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大阪市北浜/ほぐれるたまごサンドと23時のパン屋の明かり。わたしの孤独を慰めてくれる街・北浜 - SUUMOタウン

ほぐれるたまごサンドと23時のパン屋の明かり。わたしの孤独を慰めてくれる街・北浜|文・ヒコ

著者:ヒコ

ヒコ

1985年生まれ、会社員。ポップカルチャーととんかつ、あるいは最近のことをブログ『青春ゾンビ』に綴っている。

わたしは東京生まれ、東京育ち。会社勤めの傍ら、ポップカルチャーに関するブログや原稿を細々と書いていたのだが、ある日突然、大阪への転勤を告げられ、東京の地を離れなくてはいけなくなった。

ポップカルチャーを享受する上でも、少なからず“東京在住”というアイデンティティに寄りかかっているという自覚もあったので、それを剝奪された自分は一体どうなってしまうのだろう。いや、そもそも知り合いも誰もいない土地で暮らしていくのは恐ろしくて寂しい。

それに、大阪という土地には勝手な苦手意識を抱いていた。今となっては本当に恥ずかしいのだけど、ヒョウ柄、阪神タイガース、吉本興業、お好み焼きで白飯を食らい、浪花節の人情の街……コテコテのイメージしか大阪に持ち合わせていなかった。『M-1グランプリ2001』 で、おぎやはぎの漫才が大阪会場の一般審査員に100点満点中9点をつけられたことを、わたしはいまだに根に持っていたのだ。しかし、実のところおぎやはぎの漫才は福岡会場でも12点というロースコアを叩き出しているので、はなはだ言いがかりなのである。

「関西人は~」なんていう大雑把なラベリングは時代にそぐわない。もっと小さな街での営みの中で、大阪を、そして自分自身を見つめようと考えた。

そんなこんなで新生活の舞台に選んだのは大阪市中央区(大阪府庁、大阪城、心斎橋やなんばも含むエリア)の北浜であった。北浜がどんな場所かというと、「大阪取引所」を中心とした金融街。「大阪取引所」の建物の前には、NHK連続テレビ小説『あさが来た』や大河ドラマ『青天を衝け』のディーン・フジオカでお馴染み“五代友厚”のマントはためく銅像が威風堂々とそびえたっている。


また「少彦名神社」という医薬にゆかりのある祭神を祀った神社があるためか、塩野義製薬、第一三共、大鵬薬品......など有名な製薬会社が多く立ち並ぶ、薬の街でもある。

というように、いわゆるビジネス街なので、生活を営むような場所ではないように思えるのだけど、住んでみるとこれが実に快適であった。生活圏内に数えきれないほどコンビニがあり、スーパーマーケットは東京でもお馴染みの大型「ライフ」がある。


歩いてすぐの天満橋駅には「京阪シティモール」というジュンク堂書店、家電量販店のエディオン、ニトリ、無印良品、ユニクロ、ザ・ダイソーが揃い踏みした商業施設もある。中央区と北区を繋ぐ「天神橋」を渡れば、全長2.6キロで“日本一長い”と名高い「天神橋筋商店街」だ。
「天牛書店」や「矢野書房」といった古本屋の名店で買った本を読みながら喫茶店で一服。寄席「天満天神繁昌亭」で上方落語を堪能し、タイルや照明がレトロでかわいい銭湯「紅梅温泉」でサッパリして、夜風を浴びながら帰る。なんて夢のような休日。

アクセスもよく、新幹線で帰京するなら新大阪駅まで約20分、京都や神戸には電車に乗って1時間以内で遊びに行けるし、梅田や難波などの繁華街には自転車があれば15分ほどで行けてしまう。この大阪市を起点とした移動の“楽さ”は、他所から来た人間が1番に感じる魅力かもしれない。

そして、なにより北浜は孤独でいることが許される街だった。ビジネス街であるからか、転勤族の単身者が多いようで、ビルの隙間に細長い1LDKばかりのマンションが点在している。平日のオフィスワークの喧騒が嘘のように土日は静寂に包まれる。


前述したコテコテなわたしの大阪観を変えてくれたのも、北浜という街だった。実に美しく、洗練されているのだ。
京都が碁盤の目状に都市が形成されているのは有名だが、大阪市内もまた、豊臣秀吉が大阪城を建築する際に、下水開発を意識しながら川の流れに合わせて都市計画を進めていった経緯があるそうで、街は整然としながら、川や水との距離を楽しむような余白が計算されている。北浜もまた“水の都”と呼ばれている。


また、北浜はレトロ建築で有名なエリアでもある。お菓子屋「GOKAN」の新井ビル、アフターヌーンティーで賑わう「北浜レトロ」の北浜レトロビルヂング、生駒時計店の本社ビルなど、少し歩くだけで、モダンで美しい建物が目に楽しい。



ライブやイベント会場としても使用される「大阪市中央公会堂」は街のシンボルと言えよう。


数ある橋の中でもわたしの1番のお気に入りである、ライオンが鎮座する「難波橋」を渡って、ライトアップされた公会堂や川面に揺れるビルの灯りを眺める夜の時間が好きだった。


人情溢れる商店街や看板やネオンでガチャガチャした風景ももちろん大阪ではあるのだけども、この美しく洗練された表情もまた大阪だ。全国放送のテレビでは流れない大阪。

お気に入りのお店もたくさんできた。近所にあった書店「FOLK old book store」は大阪のカルチャーの発信地で、定期的に開催されるギャラリーやイベントで気鋭のアーティストを知ることができた。同じ敷地内で平日だけ営業している「谷口カレー」も絶品。

北浜といえばカレーだ。コンビニよりもカレー屋が多くある。“スパイスカレーブームはここから始まった”といった言説も耳にする「カシミール」「Columbia8」「ガネーシュm」「北浜 丁子」「CURRY&NICE カトゥール」「Numb」……などレベルの高い名店がひしめきあっていて、東京であれば行列必至の店舗が徒歩圏内にあり、ほぼ並ばずに食べられる。夜遅くまで営業しているパン屋があるのもうれしかった。


「スタンド プチ」というカフェバーは24時まで営業していて、サンドイッチやケーキのテイクアウトもできる。特にお気に入りだったのは、ベーコン&ピーナッツバターと豚のマーマレード煮のサンド。
実際、真夜中にパン屋に行くことはなかったのだけど、夜中にパン屋の明かりが灯っているところを想うだけで、少しだけ心が慰められるような気になる。

川沿いには、「MOTO COFFEE」「Embankment Coffee」「NORTHSHORE」「北浜レトロ」などのInstagram映えするお洒落なカフェが立ち並ぶ一方で、「新北浜(ニューキタハマ)」「喫茶バルファン」「café Europe」など、古くからの喫茶店もたくさん営業している。
それらの喫茶店で本を読んで過ごす時間がなによりわたしの孤独を慰めた。サラ・クロッサン『わたしの全てのわたしたち』、夏目漱石『硝子戸の中』、佐々木倫子『林檎でダイエット』、フランソワ・トリュフォー『ある映画の物語』、エリック・ホッファー『波止場日記』、谷川俊太郎の詩『愛』……夢中になって捲ったページがありありと蘇る。中でも通いつめたのは「喫茶リヴォリ」という1982年創業の古い小さな喫茶店だった。


狭いのだけど落ち着く店内、サイフォン式で淹れられたコーヒーとサンドイッチやスイーツなどの軽食。どれも丁寧な仕事が感じられて抜群に美味しい。特にオススメなのは「週替わりメニュー」で、メインのパン料理に、スープに付け合わせ、どれも一流レストランのようなレベルの味わいなのだ。


寡黙ながら気配り溢れる接客。まさに「わたしの考える理想の喫茶店」を具現化したような存在だった。

はじめてこのお店に入った日のことは今でも鮮明に思い出せる。不動産屋で住むマンションを決めたことで、「本当にこの見知らぬ大阪の街で、1人暮らしていくのだな……」と、息ができないような不安に襲われ、気持ちを落ち着かせようと近所を彷徨っているところ、遭遇したのだ。
ホッとする空間で、おそろしくフワフワのたまごサンドを齧るごとに、尖った神経がときほぐされ、それをキリっと濃い目のアイスコーヒーで流し込むと、「近所にこんな店があるなら大丈夫かもしれない」と思えた。

毎週土曜日の午前中にはお店に通い、たくさんの本を読み、文章を書いた。わたしの性格上、特段会話を交わしたわけではないけども、お店の方々には勝手な親密さを覚え、恋人ができれば連れていき、結婚、妊娠の報告もした。

子どもが生まれるタイミングで、大阪市を離れ、しばらく疎遠になっていたのだけども、この記事を書くために娘を連れてひさしぶりにお店を訪れてみた。お店に入るなり、すぐに気づいてくれて、「あなたがパパになったのね」と店のおかあさんが目を細めて微笑む。

孤独と不安に怯えながら、大阪での一人暮らしを謳歌する少し若いわたしが、今でもこのお店にいるような気がした。たまには彼に会いに行って、「大阪での暮らしも悪くないよな」「ランジャタイや街裏ぴんくのおもしろさが認められる日が来るよ」「一人って楽しいよね」「子どもはかわいいぞ」などと過去と未来を語り合いながら、珈琲を飲み交わしたいと思う。

編集:ツドイ









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