インテルでは1on1ミーティングをただの情報共有でなく、重要な問題を深く掘り下げるために行っている。そうすることでマネージャーは効果的なスキルやノウハウを伝授でき、部下は関心事や心配事を詳しく伝えることができるのだ。そのためグローブはミーティングの頻度は習熟度に合わせて変えればいいが、1回に最低1時間は続けるべきだと述べた。それだけの時間を割いたとしても、それで部下の仕事の質が上がるのであれば、1on1ミーティングのテコ作用は明らかに大きいと。
ちなみにグローブは家庭でも1on1ミーティングは有効であると述べ、10代の娘達と話し合う時間を設けている。おそらくボンドルドもそうなのだろう。これは"娘" のプルシュカがコーチングスキルを活用していたことから想像できる。
プルシュカはリコと対話を行い、リコの欲求を言語化することで、彼女の無意識を顕在化させた。これによってリコは自分の求めるものを自覚し、前へ進むモチベーションが高まった。まさしくプルシュカはコーチングを行ったのだ。
このようにコーチングは相手を理解するところから始める。そのために重要なのは、相手に心を開いてもらうことだ。だからコーチは相手に敬意を払い、信頼を勝ち取らなくてはいけない。
敬意と信頼
ボンドルドは白笛であり、探窟家として絶対的な地位に君臨している。しかし彼の物腰は常に丁寧で、相手が子供であろうともそれは変わらない。敬意を持って接するのだ。そしてメンバーとの間に信頼関係を築き上げる。
コーチングは自発的な行動を求める。だからメンバーが何を求めているのか知るために質問を重ねるのだ。しかし、そこに信頼関係が無かったらどうだろうか。相手は口を閉ざし、心の中を見せてはくれない。
だからコーチは相手の理解に務めると同時に、信頼関係の構築にも力を注ぐ。では、どうしたら相手から信頼してもらえるのだろうか。それには、先に自分が信頼していることを示すことが有効だ。「欲するならば、まず与えよ」である。
これの良いお手本となるのが、ボンドルドとプルシュカの会話だ。ボンドルドは娘の前であるにも関わらず、自分一人では明日を見れないと、弱音を吐いていた。
一見するとただの情けない父親だ。しかし、信頼という観点からするとこれは素晴らしい。率直に自分の弱みを語り、心の内を見せている。
カーネギーメロン大学のデニス・M・ルソーらの論文では、信頼を「相手の行動へのポジティブな期待に基づいて、進んで自分の脆さを受け入れようとする心理的状態」と定義している*1。ボンドルドは一人では達成できないことを受け入れ、プルシュカが助けてくれることを信じている。まさにルソーの定義そのものだ。
付け加えるならば、上記会話の続きもまた素晴らしい。
「共に」である。ボンドルドの言葉は上から目線ではなく、対等な立場から発せられる。コーチングは相手の横に並び立ち、支援する行為だ。決して上から引っ張り上げるものではない*2。
このようにして信頼関係を構築できれば、メンバーと上っ面ではない深いコミュニケーションを取ることができ、コーチとしてのアドバイスが届くようになる。また、信頼関係を基礎とした安心感を与えることができれば、人は挑戦することを恐れなくなり、成長の階段を上り始めることができる。
だが、上を目指すことが困難であるのは、アビスに限った話ではない。人は試練が続くと目標を見失いがちで、やる気も失ってしまう。これを回避するためには、進むべき道を照らす光が必要だ。それはコーチによるフィードバックである。
フィードバックという光
最も大変なのは「続けること」であると、ボンドルドは娘に言った。なぜ続けることが大変なのだろうか。
人は上を目指そうと必死になるほどに視野は狭くなり、次第に自分が前に進んでいるのかさえ分からなくなる。それは深界五層の上昇負荷に通じるものがある。上がる過程で自分を見失ってしまうのだ。
こうなると自分の目指していた場所は分からなくなり、無力感からモチベーション低下する。そうして続けることができなくなってしまうのだ。
だが本人が認識できていない状況を、正確に把握できる存在がいる。それはコーチだ。「岡目八目」という言葉があるように、第三者には当事者よりもかえって物事の真相や得失がよくわかるものである。だからコーチは相手の行動や成長に対してフィードバックすることで、進むべき方向をナビゲートするのだ。
フィードバックの中でも有効なのは「褒める」ことである。正しい方向に進んだ時、成長した時にコーチは褒める。「素晴らしい」と。
また、単に褒めるだけでなく、「相手のことをきちんと見ている」ことを伝える
このようにフィードバックを行うためには、日頃から相手を注意深く観察している必要がある。そうしなければ変化にすぐ気がつくことはできない。
今「すぐ気がつく」と強調して書いたが、この「すぐ」が大切だ。フィードバックはタイミングが命だ。変化に気がついたら即座にフィードバックを返してやる必要がある。
フィードバックのタイミングについて、財務会計ソフト大手のインテュイット社の創業者スコット・クックは「コーチは瞬間を捉えてコーチする」と言っている。そのほうが的を得た、偽りの無いフィードバックを与えられるから、と。
だからボンドルドはフィードバックを即座に行う。例え戦闘中であったとしても、相手が素晴らしい行動をとったのであれば、その場で伝える。モタモタしていては伝え損なうことを分かっているのだ。
このようにしてコーチはフィードバックを使って目標へとナビゲートする。ではコーチングはどこまでやったら完了と言えるのだろうか。相手が目標を達成したら? だが目標を達成したら新たな目標ができる。これでは終わりが無い。
目標はあくまでも目標にすぎない。コーチが目指すべきは、相手が自分で考え進めるようになること。つまり自走状態を作ることにある。
最強のチーム
ボンドルドが褒める対象は能力の高さだけではない。彼は自ら考え行動する者を称賛する。
なぜ自分で考えることを求めるのか。それは自ら考え行動し、成長する者こそ成果を出せるからだ。それはチームをまとめるボンドルドの成果が増えることを意味する。
ここでもう一度アンドリュー・グローブに登場してもらおう。彼はマネージャーのアウトプットを以下のように定義した。
平たく言えばマネージャーのアウトプットとは、チームのアウトプットである。そして、チームのアウトプットとは、各メンバーのアウトプットによって決まる。ゆえにマネージャーの仕事とは、メンバーのアウトプットを増加させること他ならないのだ。
加えてボンドルドほど自走できる者の重要性を感じている探窟家はいないだろう。彼は特級遺物『
しかしそれができるからこそ自分の言いなりの限界が分かっており、逆に自分で考えられる者の価値を誰よりも理解しているのではないか。それに精神隷属器は階層を跨ぎすぎると不都合が生じる。だからボンドルドは自分で考え行動する者を称賛し、欲するのだ。
コーチングした相手が自分を超えて先へと進む。コーチ冥利に尽きるとはこのことだろう。
終わりに
このようにボンドルドのコーチングスキルは特級である。これを獲得すればあなたも理想の上司となり、チームで夜明けを見ることができるだろう。
しかしこれは簡単な話ではない。チームのメンバーそれぞれに目を配り、現状と目標を把握する。望んだ方向を進むよう見守り、的確にフィードバックを返す。とてもマメで地道な行為だ。どうしたらできるだろうか。
ボンドルドはその答えも示している。
存在を丸ごと受け入れ、一人ひとりを心から大切に扱う。それが彼の強さの本質なのだ。
参考書籍
本記事を書く上で参考にした本。
新版 コーチングの基本
ビジネス向けのコーチングの基礎を解説した本。コーチングとは何か、どのように行われるかを、理論と事例の両方から説明する。やはり初心者向けに書かれた体系的な本を1冊読むと、理解力が増す。
HIGH OUTPUT MANAGEMENT
本文中でも紹介したアンドリュー・グローブがマネジメントについて書いた本。製造業を運営する上で基本的なことが中学生でもわかるように書いてある。名著と言われるのも当然で、製造業なら新入社員研修で読ませるべきでないかと思う。もちろん他の業種でも参考になる。
1兆ドルコーチ
AppleやGoogleなど、シリコンバレーのテック業界でアドバイザーをやっていたビル・キャンベルのコーチング術を解説した本。エピソード重視の構成なので、コーチングを学ぶつもりで読むなら、『コーチングの基本』のような本を先に読んでからの方がいい。
ちなみに本記事を書いたきっかけは本書である。読んでいてボンドルドが頭に浮かんで仕方なかったのだ。
メイドインアビス
ボンドルドが活躍するのは4巻と5巻。
マネジメント関係の記事
*1:Not So Different After All: A Cross-discipline View of Trust
*2:これをやると上昇負荷でダメになる。