2025.02.10
研究顧問 高原明生
石破訪米の成果
現地時間の2月7日、ワシントンで行われた初の石破トランプ会談は期待以上の成果を上げたと評価できよう。安全保障面では、両首脳間で尖閣諸島への日米安保条約第5条適用が確認され、日米同盟のレベルアップが謳われた。自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて、日米豪印、日米韓、日米豪、日米比といった協力枠組みを推進する意図が確認されたことも重要だった。
経済面では、日本企業による対米投資の増加、米国から日本への液化天然ガスの輸出増加など経済連携の強化で合意した。日本製鉄とUSスチールの実質的な統合も、日鉄側の買収ではなく投資という形で再検討されることになった。一部で懸念された両首脳間の相性も問題にならず、トランプ氏は日本を大事にしようと決めて会談に臨んだような印象を与えた。
トランプ氏は、なぜ日本側の多くの予想を超えた穏当かつ建設的な対応を取ったのか。もちろん、事前の米政権への根回しを含め、日本側が対策を入念に準備したことがあるだろう。そしてもう一つの要因は、新トランプ政権が中国との競争を最重要視しており、対中関係に照らして外交を展開していく構えをとっていることかと思われる。
トランプ大統領の就任以来、例えば米国がガザを所有するという発言もあったように、表明された対外政策がすべて中国絡みというわけではない。だが、米国の安全保障のためにグリーンランド所有が必要だとか、パナマ運河を中国が運営しているといった主張は、中国との戦略的な競争への強い意識に基づいていると言ってよかろう。トランプ政権は民主党政権と比べれば同盟を重視しないことが特徴だと言われてきた。だが、今回の会談で両首脳が、「日米同盟が、インド太平洋及びそれを超えた地域の平和、安全及び繁栄の礎であり続けることを強調した」(共同声明)のも、中国への警戒心の強さの表れだと言って間違いないだろう。
第2次トランプ政権の対中外交
だが、中国との戦略的競争を意識していることは、トランプ氏が中国の習近平国家主席との取引に乗り出すことを必ずしも妨げない。トランプ氏自身もそうだと思われるが、政権内には経済的な利益を第一に考える人々がいる。そのラインアップには、イーロン・マスク氏などテック業界の大富豪たちも名を連ねていると見てよいだろう。他方、国務長官のルビオ氏や大統領安全保障担当補佐官のウォルツ氏らは名うての対中強硬派だ。つまり単純化して言えば、取引を重視するディールメーカーと、競争を第一に考えるデカップラーの間で、対中政策をめぐる綱引きがこれから続いていくことが予想される。
トランプ氏は当初、就任したらすぐに60%の追加関税を中国製品にかけると言っていたが、それを実行していない。また、バイデン政権末期に成立した、いわゆるTikTok禁止法の執行を延期させたほか、就任後100日以内の訪中を希望していると報じられている。もしそれが実現すれば、2020年1月に第1次トランプ政権下で成立したような米中合意につながる可能性もあるだろう。
だが、たとえ取引ができたとしても、それは短期的な関係の安定をもたらすだけで、いずれ関係はまた悪化に転じると見る向きもある。考えうるディールの主な内容は、中国が米国からの輸入を増やすことだろう。それなら30年前のクリントン政権の頃からやっている。それでも両国の関係が悪化してきたのは構造的な原因によるもので、結局はまた競争が激化せざるを得ない。日中関係も同様だが、やはり米中関係はそうした改善と悪化のサイクルから脱却できず、中長期的には下向きのスパイラルをたどるという説には説得力がある。
中国のトランプ対策
では、中国側はどのように第2次トランプ政権に臨もうとしているのか。中国も、米国との戦略的競争に勝利することを最も重要な課題だと考えている。そしてその戦略的課題を実現するために、以下に挙げる四つの戦術を実行してきた。
第一は、逆説的ながら対米関係の安定化に努めることだ。習近平氏は、米国との国力の格差を自覚しており、追いつくには更なる発展が必要であることを承知している。そして発展のためには安定した対米関係が極めて重要だ。米国のシンクタンク研究員によれば、昨年11月のトランプ当選後、中国側は米国の政策コミュニティのメンバーとの会合で、2,000億ドル相当の米国製品の輸入を約束した2020年1月の米中第1フェーズ合意を実行することに関心を示した。それのみならず、中国政府と国有企業の関係を含む構造問題に踏み込む第2フェーズの話し合いを始める可能性にも言及したという。今年の元旦、習近平氏と彭麗媛夫人はワシントン州の高校生に年賀状の返事を出し、米中が共に戦った第2次世界大戦勝利80周年を祝おうと呼びかけた。これも、トランプ政権に関係改善を呼びかけるメッセージだと捉えられる。
第二は、米国と競争する上で欠かせないパートナーとしてロシアを支えることだ。両国の首脳が会うたびに強化されていく中露関係だが、そこに影を落とすのがロシアと北朝鮮の接近だ。果たしてトランプ氏はプーチン大統領、金正恩総書記と連携して中国を孤立させる方向に動くのか。トランプ氏は、金氏との再会の可能性に言及している。それとも逆に、習主席を促してプーチン大統領を説得させ、ウクライナ停戦の実現を図るのか。トランプ大統領の再登場によって複雑な米中ロ朝の四国間関係がどう展開するのか、予断を許さない状況だ。しかしいずれにしても、米国との競争を睨んだ中露連携が簡単に崩れることはありえない。
第三は、日本や欧州、インド、オーストラリアなどへの接近だ。その要因の一つは中国経済の不振だが、対米関係の厳しさを見越して他の主要国との関係を安定させたいという思惑もある。トランプ氏がデンマークの所有を主張して欧州から総スカンを喰ったのは、欧州を米国から戦略的に自立させたい中国の目には敵失による得点と映ったことだろう。
そして第四が、新興国や途上国、いわゆるグローバルサウスとの連携強化だ。ここでも、政府効率化省を率いるマスク氏が米国国際開発庁の閉鎖に乗り出し、米国の対外援助がストップしたことは、中国にとって活動空間を広げるチャンスの到来と言えるだろう。
トランプ氏は就任後、まだ対中国政策に正面から向き合う余裕がない様子だ。しかしどのような方針がどういう順番で採られようとも、以上の中国側の基本的な構えに変化はないと思われる。
日本の採るべき対応
言うまでもないが、トランプ氏の代名詞は予測不能性だ。石破首相との合意も、中国側との来るべき交渉の結果も、実際に実行されるかは最後まで分からない。日本は超大国の米国と超大国候補の中国に挟まれた国だ。日本が国益を守り、発展させるには、感情を排して冷徹な目で現実を直視しなければならない。米中両国に対し、そしてグローバルサウスを含む世界を巻き込んで、引き続きしなやかでしたたかな外交を展開していくことが必要不可欠である。
自由で開かれたインド太平洋の実現という戦略的課題に向けて、対米に続き対中外交を進め、立場を共にする韓国や東南アジア、オーストラリア、インドなどと活発に連携することが日本には強く求められている。そのためには、外務省のみならず、他省庁の多くの閣僚が外遊して日本のプレゼンスを高めることが必要だ。外交を考えれば、副総理が二人か三人いてもよいのではなかろうか。
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