ケチな人ほど安く買える世界へ

前回のエントリで、「定価の世界は消えゆく運命」だと書きましたが、私が消えると言っているのは、「誰でも&いつでも、同じものは同じ価格で買うのがあたりまえの世界」であって、「定価」という制度そのものが消えると言っているわけではありません。


コメも野菜も自宅で作っており、かつ、シャンプーもトイレットペーパーも買うものではなかった時代なら、買い物自体のニーズが少ないので、たまに市場に行き、そこで個別に「もうちょっとマケて」などと言っててもなんの問題もありません。

しかし今の私たちは、3日と開けずにスーパーマーケットに行き、一回の買い物で肉に魚に野菜に牛乳にアイスクリームにトイレットペーパーに惣菜にごみ袋・・・と20品目くらいを買ったりします。

それらすべてについて個別に価格交渉をするなんて、誰にも不可能ですよね。そんなことをしていたら、時間がいくらあっても足りません。店側だってやってられないでしょう。

定価というのは、売買の取引コストを大幅に下げてくれる合理的ですばらしいシステムなんです。


しかしながら、そんなふうに一見、定価でモノが売買されているように見えるスーパーマーケットでさえ、実は一物一価ではありません。

たとえば私は自宅近くのスーパーでは、100円の買い物で1ポイントが貯まる会員カードを使っています。1ポイントは1円になるので、会員になれば何でも1%引きで買えます。つまり会員は、そのカードを使っていない客とは異なる価格で同じものを購入しています。

また私の場合、そのカードをクレジット機能付きにしているので、さらに1%のポイントが付与されています。なので、現金で買う非会員に比べるとトータルで 2%安く買っていることになります。


加えてこのスーパーでは、水曜日の午前中は衣類が10%オフ、木曜日は雑貨が10%オフなど、客の少ない平日の特定時間帯には、特定のカテゴリーが一律値引きをされています。

働いている人はこんな時間にスーパーには来られません。でも、自営業のあたしや、引退後の高齢者などは、そういった日時を狙って衣類や雑貨を買いに来ます。彼らは、土日にやってきてそれらを買う顧客に比べて1割安い価格でモノを買っているわけです。


また、夕方4時までなどの時間限定で、頻繁に生鮮食品のタイムセールが行われています。これは夕食の買い物に来る客でごった返すレジの混雑を緩和するためだと思われます。(早めに買い物に行くことで安くなるため、時間の融通の利く人は、混雑前に買い物を済ませるという行動にでてくれるんです。)

もちろん、どこの店もやっているように、閉店近くには刺身や惣菜は10%、20%引きのシールが張られますから、選択肢が少なくてもいい、遅い時間に買うのでもよい、という客なら、そういった価格で買い物ができます。

さらに言えば、4000円以上購入すれば自宅まで無料で配送してくれるのですが、これも「大口顧客には配送料分の割引をしている」と解釈できます。


スーパーだけではありません。居酒屋やハンバーガーチェーンでも、全体としては定価で売られていますが、ウェブサイトからクーポンを印刷してきたり、キャンペーンのバーコードをスマホにダウンロードして来たりする客には一定の割引が与えられます。

そういえば先日利用したパソコンの通販サイトでは、注文の多い土日や夜間は高く、平日の昼間の注文には割引が適用されていました。オペレーションを平準化したい売主には合理的な割引ですよね。


このように、定価というシステム自体は“一見”これまで通り存在しているように見えていながら、実はさまざまなものが異なる顧客にたいし、異なる価格で売られ始めている。これが今、起こっていることであり、

「木曜日は雑貨を一割引きにしよう」とか、「夕方5時までに入店してくれた客には、飲み放題の価格を1000円引きにしよう」などと考えるのが、まさに「プライシングの設計」といわれるものです。

こうして、今、あらゆる分野において「誰でもいつでも、同じものは同じ価格で買う世界」が消えつつあるわけです。


★★★


上記の例でわかるように、価格交渉にはリソースがかかります。

値切るには時間とスキルが必要だし、割引クーポンをダウンロードするにも手間が必要です。配送料を払わないためには、一定額以上のまとめ買いなど条件を満たすように買い物をする必要があります。特定の時間までに買い物したり、飲みに行ったり・・

そういうことが面倒な人は、(手間をかければ安くなることはわかっていても)手間をかけず、価格が少々高くても問題はないと考えます。

店側からすれば、こんな客にわざわざ値引きをする必要はありません。最初から定価を下げるのではなく、定価はそのままで「クーポンを見せた客のみに割引する」ほうが、利益率が高くなるわけです。

このように「取引コストが非常に低い定価を残したまま、客によって価格を変え、売上と利益を最大化する」、これがプライシングの基本です。定価というシステムは、一物多価を実現するために不可欠な制度なのだ、と言えるのかもしれません。


こういった一物多価の世界は、ネット販売の普及によってさらに拡大すると思われます。ログインが必要な多くのサイト(=顧客の購入履歴をすべて把握しているサイト)では、同じものを特定の人にだけ安く提示することも難しくありません。

今は、クーポンコードを入力させるなどして割引をしているネット通販でも、今後は人により、提示する価格自体を変更してくるかもしれません。


たとえば・・・あなたが200円以下の電子ブックばかりを買っていたとしましょう。そして1000円以上の本はほとんど買っていない、としましょう。

今はすべての人に提示されている電子ブックの割引情報が、今後はそういう人にのみ届けられるようになるかもしれません。たとえば、割引本をほとんど買わず、定価でたくさんの本を買っている顧客には、一切、割引情報が提示されない、みたいことが起こったりね。


SNSで情報が共有されるから、特定の人だけに値引きするのは無理だと思います? 私はそうは思わないです。今だって割引クーポンがあるのを知っていても、わざわざダウンロードするのが面倒という理由で、あえて使わない人はたくさんいます。

家電を買う時、全員が価格コムの最安値店で買うわけでもないでしょ? 

安い値段で買うにはリソース(時間や手間)がかかるし、それなりのリスクをとることも求められます。そして、割引のためにそこまでする必要はないと思う人もたくさんいるんです。

プライシングの工夫とは、そういう人向けではなく、手間暇かけても安くしたいと思う(ケチな?)人にだけ安くするという試みです。


ケチな人はより安く買える世界?

もうちょっとちゃんとした言い方をすれば、「価格にセンシティブな顧客にのみ割引を与えることにより、売上げと利益を最大化する」ということでしょうか。

ネットに購買履歴が残るため、これからは「誰が価格に敏感か?」という個別データが手に入るようになります。「誰がケチなのか、わかる」と言ってもいい・・。そしてケチな人には、より安い価格が提示される世界がやってくる・・。


そういう世界、どうですか?
楽しい? ずるい? あたりまえ?


一物多価の世界、それは「どんどん市場化する世界」のイチ側面です。そして(またそのうち書きますが、)これらの世界では「いかに安く買うか」ではなく、「いかに高く売るか」を考えることこそが、重要なスキルとなるのです。


そんじゃーね!




<頂いた感想ツイートより>


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