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Bitcoinは当世のチューリップか、近未来のグローバル貨幣か(上)

楠正憲国際大学Glocom 客員研究員
チューリップ 著作者:BONGURI CC BY-ND

MtGOXの取引所閉鎖を受けて日本ではBitcoinの将来に対する悲観論が高まっている。ところが他の取引所をみると対USDでみたBitcoin相場は閉鎖した25日午後3時過ぎには底を打って堅調に推移している。この現実をどう受け止めるべきだろうか?Bitcoinは10年前に流行ったSecondLifeのLinden Dollarsのように細々と好事家の間で使われるのだろうか?それとも政府から独立したグローバル通貨としての地位を確立するのだろうか。

Bitcoinが財貨の交換に利用され始めた2010年ごろ、その将来に対して多くの識者は懐疑的だった。アンテナの高いエコノミストは2009年ごろから存在を認識していたし、欧州でBitcoinに対する関心が高まったのは2012年の末ごろだったようだ。日本でも2011年春頃に開発者を招いての講演会を予定していたが、東日本大震災で流れてしまったこともある。

DigiCashはじめインターネット・ネイティブな電子マネーは1990年代半ばから提唱されていたし、BitGoldやHashCashといったBitcoinの先祖もこの時代に考案された。MojoNationやWinnyといったP2Pシステムでは早くから利用者からの資源供出を促す仕組みとして疑似通貨を持っていた。SecondLifeはじめ様々なオンラインゲームの通貨が法定通貨と交換されることはReal Money TradeといってBitcoin以前からもあった。

BitcoinがRMTと異なるのは、RMTで交換されるゲーム内通貨の多くがゲーム運営者によって提供されており、特定のゲーム内でしか使えないのに対して、Bitcoinの運営は分散しており様々なツールを提供するオープンなエコシステムが形成されて、現実世界の決済に使われるようになったことだ。裏打ちとなる資産や運営主体の信用と切り離されたかたちで、電磁的価値が現実世界の決済に使われるようになった点は確かに新しい。あたかも通貨のような「一般的受容性」(次の誰かがそれを受け取ってくれるという期待の連鎖) をどうしてBitcoinが獲得したのか、そのことに対する好奇心がわたしをBitcoinに引き寄せ、これまで常識に照らして簡単に切り捨てることを躊躇う理由となっている。

現代の管理通貨は主権国家が法律で定めて中央銀行が発行を独占する、強制通用力を持った貨幣であり、その裏付けは国家権力であるとされている。こうした貨幣の有り様は実態としては大恐慌以降のことで、米国が金兌換を停止したニクソンショックで決定的となった比較的最近の考え方に過ぎない。それ以前は貨幣の裏付けは金準備と考えられていたし、さらに遡ると目的や身分に応じて金銀銅銭を使い分けたり、各藩が幕府とは別に藩札を発行していた時代もある。

貨幣が必ずしも権力と結びついているとは限らない。例えばソマリア北部のソマリランドでは国家の崩壊以降もソマリランド・シリングが使われ、政府が崩壊したことで印刷されなくなったためインフレが解消して却って物価が安定した例がある。日本でも昭和28年までは江戸時代に発行された寛永通宝が法定通貨として流通していたし、平安時代から皇朝十二銭を発行する技術力を持っていたにも関わらず、数百年に渡って輸入した宋銭が使われていた。

斯様に貨幣の在り方は歴史的に多様なのであって、数十年おきに通貨レジームは変わってきたのだから、これから時代の変化を受けて更に変わっても何らおかしくはない。Bitcoinの未来を占う上で、次の3点が重要と考えられる。

  • 決済手段としての競争力を持って経済圏を確立できるか
  • 国際秩序や主権国家と共存できるのか
  • 技術的・経済的に持続可能なのか

決済手段としての競争力を持って経済圏を確立できるかについて、違法マーケットプレイスSilkroadの摘発でBitcoinの知名度が上がったことからも分かるように、Bitcoinが狭い世界であれ一般的受容性を獲得した背景には、他の決済手段よりもBitcoinを使うメリットの大きい需要があったからだ。それはSilkroadを使った米国内での違法ドラッグ取引や、中国から海外への外貨の持ち出しであったと考えられる。しかしながら脱法的な利用ばかりでは規制とのいたちごっこが続くし、健全で安定的な決済需要を担保できるかどうか疑わしい。もっとシンプルにグローバルで使えてハンドリングコストが安い決済手段として、闇ドルや弱い通貨を置き換えていかない限り安定した流通や正統性には限界がある。

次に国際秩序や主権国家との関係だが、犯罪に利用され得るからといって対立構図とは限らない。中央銀行が発行して市中で流通している現金通貨もBitcoinと同様に匿名で犯罪に利用できるからだ。通貨危機でBitcoinへの資金逃避が起こったキプロスでは、中央銀行総裁がBitcoinは合法であると言い切った。そもそも当初は暗号屋のおもちゃで多くの人が懐疑的だったBitcoinがメジャーと認識されたきっかけのひとつは、2013年3月に米財務省FinCENがBitcoin取引所をMoney Service Businessと規定したことが大きい。現在では中国・インドなど外国為替を規制している新興国はBitcoinを規制する方向にあるが、効果的には執行できていない。既に外国為替を自由化している先進国の間では、条件付きで容認する国が増えている。マクロ経済に大きな影響がなく、現金決済と比べて追跡性が高く、規制しようにも現実には法執行が難しいからだ。

最後に技術的・経済的な持続可能性だが、ここが実のところ不透明だ。これまでBitcoin経済も採掘技術も急速に進歩し続け、今のところエコシステムは健全に回っている。しかしながら責任を負った運営主体のないBitcoinエコシステムが危機に陥った際、それを支える責任を持った法的主体がない。将来にわたってBitcoin採掘が割に合わない作業となった場合、採掘者の撤退によってBitcoin決済が麻痺するリスクはある。採掘の難易度を下げれば採算を改善できるが、そうすると今度は乗っ取られるリスクが高まる。右肩上がりの成長が止まった場合には、今回よりも大きな危機が訪れることも考えられる。

こういった状況を踏まえて、Bitcoinはこれからも生き延びられるのだろうか?MtGOX事件をBitcoinが乗り越えられるかどうか占うためには、そもそも何故Bitcoinがここまで利用者や規制当局から受け入れられてきたかを踏まえて考える必要がありそうだ。(つづく)

国際大学Glocom 客員研究員

インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーなどを経て2017年からJapan Digital DesignのCTO。2011年から内閣官房 番号制度推進管理補佐官、政府CIO補佐官として番号制度を支える情報システムの構築に従事。福岡市 政策アドバイザー(ICT)、東京都 DXフェロー、東京大学 大学院非常勤講師、国際大学GLOCOM 客員研究員、OpenIDファウンデーションジャパン・代表理事、日本ブロックチェーン協会 アドバイザー、日本暗号資産取引業協会 理事、認定NPO法人フローレンス 理事などを兼任。FinTech、財政問題、サイバーセキュリティ、プライバシー等について執筆。

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