from FIFAマスター(宮本恒靖) FIFA大学院で学び始めたこと
国際サッカー連盟(FIFA)運営の大学院、FIFAマスターの授業が始まって4週間が過ぎた。1回1時間半の授業が1日に3~4コマある。

具体名を挙げると、「ビクトリア朝のスポーツ」「近代欧州におけるスポーツの変遷」「プレミアリーグの誕生」など。社会の変化に従ってスポーツが形を変えてきたことを日々、痛感している。
■なぜ午後3時キックオフの試合が多いのか
例えば、プレミアリーグ(イングランド1部リーグ)になぜ午後3時キックオフの試合が多いのか。英国のサッカーはもともと労働者階級のスポーツ。イングランドの全国リーグが始まった19世紀末、肉体労働者の土曜日の終業時間は午後1時だった。郊外にある家に帰って体を洗い、昼食を取ってから街中のスタジアムに向かうと、午後3時ごろになるからだ。
サッカーと同じ源流を持つラグビーが英国で盛んなことにも理由がある。19世紀に大英帝国が大きくなるにつれて、植民地を統治できる人材が必要になった。勉強だけでなく、肉体や精神的にたくましい人間がほしい。

協調性やフェアプレーの精神、紳士であることが求められ、そのためにはラグビーが向いていると考えられるようになり、名門私立高のパブリックスクール中心に広がっていった。
■スポーツの細かな点にも歴史や由来
アイルランドではカトリックとプロテスタントという2つの宗派の対立が各クラブの競争や、競技間のライバル意識に結びつき、スポーツが発展する大きな要因になった。
欧州のスポーツには一つ一つの細かな点に歴史や由来がある。地元クラブの試合に行けない人もパブでビールを飲みながらテレビ観戦し、町のみんなで応援しようという文化があるのも、そういう土台があるからだろう。
日本ではまだ発展途上の部分だから、うらやましいと感じてしまう。
授業の中には学生がプレゼンテーションソフトを使って意見を述べるものもある。例えば、テニスのウィンブルドン選手権がどのように発展してきたのかについて。僕は「施設」という観点から発表した。

■ウィンブルドンテニス、「施設」の観点から発表
もともとテニスは中流階級のスポーツだった。1877年に始まったウィンブルドンテニスもしばらくは客席が500席しかなかったが、1910年代終盤にランラン(フランス)という女子のスター選手が出て人気が沸騰。
入場券の倍率が10倍になったため、22年に1万5000人収容のセンターコートを作った。このコートの緑の芝の上で白いユニホームを着てプレーするという伝統を守り続けたことが、他の四大大会と違う特別な地位を作ることにつながった。
一方で新しい投資もしている。大会の長年の懸案が、英国特有の天候不順だ。過去の126回の大会で、雨が降らなかったのはたった5回。順延が相次ぎ、決勝を月曜に行わなければならない年もあった。そこで2009年、センターコートに開閉式の屋根を設置。試合の予定が確実になることで、集客やテレビ放送もしやすくなった。
■5人制のサッカーチームを作って参戦
開閉式ではないが、屋根付きのスタジアムは僕が今いるレスターにも2つある。イングランド2部所属のサッカーと、同1部のラグビー、それぞれの本拠地だ。終業後や週末、同級生と一緒に2つのクラブの試合観戦にも行った。
レスターはロンドンの北西150キロにあり、人口は約30万人。大学が多く、若者中心の町だ。同級生と一緒にサッカーチームを作り、地域リーグにも参戦している。
とはいっても、11人のチームではなく、フットサルに似た5人制のファイブ・ア・サイドという種目。力試しのためにリーグ側が設定した昨季の王者との試合で、接戦を制して勝つことができた。やっぱり対外試合になると燃えるものがある。
■欧州では選手インタビューを試合後すぐに
24カ国から来ている同級生との交流の中で、改めて日本のサッカーについて考えさせられることもある。ウクライナ人の友人が特にうらやましがるのが、Jリーグのスタジアムに家族連れや女性が多いこと。

イングランドでもまだ男性が中心。Jリーグ発足時にモデルにしたのが、家族連れが多いドイツだったことが影響しているのだろう。
クラブの試合のテレビ中継にも、日本との違いを感じる。欧州は試合後、選手のインタビューをすぐにやることがほとんどだ。Jリーグも同じようにしているケースはあるが、選手や監督のインタビューまで間が空く中継もまだある。
■日本サッカー、ピッチの外でも成長するには
日本代表戦のように、試合直後に選手何人かを呼んでインタビューすることをもっと徹底してもいいのではないか。
選手の生の声をすぐ聞けるのは視聴者にとってもありがたいと思う。自分の代表時代の経験からいって、選手にもそんなに大きな負担にはならない。
日本のサッカー選手の質は上がり続けている。ただ、ピッチの外でも進歩するためには、日本の文化や環境にあった仕組みづくりをみんなで考え続けなければいけないと思っている。
(元日本代表主将)