彼にはすぐに彼女がわかった。彼女はひらひらしたスカートを揺らし、髪を高々と結い上げて、唇は真っ赤だった。彼の周囲にそんな色の口紅を使う女の子はいなかった。みんなもっと自然な色のを塗っている。けれども自然であることなんか、彼女にとっては少しも魅力的じゃないみたいで、ハイヒールシューズのつくる人工的に女性的な仕草で彼女は駆け寄り、それだけが完全に自然な表情と口調で彼の名を叫んで、有無を言わせず抱きしめた。おしろいと髪染めと古い虫除けのにおいがした。彼はよろめいて彼女を支え、おばあちゃん、と言った。彼女は大量の皺を派手に動かしてにっこりと笑い、しゃなりしゃなりと歩きだした。すごい踵だねと彼は言った。そんなので転ばないの。エスコートをね、こういう靴のために確保しているのよ、とジェシカはこたえた。七十二歳だから確保しているんじゃないのかと彼は思った。 よしこという本名の漢字さえ彼は覚えていなかった。
