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完璧なゆで卵の作り方

完璧なゆで卵をつくるにはまず、卵黄と卵白の凝固温度を復習する必要があります。白身は63度から固化しはじめ、70度で黄身が固化します。つまり、63度以上70度以下の温度につけておけば温泉卵ができるというわけで、とろとろの半熟が好みなら70度以下の加熱にとどめ、やや固いのが好みなら中心部の温度を80度に近づけるようにすればいい、というわけ。

しかし、ゆで卵が難しいのは白身と黄身という二つの異なる凝固温度の物質を一度に求める温度まで加熱しなければいけないからです。正直、料理のなかで最もレシピが書きづらいのがゆで卵ではないでしょうか。

例えばレシピに「冷蔵庫から出したての卵を使いましょう」と書いたとします。しかし、冷蔵庫の庫内温度の設定はぞれぞれ。業務用の4℃かもしれませんし、家庭用の10℃かもしれません。卵の初期温度が違えば調理時間も当然変わってきます。さらに卵は一つ一つ形やサイズが異なるのです。

ゆで卵はしっかり火が通った(かといって固くなりすぎない)白身と目指す状態の黄身の仕上がりが命。もう一つの変数である加熱温度は沸点(100℃)付近で統一できるので100℃で加熱し、牛肉を完璧に焼き上げるように卵黄タンパク質の凝固や予熱などを計算にいれつつ、火を通していくことが、完璧なゆで卵作りの近道ということになります。

卵の茹で時間については1996年にUniversity of ExeterのCharles D. H. Williams博士が『ニューサイエンスティスト』に計算式を発表しています。(参考『The Science of Boiling an Egg』式についてのPDFは『Boiled an egg』)

この式はざっくりと理解すると卵を球形と仮定し、熱伝導の方程式をつくって、茹で時間を算出するもの。ゆで卵に関するあらゆる考察の土台になっています。台所で卵の重さを量るだけで茹で時間がわかるのは便利ですが、実際、黄身と白身の比率は様々のため正確な時間を算出できない、と疑う意見があります。
(参考 Blog khymos『Towards the perfect soft boiled egg』)
この式は卵の白身と黄身の比率が2:1と仮定していますが、たしかに実際には誤差があります。そこで登場するのがこの発表をベースに料理好きの物理学者ピーター・バーハムが整理した下記の式です。(参考『The Science of Cooking』Peter Barham 著 Springer)

こちらは使用している熱伝導方程式は同じですが、卵の直径から茹で時間を算出するもの。

この式さえあればノギスで直径を測り、関数電卓を叩くだけで、異なる大きさの卵を正確に茹でることができるのか? というのが今回の実験の趣旨です。
ちなみに電卓は嫌だ、という方はオスロ大学のSvein StølenとJohn Veddeがピーターバーハムの式を基にFlashアニメーションでシミュレーションを制作しています。(こちらは卵の円周で計算しているので測るのがやや面倒ですが)

早速実験していきましょう。卵A、B、C、Dを用意しました。卵の直径はそれぞれ

A=44.6mm
B=42.5mm
C=41.8mm
D=45.7mm

です。目標の卵黄の表面到達温度はそれぞれ

A=70℃
B=80℃
C=90℃
D=95℃

を目指します。茹でるお湯の温度は100℃、卵の初期温度は10℃です。卵の初期温度は冷蔵庫に入れておけば冷蔵庫の庫内温度と同じですから毎回計る必要はありません。計算すると

A=5.34=約5分20秒
B=5.95=約5分57秒
C=7.57=約7分34秒
D=11.183=約11分11秒

となりました。

卵は茹でる前にピンでお尻の部分に穴を開けておきます。穴を開けておくとここから二酸化炭素が抜け、殻を向く作業が容易になります。また、鮮度のいい卵ではなく、日数の経った卵を使うことがゆで卵の殻を簡単に剥くコツです。

心配であれば100℃の湯で10秒間茹でてから

氷水に浸し、それから本茹でに入ると殻が剥けやすくなります。100℃にさらされているのは短時間ですので影響をうける部分は白身の外側、最小限なので味や火の通し方に神経質になる必要はありません。

卵を茹でていきます。鍋の底に卵があたると割れる原因となるのでザルをかませています。

算出された時間にのっとり、順番に引き上げていきます。

A、Bを引き上げた状態。この状態でも卵の加熱は続き、理屈の上では表面温度70℃で引き上げた卵の内部温度は予熱によって3℃ほどあがります。ステーキの肉と同じです。

C、Dを引き上げました。このまま15分間置いて、予熱によって極力均一に加熱された状態を目指します。もちろん、氷水に浸ければ加熱をある程度止めることができ、内側がとろとろの半熟卵も簡単につくることができます。

スプーンの背で殻を叩いてヒビを入れてから

流水を殻と白身のあいだに入れるようにして殻を剥いていきます。

ゆで卵を半分にする時は糸を使うときれいに切れます。

出来上がり。左からABCDです。黄身の最終表面温度(白身と接している部分)がそれぞれ73℃、83℃、93℃、98℃で中心部にいくに従って低くなっていると推測すると納得できる断面です。目標70℃が5分20秒、80℃が5分57秒とこのあたりの茹で時間は微妙なことがわかります。

ちなみに黄身の表面温度70℃を目指し、茹で上がった直後に氷水で急冷した卵がこちら。黄身の表面部分は70℃を目指したとおりに表面部分だけが固まり、氷水で冷やされたことで中心部分は70℃以下なのでとろとろの液体状態というわけ。かなり正確な仕上がりではないでしょうか?

実験の結果、この式を使うことで安定して目指す状態の卵を茹でることができ、ピーターバーナムの式は有用であることがわかりました。バーナムの式を参考にすると茹で時間は直径の2乗に比例するため、40mmの卵は50mmの卵の6割の時間で茹で上がることがわかります。また、卵の初期温度の影響は卵の大きさよりも少なく、冷蔵庫から出したての10℃の卵は室温20℃の卵に比べて10%ほど加熱時間が長くかかるだけです。

実際には毎回、卵の直径を測ることは現実的ではありませんが、あまりにも大きさが異なる卵が混ざっている場合には計算してみるといいでしょう。あとは目指す仕上がりを考えて、卵を茹でるだけです。

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樋口直哉(TravelingFoodLab.)
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!
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