人民元安の原因と結果。均衡価格を為替レートの決定理論から考えてみる。
人民元安はなぜ起きているのか
人民元安で世界的に金融市場が緊張しています。日本の株式市場は、円が昨年末から3円超円高となり、日経平均は1300円超下落しています。
金融市場の混乱をもたらしているのは、原油価格の下落に加えて、人民元の下落の影響が大きいと考えられています。
今回は、なぜ、人民元は下落しているのか。またその影響はついて書いてみます。
まず、波乱要因の一因と見られている人民元の下落は、2つの要因により引き起こされていると考えます。
一つ目は人民元を取り巻く構造的要因です。
中国は人民元の国際化を目指し、需要と供給により、自由に取引される市場を目指しています。そのため、管理された市場から自由市場に移行するにあたり、市場の均衡点を探る必要がでてきており、その過程においては市場価格変動性(ボラリティリティ)が高まることはある種必然といえます。
二つ目は中国通貨当局の政策要因です。
人民元は長年にわたって大きく上昇していましたが、2015年8月に通貨当局は人民元安を誘導しました。
当局によると、通貨当局の切り下げは、競争的な通貨引き下げによって成長を維持する目的ではなく、通貨バスケットに対して相対的に安定した為替レートを維持するためだと発言しています。
中国の政府当局が掲げる経済成長率の達成が危ぶまれるなか、通貨高という逆風を払拭しようと動いていると考えています。
過去3年のアベノミクスが好例だが、通常、通貨安(日本の場合は円安)は景気回復や株高と相性が良いです。通貨安は景気刺激策が成功するための条件とすら言えるかもしれません。
ドル高がもたらした人民元高。それによる中国経済の苦境
人民元高はドルに対して一定の範囲内でコントロールされている通貨です。そのため、ドル高が進めば、自動的に人民元高が進む構造にあります。ドルが円に対して上昇すれば、ドルに連動する人民元は円に対しても上昇するという意味ですね。
米ドルは、2014年後半から利上げ期待からの急速な米ドル高に伴って、円やアジア通貨などに対して、人民元高が進行しました。人民元の実効為替レートは記録的な元高水準に達しました。これが不動産等国内問題に苦しむ中国から、輸出面にもデメリットもたらし景気悪化に拍車をかけました。
その後2015年8月、中国は人民元の切り下げを発表しました。当時、対米ドルで6.2元前後だった人民元相場は現在6.6元近くまで6%ほど元安が進むことになります。人民元高が景気減速を招き、通貨を安くして状況を改善しようとする取り組みがなされたわけです。
新興国にありがちな景気回復パターン
経済情勢の悪化が通貨安に繋がるケースは、通貨安は景気悪化と株安と同時並行的に進行することになります。
しかし、新興国に良く見られることだが、最終的にはそこで進んだ通貨安が景気刺激効果を持ち、タイムラグを置いて株価も持ち直しに向かうことが多い。
インドでは、2013年秋までのルピーが急落しましたが、その後インド株が史上最高値の更新に転じており、タイムラグでの景気刺激効果の典型例と言えます。中国もこの例にならうことができれば、今後の景気は回復に向かうとみられます。
問題は資本流出
ただし、そう上手くいかない懸念も強まっています。
上記の効果を享受するため、人民銀行は更に切り下げたいと考えているかもしれませんが、元切り下げは「諸刃の刃」であると見られます。元安は輸出額増を通じて、外貨準備を増やし、流動性を供給しました。
一方で、人民元安は元建て資産の魅力を低下させ、またそれと同時に発生した中国株式市場における不透明な規制(大口投資家の株式売却禁止など)で、中国からの資本流出が加速しています。
中国で頻繁に問題なる地下銀行の存在を通じて資金が流出したり、上海株を売って、香港株を買う動きが進んでいると考えられます。
そのため、人民銀行の通貨調整は緩やかなものにならざるをえないと見られています。
コントロール不可能になるリスク
ではなぜこれほど金融市場が緊張しているのでしょうか。年明け早々日経平均株価は記録的連敗を続け、為替市場では円高が進んでいます。その要因は、投資家の中国当局の市場統制力に対する、信用が低下していることが挙げられます。
あくまでリスクシナリオとしてですが、株式市場で懸念されていることは、資金流出が中国当局の管理不可能なレベルで進んでしますことです。そうなれば、
①為替介入により、無期限に人民元を防衛する
②単発の大幅な通貨の切り下げを行う
など劇薬とも言える対応策が必要になるとみられます。
仮に実行されれば、世界中にショックを与え、貿易摩擦に発展する恐れが囁かれています。
また、中国経済と連動しやすい資源価格もさらに下落するとみられます。
なお、報道によれば、2006年以降の中国へのネット資本流入額の累積値は2014年にかけて1.4兆ドル近くにまで膨らんだ後、昨年11月には2千億ドル前後まで減少したようです。
このデータからは、とりあえず(人民元は)一息つける局面が近づいているかも知れませんね。
元はどこまで下がる
危機的な人民元安は今のところ可能性は低いといえそう。しかし、一定の元安は避けられそうもない。どこまで下がるか。為替レートの決定理論等を参考に考え方を紹介してみます。
購買力平価を基準にした考え方
購買力平価(PPP)があるが、これはIMF試算では3.54元/ドルとなっており、ビッグマック平価でも3.55元/ドルとなっています。
これらは現在のレート6.577元/ドルより遥かに高く、人民元はむしろ上昇(増価)しなければならないことになります。
購買力平価が高めに出るのは、中国の物価水準が低いためです。同じ価値のビックマックであれば、それが等価で取引されるには、元高にならなければならない。
購買力平価理論では物価水準の低い国の通貨は高くなります。これは非常ロジカルな考え方ですが、購買力平価は長期的な均衡値を現すものです。金融市場の取引要因などは一切考慮されていません。そのため、いつこの均衡価格が達成されるか分からず、実際に為替市場で参考にしている人は少ないです。
為替市場はもっと近視眼的なのです。
金利平価を基準にした考え方
次にもう一つの為替理論である金利平価を見てみます。金利平価では金利が高い国の通貨は下落する。現在、中国の1年物金利(Shibor1Y)は3.34%、米国のLibor金利は1.16%であり、金利差は2.2ppt程度となっています。
金利差から言えば、元は向こう1年間に、元は2.2%下落するはずです。
これは一つのイメージを示唆してくれます。
しかし、疑問も残る。
先物価格が占めす将来為替レート
そもそも為替市場はどう見ているのでしょうか。
市場の参加者が予想するレートは、長期的には的外れになることが多いものの、短期的には磁力を発揮するケースが散見されます。
それには先物価格を見てみるのが早そうです。
1年物の先物為替レート(人民元フォワードレート1Y)をみると6.879元/ドルとなっており、スポットレートの6.5769元/ドルより▲4.6%低い水準。
元は金利差では▲2.2%下落すべきであるが、実際の先物市場は▲4.6%の下落を予想していることになります。
とりあえず、▲2.2%~▲4.6%を目安として、この記事はシメようかと思います。
蛇足:先物価格がこれほど金利平価より大きな下落を見込んでいるのは、将来の金利差拡大もしくは中国の量的緩和を織り込んでいるからでしょうね。