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Apple Payだけじゃない、海外で広がるモバイルウォレットの新しい潮流

2015年02月11日 16時00分更新

 “Apple Pay”が登場したことのひとつの功績は、それまで一般的とは言い難かった“携帯電話で店頭での支払いを行う”行為をメジャーな領域まで押し上げたことだ。日本では“おサイフケータイ”の名前で知られる非接触通信(NFC)を使った“モバイルウォレット”という仕組みだが、実のところ日本国外ではほとんど馴染みのないもので、ここ2〜3年でようやく一部地域で立ち上がり始めた状況だ。これまで筆者は世界各国の事例を見てきたが、NFCによる決済の利用率が比較的高い地域であっても、携帯電話を使う仕組みはそれほど利用されていない。

 その意味で、Apple Payの世界展開がスタートするとみられる2015年は、モバイル決済の業界において大きな転換点になると考えられる。Apple Payの現状と実際に現地でのフィールドテストの様子は、本記事末尾の関連記事などを参照してほしい。

 “携帯電話に決済情報を持たせ、店頭やオンラインでの支払いに利用する”という仕組みが広がりつつある一方で、モバイルウォレットの世界では新しい潮流が出現しつつある。

 現時点で一般的な名称はないものの、『インタラクティブ・ウォレット』、『スマート・ウォレット』などの名称で呼ばれることの多いそれは、クレジットカードと同じサイズを持つカード型のデバイスに複数のカード情報を載せ、適時切り替えて使うことが可能だ。1枚のカードを持ち歩くだけで済むうえ、持ち歩くカード情報には暗号化や認証の仕組みが施されており、仮に紛失や盗難に遭ってもカード情報の安全性は保たれるため、通常のカードを持ち歩くより利便性の面でも安全性の面でもメリットがあるというわけだ。

 こうしたソリューションを提供するスタートアップが過去1〜2年ほどで次々と出現しており、そのうちのいくつかが今年の2015 International CESに出展するなど、大きな話題を呼んでいた。今回、CESに出展していた話題のサービスについて紹介していく。

■スマホで磁気ストライプ方式のカード払いを可能にする『LoopPay』

 2013年末頃に一部メディアで報道されて話題になったものの、その後長らく大きな話題のなかった『LoopPay』。筆者も何度か取材を申し込んでみたものの返事はなく、結局CESで直接関係者と話すまで詳細が不明だった。

 当時公開されていたビデオでは、LoopPayのジャケットを装着したスマホを磁気カードの読み取り機に近付けると、ジャケットから無線による電波が出て“磁気方式のクレジットカードを読み取らせた”のと同じ効果が得られる仕組みが紹介されており(こうした取り引きは『MST』と呼ばれているようだ)、“NFCを用いずにスマホだけで従来のPOSやカード読み取り機で利用可能なサービス”という認識だった。

 だが、今回CESで話を聞いたところ、LoopPayはさらに大きいビジョンを持っているようだ。専用のウォレットアプリが用意され、これを使って複数のカードをスマートフォンにまとめることが可能になっている。クレジットカードやデビットカードだけでなく、店舗の会員カードやプリペイドカードも含まれ、すべてをアプリ上から一元管理できる。カードの実体はジャケットに搭載された専用チップ(セキュアエレメント)の中にあり、アプリはそれを管理する窓口となっている。また専用チップの入った部品はジャケットから取り外しが可能になっており、この部分だけを磁気カード読み取り機に近付けて決済を行なうこともできる。

↑CES Unveiledのスポンサードも行なっていた『LoopPay』のウォレットサービス。支払いに使うクレジットカードから、店舗の会員カードなどロイヤリティカードまでを1つの“モバイルウォレット”にまとめることが可能だ。カード番号だけでなく署名まで含めて記録できるため、物理カードを持ち歩く必要がない

 そのほか技術的特徴としては、クレジットカードの利用にあたって“トークン化(Tokenization)”に対応しており、本来のカード番号が隠蔽される。これは磁気カード読み取り機にも利用可能とみられ、スキミング等の効果を弱めることができる。現在、EMVのチップ付きカードやNFCによる非接触通信の支払いには対応していないようだが、説明によれば今後順次対応方法の検討を進めていくという。また、デモで紹介されていたのはiPhoneとサムスンのGALAXYだが、Android端末については個々に形状やサイズが異なるため、多くの製品ではジャケット装着が難しい。前述のように基幹となるセキュアエレメントとRF通信部はジャケットからは独立動作が可能なため、一部メジャーな製品を除いては、このような形で独立動作させるようになるだろう。

↑さらにLoopPayの最大の特徴として、iPhoneなどに装着するジャケットに専用のRF発信装置が取り付けられており、これをオンにした状態でカード読み取り機に近付けると“携帯電話で磁気カードでの支払いができる”点が差別化ポイントになっている。
↑カード情報を記録するセキュリティチップやRF発信装置はジャケットから取り外しが可能になっており、ジャケットとスマートフォンの間に“物理カード”を差し込んでおくことができる。免許証などの保管を目的としているようだ。また取り外したRF装置は独立して動作でき、写真のように単体でカード読み取り機に近付けて「磁気カードによる支払い」を行うことが可能。

 現在は米国でiPhone5/5s用のケースが59.95ドル(約7200円)で提供されており、2月9日以降にiPhone6/6Plus向けのものが用意されるという。仕組みそのものは磁気カードを保存しているだけなので、ほぼすべての既存のカードに対応。磁気カードリーダーも、基本的に市場に出回っているPOSや読み取り機では問題なく動作すると説明している。日本を含む海外でのサービス展開も検討しており、すでに日本国内でも複数のイシュアとの交渉を進めており、2015年中のサービスインを目標としているとのことだ。

■クレジットカードそのものをインテリジェント化する『Dynamics』

 スマホ連携を主眼にしたLoopPayに対し、Dynamicsのソリューションはカードそのものをインテリジェント化してしまうというユニークな仕組みだ。CES併設のDigital Experienceに出展していた同社ブースで見せてもらったデモでは、クレジットカードに5つのボタンがついており、そのロックを解除することでカードが使用可能になるというものだった。ロックを解除しない限りカード番号やセキュリティコードはすべて表示されず、磁気ストライプ部分も有効にならないためカードが使えない。EMVのチップ部分はもともとPINコードでロックされているため、盗難に強いというメリットがある。

 Dynamicsのカードはこのほかにもバリエーションがあり、複数のカード情報をボタンで切り替えて利用できるもの、支払い通貨を変更できるもの、NFCが利用可能なものなどがあり、同社のホームページで参照できる。使い方しだいで便利な多機能カードといった具合だ。

↑Dynamicsというインタラクティブなウォレット。サイズも裏面の仕組みも通常の“磁気カード”と同じだが、カード情報が秘匿されており、カード表面のキーパッドでロックを解除しない限りカード番号や裏面のセキュリティコードは読み取れない(写真のものは表面の秘匿化のみ)。複数のバリエーションが存在し、磁気カードだけでなくEMVやNFCに対応するものなど、ニーズに応じて用意できるという。

■1万枚のカード情報を専用デバイスに保存する『Wocket Smart Card』

 LoopPayとDynamicsの中間的ソリューションといえるのが、NXT-ID『Wocket Smart Card』だ。

 液晶タッチパネルのついた、ちょっと厚手の財布といった体裁の専用デバイスと、これとペアで利用するクレジットカードサイズ大のデバイスの2つ1組で使用する。専用デバイスにはクレジットカードやロイヤリティカードなど最大で1万枚のカード情報が登録可能で、この中で使用したいカードがあった場合、ペアとなるカード型デバイスを本体に挿入した状態で液晶タッチパネルからカードを指定すれば、カード型デバイスが“指定したカード”となって利用できる。これを磁気カード読み取り機にかざせば、指定したカードでの支払いが可能というわけだ。

↑NXT-IDの『Wocket Smart Card』というサービス。仕組み的にはLoopPayと同じ複数のクレジット/ロイヤリティカードをまとめるタイプのウォレットだが、LoopPayではカード管理をスマホ上のアプリで行なうのに対し、Wocketでは液晶画面のついた専用デバイスで集中管理する。このデバイスで使うカードを選択して、中に挿入してあったWocket Smart Cardを取り出すと、取り出したWocket Smart Cardは選択したカードとして機能するようになる。
↑専用デバイスには最大1万枚のカード保管が可能で、カードの取り込みは写真にあるドングル装置を使う。

 また、カードによっては磁気情報ではなく、バーコードで情報を保持しているケースがある(有名なのは米スターバックスのカードなど)。その場合、液晶画面にバーコードを表示できるため、カード型デバイスではなく、専用デバイスの液晶画面に表示されたバーコードを赤外線の読み取り装置にかざせばいい。

 磁気カードを新規に追加して保存する場合には、カードを読み取るためのドングル装置を使えばいい。これはLoopPayのサービスでも用意されているが、この装置を使って次々と手持ちのカードを登録していけば、デバイスを1つ持ち歩くだけで何枚も財布にカードを忍ばせておく必要はなく、さらに盗難に遭ってもカード情報はデバイスにロックがかかっており、直接参照できないため、セキュリティ上も安全というメリットがある。

■支払いの利便性と安全性確保に指紋認証を採用した『HYPR-3』

 アプローチはLoopPayのそれに近く、指紋認証を追加することで安全性と利便性を両立したのがHyperKeyの『HYPR-3』だ。カード情報を記憶しておくための専用チップと指紋読み取り装置を組み合わせたスティック状のデバイスで、利用にあたってはスマホ背面に貼付しておく。専用アプリを使って支払いカードの選択や登録を行うのはLoopPayと同様だが、支払いの際に指紋認証を行う点が特徴で、これが安全性の確保とPINコード入力のような手間の軽減につながっている。

↑“指紋認証”というバイオメトリクスの仕組みを取り入れたHyperKey社のモバイルウォレット『HYPR-3』。スマホ裏面への貼付を想定しており、本体への直接貼り付けのほか、GALAXY Noteのようにカバー前提のデバイスでも同様に貼り付けする。

 ただし、LoopPayのようなRF転送による磁気カード情報送信には対応しておらず、代わりにNFCとバーコード(QRコード)を支払いに利用する。そのため利用可能範囲は、既存システムでそのまま利用できるLoopPayに比べると狭いと考えられる。

↑カード情報はHYPR-3への保存と、仕組み的に前述LoopPayなどに近いが、認証と支払いのトリガーが指紋をデバイスにかざすことで行える手軽さがある。また支払い方式はNFCのほか(スマホ側の対応が必要)、QRコード読み取りの2種類が用意されており、現時点でNFCが開放されていないiPhoneでも利用可能。

 CESのモバイルウォレット関連展示コーナーでは、このほか無線通信情報をシャットアウトする“財布”やバッグを展示した『Silent Pocket』や、クレジットカード情報やポイントカードとは異なりBitcoinを持ち運び可能な『Lodger Wallet』などのユニークな製品群が展示されていた。Silent Pocketでは、今後課題になりそうなデバイス探知やスキミングのような問題への対応、Lodger Walletはモバイルウォレットの多様化という意味で、それぞれ注目だと考えられる。

↑NFC、Bluetooth、その他RFなど、無線で決済や個人情報のやり取りを行なう仕組みが増えるなか、スマホやスマートカードの外部への電波送信をシャットダウンして安全性を高めるSilent Pocketの“財布”やバッグも展示されていた。
↑モバイルウォレットというと“実際にそのまま金銭換算が可能な電子マネー”を想像するが、Lodger Walletの提供するサービスはなんと『Bitcoin』の保管と持ち運びを可能にするウォレット。USBキーの形で暗号化したBitcoinを保管可能。

 今回、CESで見かけたモバイルウォレットのユニークなサービスをざっと紹介してきたが、今後“モバイルウォレット”への注目度がさらに高まるなかで、ぜひトレンドを押さえておきたいところだ。一方で、今回紹介したような仕組みは一時的なブームだとも筆者は考えている。“大量のカードを安全でコンパクトに管理する”というニーズから始まったサービスだが、これら仕組みは従来の磁気カードを前提としたインフラの中での一時的な解決策として登場したもので、今後スマホやその他デバイスによって決済の仕組みが多様化していくなか、特定用途に特化したサービスはその広がりも限定的だと考えるからだ。

 また、米国では2015年10月以降、EMVへの小売店舗による対応が事実上法律で義務化される。EMVへの対応を後押しするのは相次ぐ情報漏洩事件への対応という側面があり、セキュリティの強化が小売店や金融業界の大きなテーマになっている。前述の“トークン化”という仕組みは“カード番号が漏れたら終わり”という状況の解決策として登場したもので、EMV化への流れの中でやがては磁気カードという仕組みは埋没していくだろう。今回紹介したサービスの多くは、この磁気カードのインフラの上で成り立っているものが多い。

 EMVの仕組みそのものは10年以上の歴史があり、すでに欧州では広く利用されている。EMVカードは“EMVであればカードの安全性は保証される”という前提で成り立っており、実はこれがNFC対応携帯電話のセキュアエレメントにカード情報を入れる際のネックにもなっている。携帯電話では一般にSIMカードにカード情報が記録されるが、カード発行母体であるイシュアはこれに直接タッチできないためだ。今回のように“複数のカードを1つのデバイスやカードにまとめる”という仕組みの場合、EMV対応ではこのNFC対応携帯電話と同じ問題に突き当たる可能性が高く、特にイシュアとなる金融機関との調整が難しいとみられる。これはサービス展開の鈍化にもつながり、“一時的なブーム”にとどまる可能性が高い理由だとも考える。

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