【動画付】世紀を超えるフィルム目指した「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」メカニックデザイナー宮武一貴
1984年公開の映画「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」の40周年を記念して、4Kリマスター版が映画館で1月25日から上映、ブルーレイディスクも29日に発売され、当時よりも美麗な映像で楽しむことができるようになった。メカニックデザインを手がけた宮武一貴に、当時を振り返ってもらった。

【みやたけ・かずたか】メカニカルデザイナー、イラストレーター、コンセプトデザイナー。「マクロスシリーズ」の他、「マジンガーZ」「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダムSEED」「交響詩篇エウレカセブン」など多数の人気作のデザインに関わる。
【超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか】
1982年に始まったテレビシリーズ「超時空要塞マクロス」とは設定の違う完全新作。高いクオリティーの作画で観客を驚かせた。宇宙を舞台に可変戦闘機「バルキリー」の戦いのほか、トップアイドルのリン・ミンメイの歌、男女の三角関係も魅力。その後も「マクロス」シリーズは続き、多くのファンを魅了し続けている。
【目次】
★インタビュー動画です
【①「2001年宇宙の旅」で人生激変】目次へ戻る
記者 今回の4Kリマスター化をどう感じていますか。
宮武 「愛・おぼえていますか」というフィルムは、40年を超えて、50、60年たっても価値を持ち続けるだろう、そしてその価値を維持したいと考えていました。世紀を超えたいという思いがありました。当時はCGの技術がありませんでしたが、アニメーターの板野一郎君は時代を超える映像の演出を、(手描きの)動画で達成しました。
記者 40年たってもこの作品は評価され続けています。
宮武 時代に負けないという気持ちは、いつの時代もありました。ただ、(仲間と)よく話しているのは、昨日のものは下手で恥ずかしくて見られないということ。今でも自分自身の欠点が見えます。何十年かたって、めくり直すと、当時は当時なりに頑張ったんだなとは思いますが、できれば過去にさかのぼって直したいとさえ思います。
記者 なぜこの道に進んだのですか?
宮武 18歳の時、「2001年宇宙の旅」という映画を見に行った途端に、人生が変わりました。それまで植物学でずっと研究室にいるつもりが、映画の中であるシーンを見たら人生が変わりました。自分の求めていた方向はこれだった、このために生きてきたんだと思いました。
映画の1シーンでしかないですが、宇宙船「ディスカバリー」の背景に、どのくらいのクオリティーのものを映画会社は用意したんだろうと。それを追いかけたくて追いかけたくて、人生がそっちに行っちゃったわけですね。それなりの答えを自分なりに見いだして、友人に頼りました。
自分なりの三面図を描いたら、それを永井豪先生が見てくれた。永井先生から、「僕の今度のテレビ番組で使うので、ロボットの図解を描いてほしい」と言われました。どうなっても知りませんよと言って描いたのが、マジンガーZの図解です。それ以来、僕の仕事になっちゃいました。

【②5分でコロニーをデザイン】目次へ戻る
記者 理系の大学に通っていたことが、仕事に反映されていることはありますか? ご自身の画集では、アニメ「エウレカセブン」の構造物を考えるときに、重量や長さを考えていたというお話も掲載されていましたが。
宮武 「エウレカセブン」では、1万メートルの塔が欲しいと言われました。地球上で1万メートルの塔を造るために美術担当に描いてもらったが、納得できるものが返ってこないと監督がおっしゃっていた。
そこで監督に、1万メートルの塔を造ろうとすると、普通の鉄筋コンクリートで造ったならば、地殻が持ちません。ですが、不可能かというと、実は地球上にそれだけの構造物があるとお話したんですね。「それは?」と聞かれたので、「入道雲です」と。積乱雲は水蒸気によって構造が持っていて、高度1万2千メートルぐらいのものもあります。成長し続けるエネルギーがある限り、太陽の光と水蒸気が、それだけの構造物を地球上に2時間持たせます。その1万メートルの入道雲をデザインのベースとして描けば、納得してくれるんじゃないかと。そうやって描いたところ、監督は喜んでくれました。

記者 アニメ「機動戦士ガンダムSEED」の砂時計型スペースコロニーのデザインも宮武さんのデザインですね。
宮武 5分で描きました。「頼める?」と言うから「頼めるよ、構わないよ、5分待って」と答えました。特徴的なものを見せるからと。5分間でひとまとめにして、とりあえず送ってみたら「これで行く」と監督が言ってくれました。
記者 そういったアイデアは、ひらめくのですか。それとも、もともと温めているのですか。
宮武 アイデアを温めることはないですよ。そんな古くさいことはやりません。ヒントがあれば発想が出てくる。
この砂時計型コロニーは、自分で成長するコロニーなんです。力が加わるとそこの部分が伸びて、巨大化していく。自然にこのスペースコロニーの格好が決まっていきます。
このコロニーの傾斜角は、富士山の角度と一致しています。富士山の構造は余計な力が加わらなければ崩れることはなく、それを安息角と言います。現実の理論をデザインに反映して、作り物ながらも裏付けがあるとリアルに感じられると考えています。

記者 「宇宙戦艦ヤマト」のデザインにも関わっていますね。
宮武 最初のヤマトは本当に苦労しました。ヤマトの企画の中には、ボツになったものもないわけではないんです。
記者 ヤマトの頃感じたことは、マクロスではこうしよう、ああしようというふうにつながっていってるんですか?
宮武 ヤマトはああだったけど、マクロスではそうしたくないねという考え方はしません。マクロスはマクロスの世界です。

記者 そうなのですね。マクロスは宇宙を舞台にしていますが、スタッフの方々は、宇宙に興味があるんですか。
宮武 ある人ばかりではなくて、仕事としてやっている人もいます。一方で、大好きなんだよねと言って、本当に良いものを作ってくれる人もいます。ヤマトの仕事が終わった後、今度僕らが企画を作る時には、協力してくださいと言って、お願いしたのが、「愛・おぼえていますか」の石黒昇監督です。この人はすごい人だと思いながら付き合っていました。石黒さんには本当にお世話になりました。もっと続けていきたかったけれど、石黒さんは亡くなってしまった。泣きましたよ、悲しくて。
石黒さんは特にSFのことを本当に分かっていました。いつも新しい本を読んで、今度の新作のあれはダメだねとか、いや面白いねとか言いながら、一晩中その話について騒ぐということをいつもやっていました。
あとは(石黒監督と共に「愛・おぼえていますか」の監督を務めた)河森(正治さん)や板野君が、こちらの言語を理解して、それなりのまとめ方をしてくれるので、なんとかやっていけるわけです。
記者 作品製作中は皆さん相当忙しいんですよね。
宮武 板野君も、僕も、河森も、結局は、忙しさにかまけて打ち合わせなんかできないです。あとはもう、お互いの脳みその中を信用してというか、読みながら、あいつの頭だったらこういうふうに考えるだろうと、それの連続でもって作品が出来上がっていくんですよ。
【③銀座から新橋を実測】目次へ戻る

記者 他に印象に残っていることはありますか。
宮武 マクロスの脚の長さ、だいたい700メートルくらいありますが、そこに都市があるとするならば、どのくらいの大きさなのだろう。分かりやすく、銀座の交差点から新橋の間を歩いて実測しまして、店の数を数えながら、何メートルあれば生活空間が入る、その辺を計算したことがあるんです。
「スタジオぬえ」のやり方であり、特徴なんですけど。700メートルあれば十分入るっていうのが分かりました。
「愛・おぼえていますか」の戦闘時、都市が入っている戦艦が変形するシーンがあります。横たわっていた戦艦が縦になって、(街中にあるものが)一度に落っこちる。あのシーンでは、僕らが実際に、実測して歩いたことが役に立ちます。何かいかにも大騒動をやっている様にしました。
記者 変形のシーンは見せ場ですよね。
宮武 すごいシーンだと見せるために、テレビシリーズでは、マクロスを変形させると、都市が宇宙空間に吸い出されるシーンをわざと見せました。めったに変形させちゃまずいぞと言うのを嫌というほどたたき込むわけです。

記者 マクロスは、小さな宇宙船の中に、こんな高度な都市があるとは、と驚かせてくれます。
宮武 そういうものを河森は見せたわけですね、一生懸命。やりたいことはやる、というのがあの時代ですから。
記者 その後もシリーズでは「マクロス7」「マクロスプラス」と素晴らしい作品が続いていきました。
宮武 作品作りのため、河森は板野君と2人で米国に取材に行き、練習機に乗って2人で空中戦をやったことがあります。河森は90度の旋回でもって、これ以上はもう無理だと操縦かんを戻し、重力に身を任せました。
一方で、板野君は、空中戦で負けるもんかと操縦かんを引き続けて、ブラックアウトしました。後ろに教官が乗っていて、教官は「こいつやりそうだなと思ったんだよ、しょうがねえな」と言いながら、操縦かんを保っていました。板野君に聞いたところ、わざとブラックアウトをするというか、気を失う体験がしたいからやったと言ってましたけど。
そういう経験もしたからこそ、マクロスプラスの世界最高の空中戦と言われているシーンが撮れたということもありましたね。

★キャラクターデザインを務めた美樹本晴彦インタビューはこちら
(取材・文=共同通信 高坂真喜子 撮影=宮崎晃)