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まったくきみたちは世話がやける:イケアの企業構造は、そんな人倫にもとる代物ではないのですよ (Part 1)

山形浩生 (hiyori13@alum.mit.edu)

イケアは、異様な企業構造で税金回避をするのはちょいとアレではありますが、それは事業の善し悪しとは関係ないし、儲けの源泉でもないのだよ。

 なんかイケアの企業構造を説明したあのエッセイは、はてなブックマークでも結構な人気で訳者/解説者冥利に尽きるんだが、どうもその反応を見ると必ずしもきちんと理解してもらえていない部分があるらしい。

  特に、絶対にやってはいけないまちがいをしている人を結構見かける。「イケアはこんな手口を使ってるから儲かってるのか!」と思った人が結構いるようなんだ。「連中はこんな不当な手を使って儲けてるのか、汚いぞ!」と思った人とか。「イケアの暗黒部分」とか「これはひどい」とかいうコメントが結構ついているじゃないか。ちがうぞ。まったく逆だぞ。

  儲かってるからこういう手口を使う/使えるのだ。

  これはファイナンスのイロハのイ(じゃないな、ロくらいか)の字だ。資金調達/財務構造は、事業のよしあしを左右しない。かれらが低コストでそこそこよい品質の商品を提供し、それをウェノム諸君が殺到して買っているのは、あの記事で解説されたようなシステムとはまったく関係ない。1982年、創業者が同社の所有権をこのあやしげな財団にあずける以前のことを考えよう。かれらは普通に事業をして、驚異的な成長をとげてきた。あんな変な企業構造なしでも、かれらはちゃんと成長して儲かってきたのだ。

  だからかれらの事業(少なくともぼくたちに関係するところ)に汚いところはない。船橋でお買い物をしても、何も後ろめたい気分になる必要はないのだ。北欧デザインがお好きなら(そして家具の組み立てがお好きなら)どんどん買うといい。

  では、なぜかれらはあんな変な仕組みを取るようになったのか? それはもちろん第一に、税金を払いたくないからだ。

  さて、世界には企業はたくさんある。どの会社だって、どの所有者だって(そしてぼくやあなただって)、税金をあまり払わずにすむならそれに越したことはない。でも、だからといってあんな面倒なことをする企業は限られる。

  なぜだろうか? それはもちろん、ヨーロッパ人、なかでも北欧人というのはまるで京都人のように陰ひなたが激しく表ではいい子ぶっても裏では悪辣なことをたくらむ性悪な連中だから……というようなことは全然ない。考えてもごらん。外国に財団作ったりホールディング会社を作ったりするのもお金や手間がかかるのだ。そこだって一応、人を雇ったり、登記するのに弁護士使ったり、国際送金するのに手数料かかったりする。この仕組みをまわすためだけに、何百、何千人という人が雇われているのはまちがいない。通常は、税金のがれにここまで手間暇かけるよりも、あっさり税金払ったほうが安上がりなのだ。

  でもイケアは、見事な事業方式を編み出したことで、儲かるようになってしまった。だからそのままでは税金をたくさん取られる。だから、まともに税金を払うよりもこういうシチ面倒な仕組みを作るほうが安上がりなのだ。特に、北欧は福祉国家だから 1980 年代には税金は高かった。当時のスウェーデンは法人税率 57 % だもん! だからこそこれは「北欧企業の変な仕組み」と書いている。別にバイキングの血が人をして脱税に走らせしめるとか、アクアビットは財団びいきとかいう意味じゃない。北欧は税金が高かったからこそ、常軌を逸したコストをかけても税金回避しようという思惑が起きたのだ。税率の下がった今だったら (現在の法人税率は 28%) かれらもここまでやったかどうか。

 繰り返すけど、この仕組みはかなーりコストがかかっている。そしてそれによる利益は節税だけだ。ここには、あの The Economist の記事が書きかけたのにちゃんと指摘していない、大きな潜在的欠陥がある。イケアがこの仕組みを支えられるだけの利益を上げているうちはいい。でも将来イケアがさほど儲からなくなったら(そしてその時は必ずくる)――たとえば今や世界のブランドになりつつある無印良品におされるようになったら――この仕組みを支えるだけの費用を捻出できなくなるかもしれない。だがそうなったとき、このガチガチの仕組みは簡単には変えられない。そうなると、こうした財団その他は節税どころか、税金を遙かに上回るコスト部門となってイケア全体の足かせとなってしまう可能性だってあるんじゃないか。が、これはまた別の話だ。

  さて、その税金逃れをしていることでだれが損をしているかというと……実はあまりはっきりしない。唯一スウェーデンは、でかい優良企業に逃げられて税収が減った。その意味で損はしているだろう。でもそれだけだ。そしてその節税分は、ある程度はこのカンプラード一家を潤わせている。でもその一方で、その一部は家具のコスト低下にもちょっと貢献しているだろう。つまりその恩恵をこうむっているのは、世界の消費者だったりもするのだ。きみたちも含め。

  まとめよう。仕組みだけ見ると、無用に複雑な構造を作り上げて人目を惑わし、何やら悪辣なことをたくらんでいるような感じはする。でもその仕組みは、家具を作って販売する、という事業そのものにはまったく影響しない。あの仕組みを使って行われているのは、基本は(北欧の高い)税金逃れだ。そしてスウェーデン政府には悪いけど、そのおかげでぼくたちも恩恵をこうむっている可能性だってある。あまりに手の込んだ税金逃れは、いろんな意味で望ましくないので、「イケアさんチッチッチ」くらいの感じはある。社会貢献活動してま~すと自慢するけど、税金払うほうが社会全体のためにはなるんだし、回避した税金に比べれば雀の涙。だまされますまいぞ。でも「イケア許すまじ逝ってよし」というほどのものじゃないというのは理解すること。頼むぜ。

 あと、北欧の特殊性にばかり注目すべきではないかもしれない。オランダのこの財団方式って、知らないところでいっぱい使われているんだなあ。以下の43-45 あたりを参照:

 ハイネケンも??!! フィリップスも??!! グッチも??!! すげえ。しかしここでの説明を読むと、財団だから税金とられないってわけでもなさそうだ。どうやったら「5.53 億ユーロの利益をあげながら、支払った税金はたったの 1,900 万ユーロ」なんてことが可能になるのやらさっぱりわからん。たぶんホールディング/財団二段重ねの御利益がここらへんにあるんだろう。やっぱかなり悪質かも。だれか調べなさい。修士論文くらいにはなるぞ。

  そしてもう一つ、上の文献によれば節税よりさらに大きいかもしれないポイントとして支配権の部分がある。これはあの図の赤線で示したものと、それよりもう少し大きな話がある。が、これとてそんなひどい話ではないかもしれないのだ。カンプラード一族(というよりたぶんこの創業者一人)がこんな仕組みで何を守ろうとしたのか? それは自分の懐具合(だけ)ではないはずなのだ。(以下つづく)


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