今回「もし今20代のエンジニアだったらどんな会社を選ぶ？」というテーマをぶつけた相手は、チューリングの取締役CHRO・青木俊介さんだ。

完全自動運転の開発に取り組むチューリングの共同創業者。最先端の領域をけん引する青木さんからは「トレンドの技術に触れられる会社」「将来性のある事業」といった条件が出てくるに違いないと考えていた編集部。しかしその予想はまんまとはずれ、青木さんは全く違う会社選びの軸を口にした。

カーネギーメロン大学の研究グループを選んだ際のエピソードやMicrosoft Research時代に感じていたことを交えつつ、青木さんなりの「20代の会社選び」への考えを語ってもらった。

トレンドを追うよりも、自分より優れている人がいる会社を選ぶ

ーー青木さんは、もし自分が今「20代のエンジニア」だったら、どんな条件で会社選びをしますか？

まずは「自分の得意分野をしっかり伸ばせる環境があること」です。

エンジニアとしてのキャリアを良くするには「自分だけの強み」を作ることが大事ですが、この強みとは単なる技術力や知識量の話ではありません。周りと比べて明らかに抜きん出ている部分、いわゆる「Diff（差）」をどう作るか、そこがポイントです。

トレンドというのは魅力的に映りますし、流されそうになる気持ちも分かる。でもトレンドを追いかけているだけだと、周りと同じになってしまって肝心のDiffが作れない。自分が得意とする分野を見つけて、それを突き詰めることが大事なんです。

「みんながこっちに行ってるから」とか「周りがこうしてるから」っていうのは、あまり気にしない方がいい。それよりも「自分がどうスペシャルになっていくか」が大切ですし、僕自身今でもそれを意識しながらやっています。

ーー「自分の得意分野を伸ばせる環境」を探すためにはどうしたらいいのでしょう。

それが二つ目の条件につながるのですが、「自分の一目置いている人が認める会社を選ぶ」といいと思います。

まだ経験の浅いキャリアの初期段階では、自分にとってその環境がベストなのかを判断することが難しいことも多い。なので、大多数が良いと言っているものやトレンドではなく、自分が信頼できる人の考えにベットするのも悪くない選択じゃないですかね。

ーーそう考えるようになったのには、何かご自身の経験が影響しているのでしょうか？

カーネギーメロン大学（CMU）の研究グループを選んだときが、まさにそうでした。UCバークレーやプリンストンからもお声をいただいていたのですが、CMUに決めた理由が一つあるんです。

どの大学の研究グループに行くべきか悩んでいたとき、僕が当時「この人めちゃくちゃ輝いているな」と感じていた先輩に相談しに行きました。それまで一度も相談事を持ちかけたことはなかったのですが、彼の手掛ける研究や仕事へのスタンスを尊敬していたので、「この人ならどう考えるのか」気になって話してみたんです。

すると「この先生のグループだったら間違いないから、CMUに行ってこい」と太鼓判を押され、CMUに行くことを決めました。その先輩は「確実だ、間違いない」といった類いのことをあまり言わない方だったので、「この人がそこまで言うのなら間違いないだろう」と思えたんですよね。

軸を持たず、単に周りに流されるのは良くありません。ただ、自分が信じられる人の声に従ってみることは、自分が成長する大きなチャンスにつながると思います。

ーーでは、三つ目の条件を教えてください。

よく言われることかもしれませんが、「20代のうちに成長経験をどれだけ積めるか」は、やはり大切なことです。

ただ一口に「成長」といっても、いろいろな種類があります。僕が20代だったら目先の小さな成長より、将来的に「ホームラン」を打てる人になるための成長にこだわりたい。

そのためには、「自分より優れている点を持つ人を、周囲に何人置けるか」を重視すると思います。これが最後の条件ですね。

ーーなぜ周囲の「人」を重視した方がいいのでしょうか。

自分の基準が自然と引き上げられるからです。優れた人たちの行動や考え方に触れるだけで刺激になるし、自分に何がどれだけ足りないかを思い知らされる。これまでのキャリアを振り返ると、優れた人たちに囲まれていた時期ほど成長できたと感じます。

僕は一時期、中国のMicrosoft Researchで働いていたのですが、周囲の研究者たちのレベルがとにかく高く、努力の仕方も尋常ではありませんでした。

朝起きて寮を出た瞬間から、すでに「仕事モード全開」なんです。職場に向かいながら論文を読んだり、議論を始めたりするのは当たり前。昼休みでさえ、「昨日こんな実験を試したんだけど」「この仮説についてどう思う？」と、仕事の話題ばかり。そんな生活を、朝9時から夜9時まで6日間繰り返していました。

とにかく問題解決に対する執着心がもの凄く、一人一人が自分の研究分野に深く根ざした独自の視点を持っていて、何気ない会話でも「その発想はなかった」と思わされることが多くありました。彼らの姿に触発されて、自分のスキルを徹底的に磨こうと思い、目の前の研究に必死に向き合ったことを覚えています。

チューリングを始められたり、今こうして取材を受けたりできるようになったのは、決して「青木俊介」の能力が優れていたわけじゃなくて、そうした日々の積み重ねがあったからです。

会社の正体も「人」から探る

ーー会社を選ぶ上で、青木さんは「人」を重視しているんですね

そうですね。僕はこれまでのキャリアの選択を、全て「人ドリブン」でやってきました。

気になる会社や研究グループがあったら、まずは在籍している人のキャリアを片っ端から調べて、横並びにして眺めてみるんです。そうして「ああ、やっぱり凄いな」と思えるところに応募していました。

20代の皆さんも、自分が「こうなりたい」と思う人のブログや研究結果を調べて、「どういう環境にいればこの成果が出せるのだろう」か考えてみてください。「この人のキャリアのキーポイントはここだ」と分かったら、そこに似た環境を目指して行動すればいいんです。

ーー会社の事業内容やビジョンも気になりませんか？

全く気にならないと言ったらうそになりますが、外から見える事業内容やビジョンの裏側には、思わぬ利益構造や内部事情が隠れていることもあります。高いパフォーマンスを発揮している会社でも、実際には特定の人物がリソースを動かしているだけ、というケースも少なくありません。

それに僕は、法人とは実態のないものだと考えています。

例えばチューリングという会社は確かに存在していますが、別にオフィスがあることが会社の証明ではないし、事業内容やビジョンが証明になるわけでもない。

今この瞬間に、在籍しているエンジニアや社員たちの集合体として存在しているだけなんです。その集合体を選ぶ作業って、結構難しくないですか？

ーー「人」にフォーカスすることで、実態のない「法人」の解像度が高くなるということですね。

その人がずっと会社に残り続ける保証はないですが、同じような考え方やスキルを持つ人が集まる環境である確率は高いです。「会社を選ぶ」よりも「自分の理想に近い人を探す」方が現実的だと思いますね。

20代はゴールデンタイム。迷う時間がもったいない

ーーご自身の経験を振り返って、20代の頃の仕事ぶりについて後悔していることはありますか？

後悔というほどのものではないですけど、体力も気力もまだまだ十分ある20代のうちに「もっと全力で取り組んでおけば良かった」と感じることはたまにあります。

僕も20代のころMicrosoft ResearchやCMUにて、週末も含めて時間をほぼ仕事や研究に充てるなど、それなりにハードに働いていたつもりです。ただ今振り返ってみると、「いや、もっとやれたかもな」と思うこともあって。

ーー20代と30代では、やはり違うものですか？

全然違いますね。今も不可能ではないですが、次の日への影響や回復の遅さを実感することが増えました。

今僕は35歳ですが、つい先日アメリカのビッグテックとの打ち合わせに感化され、夜中3時くらいまで1人でRAGを作ったことがありました。その結果、翌日は思ったより疲れてしまって（笑）。Slackに「もう20代前半じゃないんだな」と書き込んだくらいです。

20代にしかできない働き方や集中力って、確実にあると思うんです。特にソフトウエアやAIの世界ではそれを強く感じます。

東大松尾研究所の松尾 豊先生もおっしゃっていましたが、AIのトッププレイヤーに40代や50代の人はほとんどいないんです。トップレベルでガリガリ開発を続けている人は、圧倒的に20代から30代前半に集中しています。

ーー脳のパフォーマンスを最大限発揮できる時期をどう過ごすかは、大切なことですね。

20代のうちに「やり切った」と思える経験をいくつ積み重ねられるかが、先述した「ホームランを打つ」につながるのだと思います。

失敗を恐れず、とにかく挑戦する。そうすればいつか自分の得意な分野が見つかり、そこで大きな成果を出す準備が整います。

だから僕から20代のエンジニアにアドバイスするなら、「迷ったら挑戦しろ」と伝えたいです。怖がらず、恥ずかしがらず、まずは一歩を踏み出して欲しいですね。

チューリング株式会社
共同創業者 取締役CHRO
青木俊介さん（@aoshun7）

米・カーネギーメロン大学 計算機工学科で博士号取得。米国では自動運転システムの開発・研究に従事し、サイバー信号機の開発や大手自動車メーカーの自動運転機能の開発に携わる。2021年より国立情報学研究所 助教として着任し、青木研究室を主宰。名古屋大学 客員准教授・JSTさきがけ研究員を兼任。MITテクノロジーレビュージャパンより35歳未満のイノベーターIU35に選出

撮影／赤松洋太　取材・文・編集／今中康達（編集部）