1990年代に始まった「ライオット・ガール」ムーブメントは、パンクミュージックで社会のジェンダー不平等に声を上げ、女性たちをエンパワーした。そのスピリットはどのように受け継がれ、進化していくのか。声を上げ続けるミュージシャンの春ねむりと翻訳家の野中モモに聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年1・2月合併号掲載)

──春さんは野中さんが翻訳したプッシー・ライオットのナージャ・トロコンニコワの著書『読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門』を愛読されているとか。
春ねむり「はい。フェミニストの友達にあげたこともあります。自分は最近ホワイトフェミニズム(※注1)の罪についてすごく考えていて。ナージャは西洋哲学に影響を受けながらも、ヨーロッパの中から出てきたものではない思想を持っているのではないかと思っていたのですが、やはりそうだった。世界はこういうふうに(多様性を内包しながら)取り組んでいけるよなって思えた。
あと『権力者を馬鹿にしてやれ!』って書いてあって。一方的にルールを押し付けられたときに反射でいいから“殴って逃げる”みたいな抵抗って、今までの自分にはなかったので、少しでもそういう行動をとっていったほうがいいよなと」
野中モモ「ナージャにしても春さんにしても実践が伴っているから言葉に説得力がありますよね。ナージャはいまどき珍しいくらい西洋哲学の伝統をしっかりと勉強している人。けれど、ベル・フックス(※注2)とかジェームズ・コーン(※注3)とかも読んでいて、白人中心主義を疑う視点を持っている。それでいて、頭でっかちになってはいけないということを忘れないところに私も心を打たれました。春さんはナージャと共演されてますよね?」
春「自分がSXSWに出た年にちょうどプッシー・ライオットも出ていて。昔カバーした『ポリス・ステイト』の動画をナージャが見てくれたらしく『一緒に歌う?』って誘ってくれました。“殴って逃げる”みたいなことをライブでもやってることがわかってすごくよかった。よく知らない人ともすぐにライブができてしまう柔軟さもありますよね」
野中「コレクティブであろうとする意識ですよね。プッシー・ライオットは『私はプッシー・ライオットです』と言えば誰でもなれるっていう考えでやっていて。そうやって時代の意識とチューニングするところがあるのが面白い。個人であろうとすると同時に、何か共有できる想いで結びつくことに希望を託すというか」
春「集合して『またね』と言える雰囲気がすごくいいですよね。固着化されたグループになるといろいろな問題が生まれてくると思うんですが、『これをどうにかしたいよね』というものがあるときに、どこからか集まってきてアクションをして『じゃあまたね』という感じで解散する」
──そういう思想を受け継ぐ、現代のライオット・ガールというと?
野中「そもそもライオット・ガールは全員が主役であって、誰か一人のスターがいて引っ張るというあり方を否定してきたので、名前を挙げるのは難しいですね……」
春「昔からFKAツイッグスがすごく好きなんですが、1月に出るアルバムのタイトルが『EUSEXUA』で芸術や音楽やセックスに感じる一瞬の超越感をテーマにしていて。チェコのアンダーグラウンドクラブシーンに影響を受けて作ったらしいので、踊ることと肉体の解放性を表現しているのではないかと解釈して、すごく楽しみにしています。
あと、この前一緒に全米ツアーを回ったアジア系アメリカ人のバンド、チャンパンは3人ともめっちゃアナーキー。家がない人を助けるNPO団体みたいな集まりでライブをしていたり『異性愛結婚を禁止しろ』と書かれた広告を街に張りまくっていて『好き!』って思いました」
──異性愛結婚というと春さんがタイのパイラと共作した新曲「Don’t make love vow」では婚姻制度に対する批判が歌われています
春「契約は世の中で安全保障的な良いものとして扱われていることが多いけれど『契約しないとヤバいよ』っていう強迫観念をつくっていると思う。婚姻制度はその象徴だし、男女といわれる人たち一対しか想定されていなくて、具体的に差別をはらんでいますよね。パイラはアナーキーな人なので『そういうテーマで曲を作ろう』と誘いました」
野中「結婚の制度自体が不公平なもので、単身者でも平気で生きていけるようにならないといけないと思う。ノンバイナリーなので“ガール”ではないですが、ニイマリコさんがやっているバンド、ルー・ガルーにはとても反骨精神を感じます。『ワンダーウォール』という曲に『ただ自分であるために/世界はあまりに過酷/俺は全然冷静じゃないさ』という歌詞があるのですが、混乱や危うい状態を歌ってもカタルシスがあるというのは音楽の良さですよね。
最近だとラッパーのダニー・ジンさんが『history 歴史』という曲で反虐殺を掲げ『どいつもこいつも歴史から学ばず/19のガキにこんなクソな事を歌わす』とラップしていて刺さりました。春さんが東京オリンピックのときにリリースした『Old Fashioned』も鮮烈でした。オリンピックに伴う再開発のためにコミュニティが破壊されてしまうことを苦々しく思っていたので、よくぞ言ってくれたなと」
春「ありがたいです。でも、腹が立つことがあって、物を壊すか曲を作るかだったら『曲を作るか』っていうことで、自分としてはゴミ出しと同じノリなんです。政治のことを曲にするのが普通になったらいいな」
野中「楽しくなったり癒やされたりするために音楽を聴いている人が多いんでしょうね。でも、ネガティブな感情が出てきて当たり前の世の中だと思うし、怒りをあらわにする形の癒やしもありますよね。英語圏ではそういう曲がもう少しメディアに取り上げられていますが」
春「曲を作る人が少ないのももちろんあるけど、やっぱり批評する人も少ないっていうのはあるんじゃないかな。政治的なスタンスを表明しないことすら政治的なわけだから、その政治性を見いだして批評することはたぶん可能なわけで。表現者も批評家もヌルっと隠蔽し合う構造をつくらないことが大事。
あとやっぱり、フェミニストたちは固まってラベリングされたくない人が多いから、空間を作ることが大事なのかなと思いました。吉祥寺のライブハウス『DAYDREAM』のフユコさんは、月1で講師を招いてメンタルヘルスの講座を開催しているんです。みんなが疑問に思うことを持ち寄って話せる安全な空間を作っているんですね。自分ができる範囲でしっかりと形にする活動をしている人はかっこいいなと思います」
野中「セーファースペースを作る形でライオット・ガール的なものを受け継いでいる人たちもいますよね。音楽活動を通じて自分を表現することを学び、自信をつけるよう促す活動が世界各地で行われていますが、日本でもマダムロスというバンドのメンバーなどが12月に『レディース・ロック・デイキャンプ』を開催しています。25年はそういう草の根活動がもっと広がってほしいですね」
※注1 ホワイト・フェミニズム…特に白人女性の視点からのみ語られ、多様な人種、性的指向、経済的背景、障害、移民など、異なる立場の女性が直面する問題を十分に考慮しないフェミニズムを指す。
※注2 ベル・フックス…フェミニズム理論家。著書『フェミニズム理論――周縁から中心へ』などで白人中産階級女性の問題のみをとりあげてきた主流フェミニズムを痛烈に批判した。
※注3 ジェームズ・コーン…神学者。著書『黒人神学とブラック・パワー』などで白人優越主義にひたる教会を批判し、人種差別に抗う「黒人神学」を提唱した。
性別や人種、国籍を問わず、ライオット・ガールのスピリットを受け継ぐ次世代のアーティストたち
FKAツイッグス
デビュー以来、実験的な音楽と高いヴィジュアルセンスで世界的な人気を誇るイギリス人アーティスト。2ndアルバム『MAGDALENE』では女性の二面性とパワフルさを描いた。最新アルバム『EUSEXUA』 を25年1月に発売予定。
チャンパン
NYを拠点とするアジア系アメリカ人バンド。10月にリリースした「election year」では政治への不信感や虚無感を歌った。
ナージャ・トロコンニコワ
反プーチン政権のゲリラパフォーマンスなどで知られるフェミニスト・パンク集団プッシー・ライオットの創立メンバー。
ルー・ガルー
ミュージシャンのニイマリコが立ち上げたバンド。10月に1stアルバム『暗野』をリリース。ダークでアンビエントなサウンドに静かに怒りをにじませる。
パイラ
人種差別的侮蔑にNOを突きつける楽曲「Yellow Fever」など、社会に問題提起する骨太な歌詞をポップミュージックに乗せるタイのシンガー・ソングライター。
ダニー・ジン
パレスチナと日本のミックスルーツを持つアーティスト。2023年にパレスチナ問題、平和についてラップした楽曲「WAR and DEATH」が話題に。
Photo:Wataru Hoshi Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Mariko Kimbara
Profile
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