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教育ママとペットボトル
電車で移動中、向かいの座席から流暢な英語が聞こえてきた。
──最近、外国人多いもんな。
とその声がする方を見ると、英語を話しているのは日本人だった。
40歳くらいの女性で、隣には小学校低学年くらいの女の子が座っている。女の子は私立の小学校に通っているようだ。ちゃんとした制服と、帽子を被っている。
──教育ママの英語だったのか。
母親は女の子に英語で話しかけていて、見た目も教育ママっぽくて、なんだかリッチな雰囲気を感じさせる。
しかし、女の子は浮かない顔をしながら
「ねぇもうー英語やめて」
と結構大きな声で母親に叫んでいる。
親の心子知らず、とはこのことだ。
それでも母親は英語を止めない。今日は学校で何があったの?みたいなことを懲りずに英語で質問している。
女の子は相変わらず「英語やめて!日本語話して!」と拒絶していたが、さすがは教育ママ、食いぎみで英語を畳み掛ける。
Yesterday is history, Tomorrow's the mistery.
みたいな、よくわかんない英語をずっと。
すると、女の子が持っていたペットボトルを落としてしまい、コロコロと転がり、なんと向かい側に座っている僕の足元にやってきた。
僕は前屈みになりペットボトルを拾った。
顔を上げると、親子と目が合っているものの、親子は一歩も動く気配はなく座席に深く腰かけている。
──え、僕がそちらまで持っていくの?
真ん中で落ち合うとかでもなくて、100%僕の運動エネルギーに頼ってるってこと?
困惑しながらも座席を立ち、女の子にペットボトルを渡す。
女の子は俯いてただ受け取り、母親は6°くらいの会釈をするだけ。
いやいやいや、お母さんそこは
「Thank you」
って言ってくれればオチがついたのに!!
と思いながら僕は元の座席についた。
──お母さん、たぶん、英語より先に教えなきゃいけないことがあるはずだよ
僕は車窓からの景色を遠い目をしながら眺めた。
相変わらず車内には、流暢な英語が響いていた。