悩めるミクシィ、笠原社長の誤算と覚悟
ユーザーファースト、ソーシャルゲームで復権なるか
11月9日、夜10時近く。東京・渋谷のオフィスビルに入居するミクシィ本社の会議室。笠原以下、ミクシィ社員40人ほどを前に、突然その女性は涙の訴えを始めた。
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「私は8年間、ほぼ毎日mixiに来ております。ホント、mixiが大好きなので、またみんなが安心して交流できるコミュニティに戻ってほしいです……」
感極まり、涙がこぼれる。しばらくの静寂の後、女性はむせびながら懸命に続ける。「殺伐とした治安の崩れたmixiではなくて、いい雰囲気だった昔のmixiにまた戻ってほしいと思います」
ミクシィが一般ユーザーを招待して開催した交流会「ユーザーファーストウィーク」の最終日。社員以外、誰もいなくなった最後の場面の出来事だ。
後続に次々抜かれ下降トレンドに
来年2月、サービス開始から丸9年を迎える国内老舗のmixi。かつては日本最大のSNSとして隆盛を誇った。が、「ツイッター」や「フェイスブック」といった"外来種"に加えて「LINE」など新種のソーシャルメディアにも押され、じり貧の状態が続いている。
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確かにmixiもスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)の波に乗り、スマホ経由でアクセスするユーザーは右肩上がりに伸びている。しかしパソコンやフィーチャーフォン(従来型携帯電話)経由も含めた全体では天井を打った。月に1回以上ログインする「アクティブユーザー」数は、東日本大震災後の11年5月の1547万人をピークに漸減、12年9月は1402万人まで落ち込んでいる。
グローバル企業は日本市場の数字など気の向いた時にしか公表しないが、12年9月、フェイスブック最高執行責任者(COO)が「日本のアクティブユーザー数が1500万人を超えた」とブログで明かし、「ついにmixiを逆転」と話題になった。ツイッターはすでに、各種調査によると2000万人を超えていることは確実。そして2つの外来SNSは今も成長し続けている。
DeNAとの業務提携で収益テコ入れ
他方、スマホ向けメッセンジャーアプリとして11年6月に始まった日本生まれのLINEは、mixiの登録ユーザー数2700万人を軽々と超え、12年11月時点で3500万人に膨らんだ。アクティブユーザー数は3000万人以上で、mixiの2倍以上に達する。
進む「mixi離れ」。伴ってミクシィの業績も下降気味だ。
最近の業績推移を簡単にいえば、本業のSNSがもたらす広告収入が激減し、それを「mixiゲーム」のアイテム課金が補う構図。直近四半期(12年7~9月期)の売上高は前年同期比6%増の32億7800万円、営業利益は同65%増の7億2300万円。一見、成長しているように見えるが、前の四半期(4~6月期)と比較すれば前者は7%減、後者は18%減と目減りしている。射幸性の高い「コンプガチャ」廃止の影響を受け、課金収入が減った。
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そこにテコ入れ策として飛び出したのが、22日に発表したDeNAとの業務提携である。来春までに、DeNAの「Mobage(モバゲー)」とmixiゲームの開発基盤を共通化。ゲーム開発会社の負荷が削減されることで、mixiにとってはより多くのソーシャルゲームがそろうことが期待でき、DeNAも自社製ゲームをmixiに提供しやすい環境になるという。
笠原社長が宣言した3つの約束
笠原社長は会見で「ゲーム事業は非常に順調に立ち上がってきており、収益の柱になってきている。今回の提携を通じて、さらにパワーアップできると考えている」と話した。だが、本業であるSNS事業や、コミュニケーションだけを楽しみたいユーザーに何のメリットがあるのか。
会見後、笠原にぶつけると「安定的にゲーム事業を拡大することで、その経営資源を、よりコミュニケーション分野に注力していけるというのが、今回の最大のメリット」と語った。かつてSNSだった「GREE」がゲームサイトに変貌したように、mixiもゲームに染まっていくのかと聞くと、「それはない」との答え。つまりmixiゲームは、あくまで本業の延命を図る「副業」という位置づけに過ぎない。
SNSの収益化ではなお、模索を続けることになるが、激減している広告以外の道はまだ見つかっていないのが実情だ。副業といえば今年9月、女性向け衣料品の定期購入サービス「プティジュテ」を開始したが、特にmixiと連携しているわけではなく、ツイッターの公式アカウントのフォロワー数も120人しかいない。
本業には青息吐息のイメージがつきまとい、ゲームや新規事業は「中途半端」の感が否めない。救いといえば、減ったとはいえ1400万人もいるアクティブユーザーだが、ミクシィが何かをするたびに反感や怒りを買う始末だ。最大は「足あと騒動」。11年6月、自分のページへの訪問者履歴をリアルタイムで把握できる足あと機能を廃止すると、mixi内のコミュニティーには反対するユーザー計26万人ほどが集まり、1万7000人分の反対署名がミクシィに届いた。
こうした経緯の末にたどりついた先が、「ユーザーファースト」宣言だった。今年10月、笠原はmixi内で署名入りの文章を掲載、主に3つの取り組みを約束した。
ミクシィとユーザーのあいだにできた「ギャップ」
まずは、すでに要望の多いリアルタイムの足あと機能を来年1月までに試験的に復活させ、2つ目の約束として今後も「機能要望」に寄せられた意見に対し迅速に対応すると表明した。そのためにミクシィは今年8月、開発チームをサービスごとの「ユニット」に振り分け、ユニットのリーダーには迅速に意思決定できる権限を与えている。もう1つの約束は積極的に「皆さまからのご要望を伺う機会や場所を作る」こと。冒頭の交流会は、その第1弾である。
ユーザーファーストウィークと題された交流会は11月上旬、サービスごと3回に分けて開催され、各回公募の中から選ばれた一般ユーザー40人ほどが参加した。まずは笠原が挨拶し、各ユニットのリーダーが進捗をプレゼンテーション。後半は軽食付きの懇親会だ。なぜ今、こんなことを始めたのか。交流会冒頭、笠原は3回ともに、とつとつと、しかし率直に説明し始めた。
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「この数年、より便利で心地よいサービスを目指して改善、改良してきたわけですけれども、一方でお叱りのお声をいただく機会が非常に増えてまいりまして、ユーザーの皆様からすると新しい機能やサービスについて、むしろ使いづらかったり、いらなかったりするものも多々あったのではないかなと思います。我々の思いと皆様の思いが離れ、ギャップが生まれてしまった」
「で、私たちとしても、そのギャップをしっかりと埋めていかなくちゃいけないなと。ユーザーの皆様のご要望は何なのか。ニーズの本質をしっかりとつかみながら、本当に必要とされるサービスを作っていきたい。そのためにも真摯に耳を傾けてですね、全社的にやっていくことをユーザーファーストと掲げ、今、動いております」
「遅いからといってやらない理由にはならない」
平身低頭な笠原にユーザーは満を持して懇親会で食いかかる。「今さらユーザーファーストと言われても、信じられないんですけど」「社長もここにいる社員の多くもメモをとられていませんよね?」。笠原は返す。「おっしゃりたいことは分かります。これから会社を変えていきたいと」「頭で覚えていますし、僕の場合は後ろでスタッフがメモをとっていますので」……。
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まるでサンドバッグめがけるように鬱積した不満が襲いかかる。なぜ今さら。遅きに失したのではないのか。
交流会を終えた笠原にそう問うと、彼はこう答えた。
「遅いからといってやらない理由にはならない。あと、組織的にもだいぶ社員が増えて成熟した。システム的にも8年間、いろんな機能をなるべく早くリリースしたいということで、つぎはぎだからけで矛盾したままきちゃった。そういうのがある中、いろんな開発が進んで、より迅速にニーズに応えられる体制がようやく整ったというのもあります」
「主」を守るため「従」がおろそかに
ただし、これまでミクシィが露骨にユーザー軽視を決め込んで暴走していたのかというと少し違う。笠原が交流会の挨拶でいったように、ユーザーのためによかれと思ってやってきた施策がことごとく裏目に出た結果、ギャップが生じてしまったのだ。どうしてこうなったのか。ギャップの裏には2つの大きな「誤算」があった。笠原はこう述懐する。
「身近な人とのコミュニケーションがmixiの特徴で強み。それが主。興味関心が合う人とのコミュニケーションが従。主を大事にしたいし、守らなければならない。そういう取り組みが、この数年は強かった。特にフェイスブックが主の色合いが濃かったので……」
「まぁ蓋を開けてみたら少し違ったんですけど、一瞬そう見えたんで、そこに対する防衛策を強化しなければいけない。ということで、コミュニティが大好きなユーザーとか、日記検索で知らない人と交流できることが好きなユーザーに対しては、十分な配慮ができなかったですね」
笠原いわく「主」を強化する取り組みとは、すなわち米国で勃興し、日本に上陸したツイッターやフェイスブック"らしき"機能の追加だ。
「コミュニティ軽視が続きすぎた」と古参ユーザー
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「つぶやき」によるコミュニケーションは08年8月に「エコー(現mixiボイス)」として取り入れ、「イイネ!」は10年9月に「mixiチェック」として始めた。同月には位置情報を使い自分の居場所を教える「mixiチェックイン」を、11年8月には「フェイスブックページ」対抗策として、企業やブランド、アーティスト向けの「mixiページ」も開始した。
いずれも身近な友だちとの交流を楽しむmixiユーザーに、新たなコミュニケーションの選択肢を増やしてあげようという施策。しかしツイッターやフェイスブック的なサービスを求めるユーザーは本家に流れ、残ったユーザーには「おためごかし」に映るという皮肉な結果を生んだ。残ったユーザーは笠原のいう「従」が好きで、mixiにとどまっていたのだ。
今回の交流会に参加し、笠原にも直談判していたIT企業でエンジニアを務める中島光広(42)は04年からの"古参"で、15ものmixiコミュニティの管理者をするヘビーユーザー。彼はこう息巻く。
「コミュニティ軽視が続きすぎましたね。コミュニティこそがmixiの独自性で強さ。だから管理人の負荷が軽くなるような機能など、もっと強化してほしいとずっといってきましたが、ずっと聞いてもらえなかった。そこは今回、非常に文句をいいたかったところです」
「新しい機能はいらないものばかり。フェイスブックなどほかに存在するようなサービスに労力を費やした結果、結局ほかにお客さんを逃がしてしまい、コミュニティのコンテンツも減ってしまった。mixiページも邪魔ですよね。やめてほしい。すでにコミュニティや日記で有名人アカウントがあったのに、それらとユーザーとの距離感がどんどん広がっちゃう」
足あとが生んだ「気分的な重さ」
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笠原のいう「従」がじつはヘビーユーザーにとっては主と同じくらい大切なものだった。それが1つ目の誤算だ。
もう1つの誤算は、コンテンツを生む側に立つヘビーユーザーのニーズを見誤ったこと。mixi内で署名運動が起きるほど炎上した足あと騒動が顕著な例だ。
11年6月、足あとは廃止され、「訪問者」という機能に変更された。訪問者でも自分のページを訪れたユーザーが表示されたが、過去5日分の訪問履歴を5日に1回まとめて表示する仕様に変更された。
ユーザーの反発を受け、3日に1回、1日に1回と表示の間隔を狭めたが、リアルタイムで訪問履歴を知りたいユーザーにとっては焼け石に水。なぜ反発を買うようなことをしたのか。
「足あとのよさは、読んでもらっている感や、見にきてくれているうれしさを感じられること。つながりや交流のきっかけになっていた。半面、見にいくと相手に知られてしまうため、気軽に見に行きづらい気分的な『重さ』も生んでしまっていた。業者などによる『足あとスパム』も増えてしまい、イメージ的にもネガティブに思われていました」
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笠原は足あと廃止の理由をそう説明する。実際、退会したユーザーの42%が足あとを理由にし、足あとページで訪問履歴を確認するユーザーも減っていた。加えて、つぶやきや「イイネ!」で画面遷移なくコミュニケーションが完結できるようになったこともあり、ミクシィはリアルタイム表示をやめた。履歴は残るが、相手に知られたくない場合は削除できる。
言葉やイイネ!を交わさないコミュニケーション
しかし、足あとに嫌悪感を示すのは見る側の論理。見られる側には「見てもらえない」「人がいない」というような思いが募っていった。結果、投稿や交流の意欲が落ち、実際に1人あたりの投稿数も減少していった。それは、記事冒頭で紹介した女性、04年からの古参でいくつかのコミュニティも運営する石沢かおりが、もっともいいたかったことだった。彼女はいう。
「mixiって何がいいかっていうと、足あとや友だちのログイン時間など、言葉やイイネ!を交わさなくても、その人がそこにいることを感じられること。それがほかのSNSと違うところで、mixi最大の魅力だと思うんですよ」
「あと、足あとがなくなったことで治安が悪くなったという雰囲気が広がって。足あとがあるからこそ自衛できることもあるんですよ。今って誰が見てるか分からない。ストーキングされっぱなし。足あとがあれば、知らない足あとがついている、こういう危ない人がいるよと連絡をとりあって把握できる。そういうのも防ぎようがなくなったので怖いんです」
笠原は今、こう後悔している。「反省としては、閲覧者の利便性を意識しすぎた施策だったんじゃないか、閲覧者の声に引きずられてしまったというのがあります。投稿者の利便性をかなり損なう結果になってしまった。閲覧者のメリットよりも投稿者のデメリットが大きかった」
mixi独自機能が人気の礎
2つの誤算に共通していえるのは、ほかのSNSにはないmixi独自の強さを自ら毀損してしまったことだ。そもそもmixiは米国で勃興し消えていった元祖SNS「フレンドスター」を想起して笠原が作ったものだが、日記や足あと、コミュニティといった機能はmixiが独自に考えたもので、mixi人気を支える礎でもあった。
そうした自らの強みを放置、あるいは改悪させ、ほかのSNSにあるものを追求していった結果、mixiは木に竹を接いだような中途半端な世界になってしまった。mixiにこだわりを持たないライトユーザーはほかのSNSへ移り、「古きよきmixi」を好むユーザーは憤るという一兎(と)も得られない状況。そのことにようやく気づいた笠原は、ユーザーファーストを掲げ、mixi独自の機能・サービスを中心に改善していく決意表明をしたというわけだ。
しかしそれでもなお、茨(いばら)の道が待ち受ける。最も大きな課題は、今度は革新性が失われるジレンマに陥ること。笠原自身、今なお悩んでいる。
ミクシィが掲げるユーザーファーストは、今のユーザーの声に呼応することを意味する。古きよきmixiを好む古参ほど声高。すなわち、古参に引きずられる。だが、革新性を捨てきることもできない。懇親会でユーザーから「新機能の陰にmixiのよさが隠れてしまっている。もっとシンプルにしてほしい」と詰め寄られた笠原は、こう答えた。
革新か保守か、両にらみの中道路線
「そうですねぇ……。ただ、とはいえ進化もしていかないと飽きられるというのもありますし。どこまで保守でいるのか、革新でいるのか。そこは常に難しいバランスですよね。なので、できる限り多くの方の声を聞きながらツボを突いた革新もしていけるよう、しっかりとやっていかなくちゃいけないと思います」。歯切れの悪い回答にバツが悪いと思ったのか、こう続けた。
「ニーズは本当にさまざまあるので、うまく応えるためには『パーソナライズ化』がカギかなと思っていまして、たとえば日記をよく使う方は日記メインのインターフェース、コミュニティをよく使う方はコミュニティ中心に使えるようなインターフェースにしようかなと」
保守と革新のバランスをとるため、個人ページの見た目や操作性を各自が選択できるようにするというアイデア。この「中道路線」に果たして古参が満足するのだろうか、疑問符が付く。本業のSNSで収益をどう改善していくかも大きな課題だ。
笠原は「まったりとした、本音や弱音をいい合えるような日本人ぽいコミュニケーションの場がmixi。それは変わらず大事にしたい」という。だが、ミクシィが収益で依存し始めたソーシャルゲームは、見知らぬ相手に打ち勝つ優越心や、より強いアイテムを欲しがらせる射幸性こそがカネを生む源。mixiの本質とは相反し、古参からすれば必要のない「禁断の果実」といえる。
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ツイッターやフェイスブックなどからユーザーがmixiゲームを求め、大挙して押し寄せることも考えにくく、「mixi離れ」への抜本的な解決策にはなりそうもない。ソーシャルゲームに集中したいユーザーはモバゲーや「GREE」を好むはず。ゲームを前面に打ち出すことも、それに代わる収益源を見いだすこともできない「悩める」状況は、今後もしばらく続くだろう。
ただ、交流会はミクシィの光も映していた。
救いは「mixi愛」と応える笠原の熱意
文句を言いながらもmixiを使い続けるユーザーは「mixi愛」やmixiへの「忠誠心」が強い。石沢はmixiのために涙を流し、中島は「もしかしたらmixiは世界にいけるかもしれないと、今でも思っている」と話した。笠原は懇親会を、こう締めた。
「かなり批判的な厳しいご意見もたくさんいただいたんですけれど、なぜそういうご意見をいただくかという根底を考えると、mixiへの愛情を持っていただいているからかなと。もっと使いたいからよくなってほしいという思いが、生の場だからこそすごく伝わってきました」
交流会を経て笠原は、より事業への意欲を高め、覚悟を新たにしたように見えた。ミクシィを巡っては、今年5月頃に「身売り説」が流れたが、その気は毛頭なさそうだ。「当社に対する不安な風潮がある中で、身売り先を探しているというようなストーリーを証券業界かなんかに話をした人がいて、それが噂として伝わったということですかね。身売りは完全に否定ですし、現に何も起きていませんよ」
最後に「日本のネットの中心でmixiがふたたび輝ける日はくるのか?」と聞いた。「その可能性はぜんぜん、あると思ってますけどね。やっぱり痛い思いをしたのを見返したいというのもありますし、何か仕掛け1つでガツンとヒットしてガラッと変わる可能性もぜんぜんある」
常に淡々と飄々(ひょうひょう)と話し、喜怒哀楽を見せない笠原。相変わらず心中が読みにくいが、この時ばかりはこれまででもっとも燃えているような気がした。
(電子報道部 井上理)