スコヴィルに代わる新しい辛さ指標の提案「辛味デシベル」
はじめに
辛い食品は常に一定の人気があり、近年ではSNSを通じて「激辛」食品の情報や実際に食べてみたレポートなどが出回っている。
このような傾向はもちろん食品開発、販売側にも認知されており、具体的にどれくらい辛いかの指標として、1912年にWilbur Scovilleによって考案されたスコヴィル値が主に用いられる。これはどれくらい辛いのかを定量的に示すとともに、既存製品と比較することで辛さをアピール、宣伝するために使われている。
しかし、スコヴィル値には、派手な数値のインパクトに押され、桁数が非常に大きくなってしまうほか、人間の感覚と合わないという大きな問題がある。そこで本記事では、スコヴィルに対して対数的変換を施し、辛味デシベルとして表すことを提案する。
前提
スコヴィル
スコヴィルは、1912年にWilbur Scovilleによって開発されたスコヴィル味覚テストによって求められる辛味の単位(Scoville heat units、SHU)である[1][2]。スコヴィル味覚テストは、以下の方法によって行われる。まず、テストしたい液体を用意し、複数人の人間の被験者に与える。辛味を感じた場合、砂糖水を混合して再び与える。これを辛味を感じなくなるまで繰り返す。最終的な倍率がスコヴィル値となる。
このようなテスト方法は、被験者の主観に頼っているという重大な問題点がある。そこで高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてカプサイシンの濃度を定量的に計測するジレット法が用いられる場合がある。ジレット法においてはカプサイシンの含有量をmg/kgで表し、その値に16を掛けた値をスコヴィル値としている。しかしこの方法では理論上の最大値である純粋なカプサイシンのスコヴィル値が16,000,000 SHUとなってしまい、感覚的にわかりにくいという問題点がある。
ヴェーバー‐フェヒナーの法則
ヴェーバーの法則は、Ernst Weberによって見出された精神物理学の経験則であり、感覚刺激の変化量は刺激の強度に比例するという法則である[3]。Gustav Fechnerはこれを発展させ、物理的な刺激の強度$${R}$$に対して感覚量$${E}$$は
$$
E=C\log{R}
$$
で表されることを導いた。ここで$${C}$$は定数であり、感覚量は物理刺激量の対数に比例することが言える。
この法則は音圧を対数尺度であるデシベル値で表すことの根拠として考えられている。
デシベル
ベルは比率を対数尺度で表した無次元量[4]である。ある比率$${r}$$をベルに変換すると
$$
L=\log_{10}{r}
$$
となる。実用上はこの値に10を掛けたデシベルが用いられることが多い。
デシベル自体は相対量だが、特定の基準値を設定することで、絶対量として考えることもできる。例えばデシベルで音圧を表現する場合、人間の最小可聴値であるとされていた20 mPaを基準値$${I_0}$$とすると、音圧$${I}$$ Paのデシベル値は
$$
L=10\log_{10}{\left(\frac{I}{I_0}\right)^2}=20\log_{10}{\frac{I}{I_0}}
$$
となる[5]。
提案
辛味は味覚ではないが痛覚の一種であり、ヴェーバー‐フェヒナーの法則が適用できる。よって、カプサイシン濃度に対する線形変換ではなく、対数尺度で表すほうが利便性が高いと考えられる。ここでは音圧と同じく、辛味をデシベルで表すことを考える。
基本的には、カプサイシンの含有量の常用対数を取って10を掛ければよい。しかしデシベルを絶対量として扱うためには基準が必要である。最も単純な基準は、辛味の最大値である、純粋なカプサイシンの辛味を使用することである。
従って提案する辛味デシベル値$${L}$$は、
$$
L=10\log_{10}{\frac{I}{I_0}}
$$
となる。ここで$${I}$$はHPLCで計測したカプサイシン含有量 [mg/kg]、$${I_0}$$は純粋なカプサイシンにおける含有量1,000,000 [mg/kg]である。
数値検証
実際に主要な辛味物質の辛味デシベルを計算し、比較検討を行う。数値データは[6]を用いる。なお、ここではカプサイシンの含有量はカプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ノルジヒドロカプサイシンのなどの濃度の合計である総カプサイシン量で表される。
以下はスコヴィル値と辛味デシベルの一覧である。総カプサイシンとスコヴィル値は[6]を引用し、辛味デシベルは総カプサイシンから求め、小数点以下を四捨五入している。
$$
\begin{array}{|c|c|c|c|} \hline
\text{例} &
\begin{matrix}
\text{総カプサイシン} \\ \text{濃度(mg/kg)}
\end{matrix} &
\begin{matrix}
\text{スコヴィル値} \\ \text{(SHU)}
\end{matrix} &
\begin{matrix}
\text{辛味デシベル} \\ \text{(dB)}
\end{matrix}
\\ \hline \hline
\text{ピーマンパウダー} & \text{< 1} & \text{0 to 10} & -\infty \text{ to -60} \\ \hline
\text{パプリカパウダー} & \text{5 to 30} & \text{100 to 500} & \text{-53 to -45} \\ \hline
\text{タバスコソース} & \text{100 to 300} & \text{1,600 to 5,000} & \text{-40 to -35} \\ \hline
\text{青ハラペーニョ(生)} & \text{最大500} & \text{2,500 to 8,000} & \text{最大 -33} \\ \hline
\text{サンバルソース} & \text{最大800} & \text{最大 15,000} & \text{最大 -31} \\ \hline
\text{チリパウダー} & \text{1,000 to 3,000} & \text{30,000 to 50,000} & \text{-30 to -25} \\ \hline
\text{純粋カプサイシン} & \text{1,000,000} & \text{16,000,000} & \text{0} \\ \hline
\end{array}
$$
スコヴィル値が$${10^7}$$のオーダーに達するのに対し、辛味デシベル値は、濃度が0の場合を除けば絶対値が50程度で収まることがわかる。また、パプリカパウダーとタバスコソースのレベル差である約10 dBは、タバスコソースとチリパウダーの差と同程度であり、これはスコヴィル値の差分で比較するよりも人間の感覚に即していると思われる。
また、スコヴィル値の高いいくつかの唐辛子でも計算を行う(値は[7]より引用、最大値を使用)。2024年時点で「最も辛い唐辛子」としてギネス世界記録[8]となっているペッパーXは最大2,693,000 SHUであり、これは約-7.74 dBに相当する。同じく有名なキャロライナ・リーパーは最大2,200,000 SHUであるため、辛味デシベルに変換すると約-8.62 dBとなる。スコヴィル値と比較すると、辛味デシベルは数値の爆発を抑制しながらこれらの唐辛子の飛び抜けた辛さを表現できている。
おわりに
本記事ではスコヴィル値に変わる新たな辛味指標、辛味デシベルを提案した。提案した指標により、辛味がより人間の感覚に沿って表すことができた。
問題点として値が負になっており、直感的ではない点が挙げられる。また実際に人間の被験者で感覚に沿っているのか実験を行うことが今後の課題となる。
参考文献
[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E5%80%A4
[2] https://en.wikipedia.org/wiki/Scoville_scale
[4] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%99%E3%83%AB
[5] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E5%9C%A7%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AB
[6] Bundesinstitut für Risikobewertung: Too Hot Isn't Healthy - Foods with Very High Capsaicin Concentrations can Damage Health, BfR Opinion No. 053/2011 (2011).
[7] https://pepperscale.com/hot-pepper-list/
[8] https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/hottest-chili
追記情報
(2025/1/14) 追加検証を追記