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620 横須賀高ラグビー部の挑戦 公立の生徒を強くしたもの - 日本経済新聞
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横須賀高ラグビー部の挑戦 公立の生徒を強くしたもの

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全国高校ラグビーフットボール大会の神奈川県予選。11日に行われる準決勝第一試合は、桐蔭学園と県立横須賀高校の対戦だ。人材、環境面で不利な公立高校が、全国大会で優勝経験のある私立高校に挑む。公立の生徒たちを強くしたものは何だったのか。

その日は朝から雨だった。横須賀高校は土のグラウンドだ。人工芝ではない。松山吾朗監督は昼休み、キャプテンに相談を持ち掛けた。「体育館下のピロティで練習しようか」。花園予選を間近に控え、部員たちの体調管理を考慮してのことだ。だがキャプテンは首を横に振った。「体育館下のピロティでするような練習はもうすでにやり尽くしています」

平日でグラウンドを使えるのは週3日。貴重な1日を無駄にしたくない。それに大一番が雨の試合となることだってありえる。雨を想定した練習にもなるじゃないか。だからキャプテンはきっぱりとこう答えた。「グラウンドで練習しましょう」

練習は午後4時から始まる。案の定、グラウンドには水たまりができていた。けがでリハビリ中の部員がスコップでグラウンドを掘り起こしている。「こんなに大きいのが出てきた」。部員が掘り出したのは、なんとボールくらいの大きさの石だった。雨が降って、グラウンドがぬかるむと、下に埋もれていた石が出てくる。雨の日の練習はグラウンドの点検と石掘りから始まるのだ。

ウォーミングアップを終えると、松山監督を囲んで部員たちの輪ができた。監督が練習メニューの説明をする。スクラムハーフ出身の監督より部員たちは一回り体が大きい。

ラグビー経験者は毎年3人程度

横須賀高校ラグビー部は3年生が16人、2年生が14人、1年生が12人の計42人だ。中学生のときにラグビーをしていた生徒は毎年3人くらい。今年の3年生は例外的に多くて6人だった。

中学にラグビー部がある私立の中高一貫校と比べると、チーム強化という点では明らかに不利だ。全国大会の上位に進出する強豪校ともなると、推薦入学で全国から優秀な選手を集めている。

「私立はラグビーをするために高校に来ている生徒も多い。ひょっとしたらラグビーは義務かもしれない。しかし公立の生徒は親や教師に勉学との両立を不安視されたりしながら、あえて厳しい道を自分で選んでいる。彼らはそんな自分たちが私立に勝つことの重要さも分かっている」と松山監督。部員の意識の高さ、それは公立ならではの強みだろう。

私立に勝って花園に行くことを、「あこがれや夢で終わらせず、目標とするために」、横須賀高校ラグビー部は、部員自らが考え、行動するための班を作っている。「ストラテジー」は戦略を考える班、「ストレングス」はウェイト・トレーニングやフィットネスを担当する班だ。ユニークなのが「パッション」班。練習の雰囲気が暗いときなどに、率先して声を出したりして、チームに活気を取り戻すのが役割だ。また「モラル」班は学校・家庭生活の至らないことを部員たちが自ら改めることをリードする。

ラグビーの精神を貫く「横高ラグビー宣言」

モラルという言葉がいかにも横須賀らしい。それは横須賀高校ラグビー部が掲げる「横高ラグビー宣言」にもつながる。

この宣言の中で横須賀高校ラグビー部は、「たとえルールで禁じられていないことでも、フェアの精神で自らを律してプレーします」「ノーサイドの精神を理解し、形だけでなく心を込めて相手への敬意を示します」と、ラグビー本来の精神を貫くことを改めて表明している。最後に「生涯、これらの精神を遵守します」と締めくくるのだ。

公立の進学校が私立の強豪校のライバルとなるまで強くなったのは、松山監督のち密な指導によるところが大きいだろう。しかし、部員たちを最も大きく成長させたのは「先輩たちの背中」である。

「入部したての頃は未熟で部活と勉強の両立もできないし、家庭生活もコントロールできない。痛いし、辛いし、ラグビーをやめたいと思う。だけど3年間ラグビーを続け、花園を目指す最後の戦いに向かうころには、そしてその戦いを終えるころには、劇的にカッコいい男になっている。

ラグビーは体を張って仲間を守ること、責任を果たすこと、信頼を勝ち取ることが常に問われるスポーツ。後輩たちは先輩たちの背中を見ていればいい。それで万事うまくいく」と松山監督。

後輩たちに「背中」を残す。それはまさに松山監督自身が早稲田大学ラグビー部の部員だったころに最後に到達した境地だった。同期のライバルや後輩にAチームの証、"アカクロジャージ"を明け渡し、最初は自分の境遇を嘆いていた。だが挫折にまみれた自分が最後までアカクロを目指して戦う、その背中を見せることが後輩たちの力になるのではないかと気が付いた。それまでの自分を恥じ、後輩に背中を残すために戦い続けたのだった。

3年生たちの背中は、確実に1、2年生を変えている。

長野県の菅平で行われた今年の夏合宿でのことだ。合宿の最終日、練習試合の相手は東京の私立高校だった。1軍にあたるAチームは圧勝した。合宿最後を締めくくる次の試合はBチーム同士の試合が予定されていた。横須賀はけが人が多く、1年生中心の実質Cチーム。だが相手はAチームの選手がほぼそのまま残って試合をした。惨敗したふがいなさからAチームに"居残り"を命じたのだろう。

さすがにAチーム相手では歯が立たない。次から次へとトライを奪われた。横須賀の下級生たちは試合の途中から涙を流していた。トライを取られ、キックオフで試合を再開しなければいけないのに、キックする選手が嗚咽してボールを蹴れない。なんとかボールを蹴るが、そのままつながれ、またトライを取られてしまう。惨敗だった。

試合が終わっても走り続けた理由

試合後すぐのことだ。横須賀の1年生たちは泣きながら、タッチラインからタッチラインまでを何度も走って往復した。胃の中にあったものを戻しそうになりながら、何度も、何度も。ラグビーを知る人ならば、ラグビー特有の"絞り"だと思っただろう。「取られた点数分、走って往復しろ、取られた点数分、タックルしろ」。だがこれは絞りではなかった。1年生たちは誰が言うでもなく、自ら走り出したのだ。

「3年生にとって最後の合宿の最終日。最高のゲームをして、大好きで尊敬している3年生に報いたい。試合前からモチベーションは最高でした。それなのに不甲斐ない試合をしてしまった。恩を返せなかった。情けない。申し訳ない。悔しい。弱い自分たちは、もっとやるしかない、今やるしかないと思って走ったのでしょう」(松山監督)

沼地のようなグラウンドで横須賀高校ラグビー部の部員たちは体をぶつけ合っている。ジャージの色もパンツの色も元が何色だったかまるで判明しない。ただ泥だらけだ。最後のタックル練習とクールダウンを終えると、松山監督が部員たちを集めた。

チームの中の自分は自分一人の自分より重い

「これから先はチームの中の自分を意識しよう。チームの中の自分は、自分一人の自分より重いぞ」

これは松山監督が常に部員たちに伝えたいと思っていることだ。自分のためならできなかったことでも、仲間のためにならできる。誰かのために出せる力は自分のために出せる力より大きい。

「自分自身、クラブチームの選手をしていたときに初めて知ったことです。それを部員たちにも知ってほしい。仲間のためにがんばれるチームの中の君は、自分一人の君より重いのだということを。責任も重いし、貴重なのだということを。そしてそんな力を出せる君たち全員、3年生も2年生も1年生も選手もマネージャーも、みんなが大事なのだということを」(松山監督)

松山監督の言葉を受けて、キャプテンがさらに厳しく、細かく、「チームの中の自分」のことを部員たちに語りかける。後ろに退いた監督がその言葉に何度も頷いていた。

(日経BP生活情報グループ別冊編集長 尾島和雄、写真 松村隆史)

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