マツ綱(マツこう、Pinopsida)は現生裸子植物を構成するの1つであり、グネツム類 Gnetidaeマツ類 Pinidaeヒノキ類 Cupressidae の3群[注釈 1]からなる単系統群である[2]。このうちグネツム類とマツ類が姉妹群であり、それをまとめたクレードとヒノキ類が姉妹群をなす[2]。また、ヒノキ類とマツ類は球果を形成するため、球果植物(球果類、針葉樹類、Coniferae)と呼ばれた[3][4]。現在ではこの2群をまとめた分類群は側系統と考えられており、針葉樹類をグネツム類も含む単系統群(=マツ綱)に拡張して扱う考えもある[5]

マツ綱
Pinus sylvestris Ephedra distachya
地質時代
前期石炭紀 - ペルム紀(コルダイテス類)
後期石炭紀 - ジュラ紀(ボルチア類)
後期ペルム紀 - 現代(グネツム類)
三畳紀 - 現代(現生球果類)[1]
分類Yang et al. (2022)
: 植物界 Plantae
: 維管束植物Tracheophyta
階級なし : 種子植物 Spermatophyta
亜門 : 現生裸子植物 Pinophytina
(Acrogymnospermae)
: マツ綱 Pinopsida
学名
Pinopsida Burnett

学名と範囲

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Pinopsida という分類群名はマツ属 Pinus L. (1753)タイプ属とするである[6]特徴名 (descriptive name) である Coniferae に対し、この学名 Pinopsida は自動的にタイプ指定される学名である[6]Pinus L. (1753) をタイプとする綱はほかに、Pinatae Cronquist, Takhtajan & W. Zimmermann (1966)Pinoideae Bessey (1907) などの学名が命名されている[7]

元々マツ綱(球果綱)Pinopsida という分類群名は、マツ科とヒノキ科を含むがグネツム類を含まない分類群(側系統群)に対して用いられていた[8]

系統関係

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以下は Yang et al. (2022) に基づく現生裸子植物 Pinophytina (=Acrogymnospermae) の系統樹である。イヌガヤ属 Cephalotaxus はイチイ科に内包されることも多いが[9]、本項では単型科イヌガヤ科 Cephalotaxaceae としてイチイ科から分離され、イチイ科の姉妹群とする Yang et al. (2022) の扱いを踏襲する。

現生裸子植物
ソテツ類

ソテツ目 Cycadales

Cycadopsida
イチョウ類

イチョウ目 Ginkgoales

Ginkgopsida
マツ綱
グネツム類

マオウ科 Ephedraceae

ウェルウィッチア科 Welwitschiaceae

グネツム科 Gnetaceae

Gnetidae
マツ類

マツ目 Pinales

Pinidae
ヒノキ類
ヒノキ目

コウヤマキ科 Sciadopityaceae

ヒノキ科 Cupressaceae

イチイ科 Taxaceae

イヌガヤ科 Cephalotaxaceae

Cupressales
ナンヨウスギ目

ナンヨウスギ科 Araucariaceae

マキ科 Podocarpaceae

Araucariales
従来の "針葉樹類"
"Coniferae"
Cupressidae
Pinopsida
Pinophytina

化石植物を含む系統解析においては、雌性胞子嚢穂の形態から、ボルチア類を現生針葉樹類の姉妹群であると考え、マツ綱に含むことも多かった[10][11]。ただし、分子系統樹に基づく補正を行った最近の結果では、現生裸子植物の姉妹群となる結果も得られている[12]。また、マツ綱の系統に位置する場合でも、ボルチア類は単系統群ではなく側系統群となる結果が得られている[13]

化石球果植物にはパリシア科 Palissyaceae[10]が知られ、マツ綱内の独立した目 Palissyales Doweld (2001) として扱われる[14]ケイロレピディア科[15][16][17](ケイロレピス科[18][19][注釈 2] Cheirolepidaceae も球果植物であると考えられており、針葉樹目 Coniferales に置かれることも[20]ボルチア綱 Voltziopsida Doweld, 2001 内の独自の目 Cheirolepidiales J.M.Anderson & H.M.Anderson, 2007 または Hirmeriellales Doweld, 2001 に置かれることもある[21][注釈 4]

形態

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球果植物(針葉樹類)とグネツム類では、大きく形態が異なる。

多胚形成

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マツ綱では、受精卵の最初の数回の遊離核分裂において、遊離核のそれぞれがとして発生を始め、1つの受精卵から前胚(ぜんはい、proembryo)と呼ばれる複数の胚が形成される[22][注釈 5]。これを多胚形成と呼ぶ[24][25]。これらの胚は配偶体の基部方向に伸長して先端に細胞塊を形成し、その中に茎頂端幹細胞が形成される[22]。前胚は互いに独立して競争的に成長し、最終的にはそのうち1つが胚となる[22][24]

雌性胞子嚢穂

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マツ綱の雌性胞子嚢穂(大胞子嚢穂)の形態は多様化しており[26]マツ目ヒノキ科コウヤマキ科ナンヨウスギ科など(針葉樹類)では苞鱗種鱗複合体を持つ雌性胞子嚢穂(雌性球果)を形成するのに対し[27]、ヒノキ目のマキ科イチイ科グネツム類ではの葉腋に胚珠と小苞からなる枝を形成する[28]

グネツム類では胚珠の珠皮が周りの小苞より長く胚珠から伸びだし、珠孔管を形成するという形質を共有する[28][29]。針葉樹類の雌性球果やグネツム類の雌性胞子嚢穂は化石裸子植物であるボルチア類の持つ雌性胞子嚢穂が変化して形成されたものであると考えられている[26]

受精

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マツ綱では、精子花粉管によって卵に輸送される花粉管受精(かふんかんじゅせい、siphonogamy)を行う[30][31]。これは被子植物とは独立に獲得されたと考えられている[30]。グネツム類のグネツム属マオウ属 Ephedraマツ類ヒノキ類では1つの雄性配偶体は卵と癒合して胚を形成するが、もう1つは胚溝細胞と融合するもののそのまま数回分裂して消失する[30][32]。そのため、被子植物の重複受精とは異なり、栄養組織は形成されない[33]

下位分類

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Yang et al. (2022) に基づくマツ綱のまでの下位分類を示す。

各クレードの分類階級は用いる分類体系によって様々である。例えば、グネツム類は3科を合わせて1つの目とされることも[9]、逆にマツ綱から独立させ1つの綱[34]や門[35]とされることも多かった。また、長谷部 (2020) では、ヒノキ目はナンヨウスギ目も含む(ヒノキ類を指す)分類群として扱われている[5]

マツ綱 Pinopsida Burnett

脚注

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注釈

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  1. ^ Yang et al. (2022) ではこれらの分類階級は亜綱に置かれる。
  2. ^ タイプ属は Cheirolepidium であるが、これを音写した科の和名はない。
  3. ^ Cheirolepis をタイプとする CheirolepidaceaeCheirolepis Schenk.Cheirolepis Boiss. (1849) の後参ホモニムであるため非合法名で、Cheirolepidiaceae Turutanova-Ketova, 1963 が有効である[21]
  4. ^ なお、学名には諸説あり、ケイロレピディア科 Cheirolepidaceae のタイプ属 Cheirolepis Schimp. (1870)キク科の現生属 Cheirolepis Boiss. (1849) の後参ホモニム(命名法上。分類学上は Centaurea L. 内の節名として用いられる。)であるため、タハタジャンBrachyphyllum muensteri Schenk. をタイプとして新属 Cheirolepidium Takht. (1957) を設立した。しかし、Doweld (2020) によると、Cheirolepidium müensteri (Schenk.) Takht. (1957)ICN (2018:Art. 41.5) に基づき、バシオニム Brachyphyllum muensteri Schenk.への直接かつ完全な言及を欠いているため、置換名としては有効に発表されたとみなすことができない[注釈 3]。そのうえで、Doweld (2020) は先取権のある Hirmeriella Hörhammer (1933) を使うべきだと主張し、Hirmeriellales 目の Hirmeriellaceae 科に分類している。それとは別に動物にも同名のケイロレピス Cheirolepisケイロレピス科 Cheirolepidae)が存在するが、こちらは別々の命名規約に準拠するため問題ない。
  5. ^ なお、セコイア属 Sequoiaでは遊離核分裂は起こらない[23]

出典

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  1. ^ McLoughlin 2020, pp. 476–500.
  2. ^ a b Yang et al. 2022, pp. 340–350.
  3. ^ 田村・堀田 1974, p. 207.
  4. ^ 西田 2017, p. 204.
  5. ^ a b 長谷部 2020, p. 199.
  6. ^ a b ICN 2018. Art. 16.1.
  7. ^ Cronquist, Takhtajan & Zimmermann 1966, pp. 129–134.
  8. ^ 西田 2017, pp. 297–298.
  9. ^ a b Christopher J. Earle. “Gymnosperms”. The Gymnosperm Database. 2023年6月29日閲覧。
  10. ^ a b 西田 2017, p. 297.
  11. ^ Zimmermann 1959, p. 426.
  12. ^ Shi et al. 2021, pp. 223–226.
  13. ^ Andruchow-Colombo et al. 2023, pp. boad027.
  14. ^ Pattemore & Rozefelds 2019, pp. 181–214.
  15. ^ 矢部・柴田 2011, pp. 77–88.
  16. ^ ルグラン・西田 2017, pp. 61–67.
  17. ^ ルグラン 2022, p. 42.
  18. ^ 巌佐ほか 2013, p. 1644.
  19. ^ 西田 2017, p. 206.
  20. ^ Escapa & Leslie 2017, pp. 322–334.
  21. ^ a b Doweld 2020, pp. 1092–1098.
  22. ^ a b c 長谷部 2020, p. 208.
  23. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 482.
  24. ^ a b ギフォード & フォスター 2002, p. 444.
  25. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 450.
  26. ^ a b 長谷部 2020, p. 201.
  27. ^ 長谷部 2020, p. 200.
  28. ^ a b 長谷部 2020, p. 203.
  29. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 474.
  30. ^ a b c 長谷部 2020, p. 206.
  31. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 339.
  32. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 471.
  33. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 472.
  34. ^ 西田 2017, p. 298.
  35. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 457.
  36. ^ a b 河原 2014, pp. 15–22.
  37. ^ a b 小林 1966, pp. 107–131.
  38. ^ a b c d e f g 清水 1990, pp. 25–30.
  39. ^ a b c d e f g 磯田 2010, pp. 1–2.

参考文献

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外部リンク

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