なぜ日本にはモザイクがあるのか

先日の東京都知事選で、選挙ポスターに局部を隠した女性の裸の写真を使ったことが迷惑防止条例違反になるとして、河合悠祐さんが警視庁から警告を受けました。河合さんは警告に応じ、当該のポスターを剥がしている様子がニュースでも報道されていました。実はそのポスターに、このようなスローガンが書かれていたのはご存じでしょうか。

 

「表現の自由への規制はやめろ」

「モザイク解禁」

 

選挙ポスターは子どもも見るものですから、警察の判断もある程度は理解できます。しかし、このポスターでしたかった河合さんの主張が警察によってねじ伏せられてしまったのも事実です。そこで、河合さんが問題提起しようとした日本のモザイクについて考えてみることにします。

 

わいせつとは何か

河合さんはモザイクがあれば合法と疑っていないようですが、そもそも法律にそう定められているわけではありません。

関係するのは刑法175条の「わいせつ物頒布等罪」なのですが、ここでは「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体」を禁止する法律で、何がわいせつなのかという判断基準までは存在しません。裁判になれば、裁判官が判例を見ながら判断することになります。

つまり、モザイクで処理されていても、裁判官がわいせつだと判断すれば違法です。

 

(わいせつ物頒布等)
第百七十五条 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

刑法「第二十二章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪」

 

ヘアヌードブーム

1990年代、ヘアヌードという言葉が流行します。以前までは、アンダーヘアも規制対象で、幾度となく警察に検挙されてきた歴史があったのですが、90年代になるとカメラマンの篠山紀信さんらが積極的にヘアヌード写真集を発表しました。樋口可南子さん、本木雅弘さん、宮沢りえさん、菅野美穂さんらのヘアヌード写真集は飛ぶように売れたといいます。

実際、警察も取り締まってはいたのですが、その数も多く、すべて対応するのは現実的ではなかったようです。芸術とわいせつの境界を判断することも難しかったでしょう。結果的に、検挙する基準がうやむやになってしまっています。

 

社会現象になった宮沢りえさんの写真集「Santa Fe」
(出典)朝日出版社

 

ビデ倫という用心棒

わいせつの定義があいまいだと、際どいものを作っている人はいつもひやひやしながら商売をすることになってしまいます。そこで、業界で用心棒を雇うことにしました。それが日本ビデオ倫理協会(通称・ビデ倫)です。

ビデオ会社は年会費などを支払うことによってビデ倫の会員となり、ビデ倫の役員として警察庁のOBを雇うことにしました。作品の審査料を支払い、自分たちの作品に問題がないか助言をもらっているという体裁をとったわけです。

役員たちは、過去に摘発されたわいせつ物を参考にしながら、どこまでが適法かを見極めるわけなのですが、それはあくまでも表向きで、実態は現役の警察庁に働きかけて、審査された作品は摘発しないように牽制していたのだと考えられます。

サンデー毎日によると、審査料は60分で3万6000円で、10分延長ごとに2000円が加算されるのだそうです。商品には「審査済証」という認定シールを貼るためには1枚あたり6円。1996年では5042作品を審査しているので、1作品を60分として単純計算すると計3億3700万円ほどをビデ倫に支払っていることになる、ということになるそうです。

 

weekly-economist.mainichi.jp

 

ビデ倫の審査済証 これ1枚で6円

 

モザイクがあっても摘発される

さて、そんなビデ倫から警察OBが退社してから数か月後、2007年8月にビデ倫は警視庁生活安全部保安課から、わいせつ図画頒布の幇助容疑で強制捜索を受ける事件が起きました。翌年3月にビデ倫の審査部門責任者らとAVメーカーの役員ら5人が逮捕され、2011年9月に有罪判決を受けてしまいました。

被告側は「作品にわいせつ性はない」として無罪を訴えていたものの、裁判長は「モザイク処理が細かく、直接的な修正はないに等しい」として、わいせつ性を認めたのだそうです。

警察OBという用心棒を失ったから、締めあげられたのではいか、という憶測を呼ぶ事件でした。

こういった経緯からか、ビデ倫は2010年12月に一般社団法人映像倫理機構へ変更し、 同業のほかの組織統合され、現在は日本コンテンツ審査センターという名前になっています。現在の理事は、弁護士で大学の法学部教授がついています。少しずつ警察からの独立を進めているのかもしれません。

 

インターネットの時代へ

最近では、インターネットで海外のコンテンツを簡単に視聴できる時代になりました。海外では局部をモザイク処理している国はありません。そこで、海外に拠点を置く動画配信サイトに日本人が修正のない動画を上げるケースが増えているようです。

法律上、日本に住んでいる場合は日本の法律に従う必要がありますから、海外のサイトを利用したところで日本の刑法175条は適用されるため、発覚すれば検挙されてしまいます。海外のサイトが日本の警察に積極的に捜査協力しているとは考えにくいので、告発などの別の方法で警察は被疑者の特定して捜査しているものと思われます。

FC2というサイトをご存じでしょうか。日本語にも対応しているのでまるで日本のサイトのように見えるのですが、実態はアメリカに法人を置いている会社です。ただ、創設者はアメリカに帰化している日本人ですので、前述の刑法175条違反で国際海空港手配されています。これは、日本に入国すれば直ちに逮捕するというものです。

この方は、2022年の衆議院選でNHK党から立候補されており、河合さんと同じようにモザイクの解禁を公約に掲げていました。しかし、当選は果たせませんでした。

 

どうすれば規制緩和できるのかを考えるべき

同年、AV新法と呼ばれる法律が成立しました。正式には「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」という法律です。これは民法に分類されるもので、AVメーカーが俳優と出演に関する契約を結ぶ際の規定などが定められています。

出演を強制されたと訴えている方や、後から出演したことを後悔している方を救おうというものです。

インターネットでは批判的な意見があるものの、このAV新法によって救われる方もいらっしゃるでしょうから、著者はある程度は理解できるものだと思っています。ただ、メーカーにとっては一方的に負担が増えてしまったのも事実です。

そこで、このAV新法を施行する条件として、刑法175条の改正を交換条件に提案していれば、モザイクが解禁された可能性もあったと思うのです。メーカー側は、海外の動画サイトに奪われていた無修正動画の需要を獲得できるはずですから、その分のメリットとAV新法によるデメリットを天秤にかければ、悪くない交渉ではないでしょうか。

ルールを厳しくしていくことは簡単です。しかし、緩和するとなると、その責任を国会議員が負うことになりますから議員は嫌がるものでしょう。ただ、出演を後悔している俳優を救うためという大義名分があれば、議員たちもモザイクを解禁しやすかったように思うのです。

規制ばかりが増えていく世の中では、息苦しくなってしまいます。うまく交渉できる政治家が登場すれば、日本も楽しい国になっていくのかもしれません。

ちなみに、このAV新法案を反対していた唯一の政党はNHK党でした。

 

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