琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります。

【100万人が沸いたスゴい読書!!!!】
名作3作+『変な家』大ヒット・雨穴「本棚」特別寄稿!

SNSで話題沸騰の「オモコロ」大人気シリーズを書籍化!
「読書の常識が変わる……。これは全く新しい本の読み方です」――雨穴氏
「ついに日本一おもしろく『走れメロス』を読む人間が現れた」――ダ・ヴィンチ・恐山氏

「生まれて一度も読書をしたことがない男が本を読んだら、一体どうなるんだろう」
そんな素朴な疑問がきっかけで生まれた「本を読んだことがない32歳が初めて『走れメロス』を読む日」というオモコロ記事。
1人の男が人生で初めて本を読む。ただそれだけの記事が爆発的に拡散され、100万人の目に留まる大ヒット記事に……!

この本でしか味わえない、不思議な読書体験をぜひお楽しみください!

〔もくじ〕
はじめに
1冊目 太宰治走れメロス
2冊目 有島武郎一房の葡萄
3冊目 芥川龍之介杜子春
4冊目 雨穴「本棚」
あとがき みくのしんより
あとがき かまどより


 僕はこういうブログを長年やっているくらい本が好きで、「本を読む」ことにも慣れているのです。
 この『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』が、巷でけっこう話題になっています。
 WEBでの元になった記事を読んだ記憶がなかったので、「本を読めない大人」の拙い読書体験をネタにして笑う本なのかな、と、正直、ちょっと身構えていたところもありました。

 僕にとっては本を読むという行為はいつから始めたのか思い出せないくらい昔から自然にやってきたことなのですが、僕が子どもの頃、どうしても鉄棒の逆上がりができなかったように、「読書に向いている人とそうでない人がいる」というのも頭では理解しているつもりです。
 とはいえ、人は、「自分ができること」を過大評価するか、過小評価するかの両極になりがちではあります。

 この本の共著者であり、「人生で本を読んだことがない32歳のみくのしんさん」の友人でもある「かまど」さんは、「はじめに」で、友人についてこう述べています。

 エピソードに事欠かない男ですが、中でも、ひとつ際立った個性がありました。それが「人生で一度も本を読んだことがない」というものです。
 決して、文字が読めないというわけではない。けれど、長い文章を読むこと、そして本そのものに苦手意識があり、「どうせ俺には読めない」と敬遠していたんだとか。
 そこで、僕はこう思いました。
「生まれて一度も読書をしたことがない男が本を読んだら、一体どうなるんだろう」


 僕は、自分の「本を読んだことがない人生」なんて、想像もつきませんでした。
 世の中には、文字を読むことが困難な障害(「読字障害(ディスクレシア)」というそうです)を持つ人がいる、というのは聞いたことがあるけれど、みくのしんさんは、文字が読めないわけではありません。


h-navi.jp

かまど:本当に、みくのしんは今まで一度も読書したことがないの? 国語の授業で何かしら読んだことはあると思うんだけど。


みくのしん:あれは「読書」じゃなくて「お勉強」でしょ。俺、子どもの頃から勉強が苦手で、気合で暗記することしかやってなかったからさ。国語も「テストに出るところを覚える」だけで乗り切ってて、「文章を読む」とかやってなかったんだよ。


「文章の一部を暗記してなんとかやり過ごす」ことだけしかできず、物語を楽しめなかったとしたら、国語の時間はものすごくつらかっただろうなあ。
考えてみれば、僕の体育の時間も「ひたすらやりすごす」だけではありましたが、学校の授業って、体育よりも国語算数理科社会の時間のほうが、はるかに多いし。


こんなみくのしんさんが、太宰治の『走れメロス』を読んでみた「リアルタイムの感想」が、この本の最初に収められています。

走れメロス』は、僕の時代の国語の教科書には全編収録されているくらいの長さですし、太宰治の代表作とは言えないかもしれないけれど、最も読まれ、知られている作品だと思います。

 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。
 メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、


みくのしん:ざぶんじゃないよ! ざんぶだよ!! 何このかっこいい言葉! 俺も今度から使おう! 


かまど:いつ使うんだよ。


みくのしん:風呂に入るときだろ。

 百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。


みくのしん:100匹の大蛇だって!!  川の状況すごすぎない!?

 満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、


みくのしん:荒れ狂う波の表現が豊かすぎるだろ! どんだけボキャブラリーあるんだよ!


かまど:今になって、太宰治の語彙力を褒める人が現れるとはね。


みくのしん:これ書いた人、絶対売れるわ。


かまど:もう売れきってるよ。


 こんな感じで、文章の細部を拾い上げて感心し、感動するみくのしんさんと、それにツッコミを入れるかまどさん、という形式で、みくのしんさんの「読書」を追体験できるのです。

 僕は「今さら『走れメロス』とか、読まなくても知ってし、時間がもったいないなあ」と思いながら読み始めたのです。
 でも、こうして丁寧に読んでみると、太宰治の文章って、現代のライトノベルのような過剰さとリズム感が入り混じっていて、なんだか音読しているだけで「気分が上がる」ことに気がつきました。
 内容はある意味「ありきたり」ではあるのに、どんどん読者の気分を高揚させていく太宰治ってすごい。
 読んでいると、クライマックスの「走れメロス!」の場面でシンクロしてしまうのは、『ラピュタ』の「バルス!」みたいです。
 
 僕は『走れメロス』をはじめて読んだときに、「これって、メロスのマッチポンプというか、自分で起こしたトラブルに友人・セリヌンティウスを巻き込んで危うく死なせそうになる迷惑な話だよな」と感じたことを思い出しました。暴君ディオニスも、君主として覚悟を決めて人を信じないことに徹してきたはずで、身内も切り捨ててきたのに、このくらいの「友情パワー」を見せられただけで、あっさり改心するのかよ……功臣を粛清しまくった高祖劉邦や明の洪武帝を見習え(?)とか考えていたことも。

 みくのしんさんの反応を読んでいると、まだ自分が本を読みはじめた頃のことを思い出します。
 そして、読書慣れしてしまった自分が、物語や文章を楽しむためではなくて、他の作品との違いを見出す、差別化する、わかったような感想を述べる、ために本を読んでいるのではないか、と、気付かされるのです。

 もちろん、本の読みかたに「正解」なんてありはしない(だろう)し、今の僕には、みくのしんさんと同じような「読書」はできません。
 この本のなかで、みくのしんさんも、少しずつ「読書慣れ」してきているのが伝わりますし、正直、最初の『メロス』が白眉で、あとは「みくのしんさんらしい感想」に自分自身で寄せてしまっているようにも感じました。

 なんでもそうなのだろうけれど、「初心」のままずっと続けていくことは難しい、というか無理なんですよね。
 だからこそ、「本を読むという行為そのものが自分にとって新鮮だった頃」のことを美化してしまうのかもしれません。


 芥川龍之介の『杜子春』もいいですよね。「ちょっと説教くさいな」とも思うのですが、わかっていても、この作品には、なんだか心を打たれるのです。50歳を超えてあらためて読むと、納得と諦念が入り混じってしまう。

 「名作」と呼ばれている作品は、「ストーリーの力」はもちろんあるのだけれど、それ以上に、作家がどう語るか、という文章力が大きいみたいです。
 すごく過剰だったり、ありえないような展開だったりしても、フィクションをフィクションとして、ノリノリで楽しめる、そんな牽引力みたいなものが「名作」にはあるのだよなあ。
 わかったようなつもりで、「こんなことはありえない」と思いながら読むよりも、「なんだこれ!無茶苦茶だなあ!でも楽しいからいいや!」という読書のほうが、元が取れるのではなかろうか。

 僕は長年いろんな「コンテンツと呼ばれるもの」に触れてきたのですが、ものすごく売れるもの、人々に愛されるものって、多かれ少なかれ、どこか過剰だったり、破綻していたり、ツッコミどころがあったりするものなんですよね。
 もちろん、ある程度のリアリティとか整合性が基盤にあっての話ですが。
(『リアル鬼ごっこ』は、今でもなんであんなに売れたのかよくわかりませんけど)


 本って、面白いんだな。
 僕も子どもの頃は、『三国志』とか『ルパン対ホームズ(『813の謎』)とかをワクワクしながら読んでいたし、今でも、年に数冊は「寝なくてはいけない時間なのに、最後まで読まずにはいられなかった本」があるのです。

 オビには「これは全く新しい本の読み方です」と書いてあるけれど、本を読んだことがない人には「短いのでも一度読んでみようかな」というきっかけになるし、本に慣れてしまった「読書好き」には、はじめて本に触れたときの自分の記憶を蘇らせてくれる一冊だと思います。
 

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