朝早くとび起きて、頭はすがすがしく、気持は澄み、からだも夏の衣裳(いしょう)のように軽やかな時にだけ、彼は出かける。別に食い物などは持って行かない。みちみち、新鮮な空気を飲み、健康な香(かおり)を鼻いっぱいに吸いこむ。猟具(えもの)も家へ置いて行く。彼はただしっかり眼をあけていさえすればいいのだ。その眼が網の代りになり、そいつにいろいろなものの影像(すがた)がひとりでに引っかかって来る。 最初に網にかかる影像(すがた)は、道のそれである。野梅と桑の実の豊かにみのった二つの生垣に挟まれて、すべすべした砂利が骨のように露出し、破れた血管のように轍(わだち)の跡がついている。 それから今度は小川の影像(すがた)をつかまえる。それは曲り角ごとに白く泡だちながら、柳の愛撫(あいぶ)の下で眠っている。魚が一匹腹を返すと、銀貨を投げこんだようにきらきら光り、細かい雨が降りだすと、小川は忽(たちま)ち鳥肌