柱島泊地
柱島泊地(はしらじまはくち)は、広島県呉港の近く、広島湾内にある柱島(山口県岩国市)の南西沖合に設けられていた大日本帝国海軍の艦艇停泊地である。
概要
編集泊地の位置は柱島[1]南西の沖合、周防大島と柱島諸島に囲まれた海域である。特に範囲が決められてはいなかったが、柱島の南西沖合北緯33度58分40秒東経132度24分5秒[2]に旗艦ブイが置かれていたことから、そこを中心とする認識があったと思われる。
泊地(安芸灘)から艦艇の出撃には、諸島水道(情島の東側)を通り[3]、南の伊予灘へ抜けた。
現在の自衛隊訓令における呉周辺の船舶定係港は「江田内:津久茂山山頂から250度に引いた線及び陸岸により囲まれた海面」とされており、この柱島泊地は含まれない[4]。
関連項目
編集- 陸奥 (戦艦) (1943年、同泊地に停泊中に爆沈した)
脚注
編集- ^ 柱島そのものが泊地だったわけではない。
- ^ 「柱島沖に眠る戦艦『陸奥』をマルチビーム測深機で捉える」 海上保安庁第六管区海上保安本部(2007/04/24)
- ^ 狭隘であるが水深があるため用いられた。
- ^ 海上自衛隊の使用する船舶の定係港を定める訓令