映像送信要求罪(刑法182条3項2号)の「性器」につき、「弁護人は、「性器」についても不明確である旨主張するが、これについても、前記保護法益や立法趣旨、「性器」という文言の語義からして、人の生殖器そのものをさすことは条文上明らかであり、その語義解釈には何らの問題がなく、明確性の原則等に抵触しうる余地はない。 」という検察官の論告(関西地方)
刑法第一八二条(十六歳未満の者に対する面会要求等)
3十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為(第二号に掲げる行為については、当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る。)を要求した者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 性交、肛門性交又は口腔性交をする姿態をとってその映像を送信すること。
二 前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入し又は挿入される姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀でん部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態その他の姿態をとってその映像を送信すること。
〔令五法六六本条追加〕
4 前記㋒の主張について
(1) 映像送信要求罪(刑法182条3項)の規定内容と弁護人が主張する問題の所在
映像送信要求罪は、その要求の対象となる行為につき、「性交、肛門性交又は口腔性交をする姿態をとってその映像を送信すること」(同項1号)及び「前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く)又は物を挿入し又は挿入される姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態その他の姿態をとってその映像を送信すること」(同項2号)を明記するとともに、同項2号の場合には、「当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る」(同項柱書)との限定を加えている。
本件は、このうち、同項2号の適用を受ける事案であるところ、弁護人は、前記のとおり、同号の規定は、「その他の性器」という無限定な構成要件となっていること、同号に加えられた「わいせつなものであるものに限る」との限定が、わいせつという抽象的なものであって無限定となっていること、撮影の対象となる性的な部位の定義中に記載される「性器」の意味が不明瞭であることを理由に、同号は憲法31条及び21条1項に違反するものである旨主張する。
しかしながら、以下に述べるとおり、前記映像送信要求罪の規定は、明確性を欠くものではなく、又、表現の自由に対する過度に広汎な規制でもないことから、憲法31条及び21条1項に違反するものではないことは明らかである。
なお、本件は、刑法182条3項2号の規定の中でも、公訴事実からも明らかなとおり、「性的な部位を露出した姿態」「をとってその映像を送信」するよう要求した行為を訴因として特定しているのであり、仮に「その他の姿態」の規定が憲法31条等に反するとしても、本件犯罪の成否には何ら関係がないという意味で、この点において弁護人の主張はそれ自体失当といわざるを得ないが、念のため「その他の姿態」との規定についても付言する。
(2) 映像送信要求罪の保護法益と文言の解釈
ア 前記のとおり、映像送信要求罪は、16歳未満の者が性被害に遭わない環境にあるという性的保護状態を保護法益とし、離隔した状態で行われる性犯罪を未然に防止するという点にその立法趣旨がある。
イ そうである以上、その規制の対象となっている行為も、そのような性犯罪の未然防止の観点から必要なものに限られるのであり、現に、刑法182条3項2号は、送信要求の対象となる映像につき、「前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入し又は挿入する姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態」として、まさに離隔した状態で行われる不同意わいせつ罪等の性犯罪の対象となるものを明示的に列挙していることからしても、そのようなものが規制対象となっていることは、条文の記載から明らかである。
ウ また、同項柱書において、そのような送信要求行為のうち、本項で規制するものについては、「当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る」と限定していることにより、まさに前記本罪の保護法益や立法趣旨に鑑みたものとなっており、具体的状況に照らして行為に性的な意味合いがないものについては処罰対象から除外することで、まさに離隔した状態で行われる性犯罪の未然防止の観点から規制すべきものを規制することを明らかにするとともに、本条が過度に広汎な規制とならないように限定を加えたものとなっているというべきである。
なお、弁護人は、この限定を加えた規定について、「わいせつなもの」という規定は、抽象的で定義ができないものであって、明確性に欠ける旨主張しているが、わいせつの定義につき、わいせつ文書該当性が争われた事案において、これまで判例は、「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう(昭和26年5月10日最高裁判所第1小法廷判決)」との定義を示している上、弁護人が引用する調査官解説が述べるとおり、「わいせつな行為」という言葉は、一般的な社会通念に照らせば、ある程度のイメージを具体的に持つことができるほど、一般国民にも広く普及した概念であり、「わいせつ」といういわゆる規範的構成要件を記載したからといって、その記載が明確性に欠けるものではない。
エ 以上に照らせば、刑法182条3項2号の前記の列挙事由に引き続く「その他の姿態」という文言は、明示的に列挙された各行為に直接該当するものではないが、その姿態を撮影した映像が送信されることにより、重大な性的自由・性的自己決定権の侵害が生じるものに限定されるというべきである。
加えて、そのように解する限り、明確性に欠けるところがないことは当然であるところ、写真や動画といった表現の自由に関する規定であっても、無制限にそのような表現が認められるものではなく、公共の福祉による制限があることは当然であり、前記の保護法益や立法趣旨に照らして、そのような性的秩序の維持、最小限度の性道徳の維持が公共の福祉の内容をなすことについても明らかなものであって(昭和32年3月13日最高裁判所大法廷判決)、これまで述べてきたとおり、その規制対象もそのような性道徳の維持に必要な範囲に限定された規制となっているのであるから、表現の自由に対する過度に広汎な規制にもあたらないことは当然である。
オ また、前記イ及びウに記載した条文全体の構造や規定ぶりからして、前記エに記載した限定的な解釈は、一般国民からも容易に理解可能であり、むしろ、何ら性的な意味合いを持たない、単に服を着た女性が姿写体となっているポスター等を同法に違反すると捉えるような解釈は、その条文の構造に照らして不可能であって、一般国民の表現その他の行為を過度に抑制するものでもない。
なお、弁護人は、「性器」についても不明確である旨主張するが、これについても、前記保護法益や立法趣旨、「性器」という文言の語義からして、人の生殖器そのものをさすことは条文上明らかであり、その語義解釈には何らの問題がなく、明確性の原則等に抵触しうる余地はない。
カ 以上から、刑法182条3項2号の規定は、憲法31条及び憲法21条1項に反するものではない。